32 / 36
〖第32集〗
しおりを挟む顔を范蠡は膝を進め、陸香の目の前に座り、両手で陸香の肩を支え身体を起こし、陸香に訊いた。
「抱きしめても、良いか?」
小さく陸香は頷いた。范蠡はそっと包むように陸香を抱きしめた。
「陸香は柔らかで、温かいな……それにいつも花の匂いがする。私が贈った衣を着てくれて嬉しい。前に『主従になり女であることを捨てた』と言ったが本当は違うと思っていた。衣を着なくなたのは、私のせいかもしれないと」
悪戯に陸香の口許に范蠡は干し棗を持っていくと陸香は小さな口で棗を食べ、困ったように笑った。指が陸香の口唇に触れた。ふわりと柔らかで、少し指先に紅がうつった。
「幼い頃ひらひらとした薄い絹の衣を着たそなたが袖を振り、少し、恥ずかしがりながら『如何でしょうか』と私に訊いたことがあった。私は『似合わない』『夜を飛ぶ蛾の方がましだ』と、言った。今でも覚えている。そなたが何も言わず真っ直ぐ私だけを見つめて、大粒の涙をこぼしたことを……私は、そなたを傷つけた。いつもそうだ。言うべき言葉が素直に出ない。あんなことを言いたいわけではなかったのに。私は皆に囲まれて嬉しそうにするそなたが嫌だった。自分以外に笑いかけるそなたを見るのは嫌だった。幼い私の下らぬ、悋気だ。本当は、独り、花を愛でるそなたがあまりにも綺麗で儚くて、帰る場所を無くしてしまったような花精のように見えた。あの日以来そなたは黒の服しか着ない、そう思っていた………自意識過剰だな」
范蠡は困ったように頭を掻く。陸香は微笑んで、
「范蠡様には嘘はつけませんね。あれは最後のお披露目だったのです。もう、私は『黒花の者』で、娘でいられるのもこれが最後だと。私は………小さな頃からずっと范蠡様を不躾ですが、お慕いしておりました。陸香の私を幼い范蠡様が可愛らしい悋気をおぼえて下さっていたことが、嬉しくて。そして今、陸香として范蠡様に抱きしめられて。幸せです……生きていて、良かった」
涙は陸香の眼から止めどなく静かに流れる。けれど陸香は笑っている。これ以上もなく嬉しそうに。范蠡は頭の整理がつかない。
「陸香……。今『陸香として』と言ったが、そなたには別の本当の名前があるのか?あるなら、教えてくれないか?」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

ナイトプールで熱い夜
狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…?
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
Home, Sweet Home
茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。
亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。
☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる