傾国の美女─范蠡と西施─〖完結〗

カシューナッツ

文字の大きさ
上 下
29 / 36

〖第29集〗

しおりを挟む

「笠を捨て、婦人の服を着て、髪を結い、化粧をする。陸香を捨て、桂花になる。桂花は私なのです、范蠡様。主従になった時から、私は女であることを捨てたはずなのに。私には……捨てきれなかった。桂花として范蠡様と過ごした時間は、まるでお伽噺のようでした……今、私は一生背負う秘密を口にしました。桂花として生き、勿体なき想い出をお言葉を沢山頂き有難うございました。夢のようでした。桂花は私が作った幻です。惑わせ申し訳ありませんでした。騙すような不躾ぶしつけな真似を致しました。ですが桂花であった私は確かに幸せでした。けれど、贅沢を言うなら桂花ではなく、陸香の私を一度でいいから抱きしめて欲しかった。桂花の中の私に気づいて欲しかった……ずっとおしたい申しておりました」

 范蠡は哀しく微笑みながら涙を流す陸香を見つめた。ああ、桂花だ。桂花が、陸香だった。范蠡は陸香の頬を指先でそっと撫でた。

「私の胸の中で泣くといい。背中をさする腕もある。今まで……すまなかった。傷つけてばかりだった」

 首を横に振り、陸香は繰り返し『申し訳ありません』と暗がりでも解るくらいに、やつれた頬で、流れる涙もそのままに、范蠡に向かい、手を床につき頭を下げ続けた。范蠡は、

「強情だな」

 と言い、陸香をかき抱いた。陸香の涙が、じんわりと范蠡の衣に染み入る。范蠡が陸香の髪を撫でると陸香は小さく肩を震わせた。暫くし、落ち着いた陸香は顔を上げ泣き濡れた眼で范蠡を見つめ、か細い声で言った。

「范蠡様をたばかった罪は万死に値します。どうか罰を。死を賜りませ」

「死を許さないことが、私からの罰だ」

 何故気づかなかったのか、范蠡にあったのはそれだけだった。罰する気など起きなかった。騙されていたと、憤ることもない。気づいていればこんなにも陸香に哀しい顔をさせずに済んだ。范蠡にあるのはそれだけだった。范蠡は、陸香の手を握り言った。

「陸香。私の屋敷に来ないか?私に妻はいないのは知っているだろう。私は決まった女性と添うことをしなかった。私は、陸香。残りの人生をそなたと添いたい。傍に居て欲しい。罰と言えば、これが罰かもしれない。私なら自分のような男はごめんだ」

 范蠡はふっと笑った後、陸香の手をそっと握り、

「受け取ってくれ」

 そう言い、すっと陸香の細く白い指に翡翠の指輪をはめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ナイトプールで熱い夜

狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

Home, Sweet Home

茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。 亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。 ☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

処理中です...