27 / 36
〖第27集〗
しおりを挟む范蠡にあったのは驕りだった。陸香なら何をしても許される。少し悲しそうに笑って許してくれる。初めて桂花という女人に心が軋むほどの苦く甘い恋をしていた。夢中だった。いつしか范蠡には桂花が全てになっていた。陸香の存在はいつの間にか忘れた。
心の中にもう陸香の居場所はなかった。嫌うよりも、無視よりも、酷いことをした。こんな自分に心を砕いてくれる大切な人の存在を忘れた。范蠡は、その事実に頭を抱え、范蠡は黒い服の者に廊下で訊いた。
「自害の可能性は、ないな?」
范蠡が陸香に梓の木を送ったことは、屋敷の者なら周知だ。
「はい。范蠡様の毒味だと」
「私が、狙われただと?」
陸香と同じ黒い服を着た男は、『黒花の者』とお呼びくだされ、というので、そう訊くと、最近、別邸までに間者を撒くことを怠っていたのでは、と指摘があった。別邸は、かなり解りづらい場所にある。普通、慣れた者と共に来ないと迷う。
確かに浮かれていた。『桂花に逢える』と少年のように、馬を走らせていた。自分が幾人の命を背負っているということを忘れていた。そして、続きを聴いた。范蠡に出すものは全て菓子も陸香が作り、茶も陸香が淹れ、器に毒があればと、茶さえ毒味してから出していたと。
過去の恐怖が蘇る。『いつか陸香が自分のせいで死ぬのではないか』そして、それは『自分が陸香を殺してしまうということではないのか』ということだった。
「陸香……許してくれ。私を許してくれ」
片手で目を覆う。涙が指と手の平を濡らした。
「陸香を助けてくれ。私の大切なひとなんだ。頼むから医師と薬師を。祈祷師でもいい。陸香を、陸香を助けてくれ!」
何よりも大切な人だった。失いたくない、まだ伝えなければならない言葉が山ほどある。大切なひとだったら何故こんな扱いをしてきたのか。范蠡は顔中を涙で濡らし、拭うこともせず黒花の者に縋った。無様だと嘲笑われようが、蔑まれようが構わない。陸香が助かるなら、それでいい。
黒花の者の長が手配した薬師の解毒と、見たこともない針の治療。指圧。黒花の者たちの必死の看護で陸香は一時は止まった心の臓も動きだし、息を吹き返したが、昏睡は五日続いた。范蠡は看護をさせて欲しいと黒花の者に頼んだ。范蠡は昼夜とわず、看病をした。
陸香は意識が戻った時、范蠡を見つめ「申し訳ありません」と泣いた。「何故だ」と范蠡が訊くと、「すべてです」と掠れた声で言った。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

ナイトプールで熱い夜
狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…?
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
Home, Sweet Home
茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。
亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。
☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる