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〖第30集〗
しおりを挟む陸香は俯いた。目元に涙を貯めているのが暗がりでも解る。
「お気遣い感謝致します。一生の思い出の品です。大切に致します」
と恭しく言った。
「そなたの白い指に良く似合う。早く元気になってくれ。いつか、その指で剥かれた蜜柑が食べたい。それと……今まですまなかった」
范蠡は毎日陸香の元を訪れた。黒花の者の手配した解毒剤は、良く効き二十日程で陸香はいつも通りに動けるまで回復した。
***
范蠡は何着も婦人の着る絹の衣を陸香に贈った。
「嬉しく思いますが一度に何着も着れません」
陸香は困った顔をするが、贈った衣は着てくれている。嬉しさに、范蠡は顔が綻ぶ。陸香は薄い絹の衣が良く似合った。ひらひらと袖を振る所作が蝶のようだ。桂花だったころの頑なさがとれ、陸香は柔和な視線で范蠡を見つめる。陽の光が照らす陸香の顔は蒼白い程に、透き通っている。口唇には紅などささなくとも、桃の花のようにやさしい薄紅色をしていた。范蠡は陸香と二人でいる時間を大切にした。
二人で庭の東屋で花を見ながら食事を取ったり、馬で駆け、忍冬や山百合の花が薫る谷へ行ったりした。山に出かけると鼓膜を蝉の鳴き声が揺らした。浅い川に入って水遊びをしたりしたが、最初陸香は素足を躊躇っていた。
「見ているのは私だけだ」
陸香は、
「だから、恥ずかしいのです」
陸香は言い身を縮めた。踝くらいの、緩やかな流れに、波打つ川面は、陽光の網をかけたように煌めき、川底の石まで透き通って見せる。
范蠡と陸香は川沿いの石に座り、足だけを水につけた。ひんやりと心地が良い。風も山合いに来ただけあって涼しい。
「心地好いな。水も綺麗だろう?悩むと、夏はよく独りで此処へ来ていた。水は清らかで、ただこうしてぼんやりしていた。去年は桂花だったそなたのことが頭から離れなくてな。あれは、恋慕だった」
「そう、ですか。申し訳……ありません」
目蓋を伏せる陸香に、范蠡慌てて言った。
「謝るな。責めているわけではない。しかし、私は今、また性懲りもなく想う人が出来た。美しいが、少し強がりで、だが、いつも何処か切なそうな濡れた眼で私を見る。……そなただ。陸香。何がつらい?……切ない?怖いのか?何が怖い?」
陸香は呟くように言った。
「この幸せを……いつか手放さなければならないことです」
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