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〖第29集〗
しおりを挟む「笠を捨て、婦人の服を着て、髪を結い、化粧をする。陸香を捨て、桂花になる。桂花は私なのです、范蠡様。主従になった時から、私は女であることを捨てたはずなのに。私には……捨てきれなかった。桂花として范蠡様と過ごした時間は、まるでお伽噺のようでした……今、私は一生背負う秘密を口にしました。桂花として生き、勿体なき想い出をお言葉を沢山頂き有難うございました。夢のようでした。桂花は私が作った幻です。惑わせ申し訳ありませんでした。騙すような不躾な真似を致しました。ですが桂花であった私は確かに幸せでした。けれど、贅沢を言うなら桂花ではなく、陸香の私を一度でいいから抱きしめて欲しかった。桂花の中の私に気づいて欲しかった……ずっとお慕い申しておりました」
范蠡は哀しく微笑みながら涙を流す陸香を見つめた。ああ、桂花だ。桂花が、陸香だった。范蠡は陸香の頬を指先でそっと撫でた。
「私の胸の中で泣くといい。背中をさする腕もある。今まで……すまなかった。傷つけてばかりだった」
首を横に振り、陸香は繰り返し『申し訳ありません』と暗がりでも解るくらいに、やつれた頬で、流れる涙もそのままに、范蠡に向かい、手を床につき頭を下げ続けた。范蠡は、
「強情だな」
と言い、陸香をかき抱いた。陸香の涙が、じんわりと范蠡の衣に染み入る。范蠡が陸香の髪を撫でると陸香は小さく肩を震わせた。暫くし、落ち着いた陸香は顔を上げ泣き濡れた眼で范蠡を見つめ、か細い声で言った。
「范蠡様をたばかった罪は万死に値します。どうか罰を。死を賜りませ」
「死を許さないことが、私からの罰だ」
何故気づかなかったのか、范蠡にあったのはそれだけだった。罰する気など起きなかった。騙されていたと、憤ることもない。気づいていればこんなにも陸香に哀しい顔をさせずに済んだ。范蠡にあるのはそれだけだった。范蠡は、陸香の手を握り言った。
「陸香。私の屋敷に来ないか?私に妻はいないのは知っているだろう。私は決まった女性と添うことをしなかった。私は、陸香。残りの人生をそなたと添いたい。傍に居て欲しい。罰と言えば、これが罰かもしれない。私なら自分のような男はごめんだ」
范蠡はふっと笑った後、陸香の手をそっと握り、
「受け取ってくれ」
そう言い、すっと陸香の細く白い指に翡翠の指輪をはめた。
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