傾国の美女─范蠡と西施─〖完結〗

カシューナッツ

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〖第27集〗

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 范蠡にあったのは驕りだった。陸香なら何をしても許される。少し悲しそうに笑って許してくれる。初めて桂花という女人に心が軋むほどの苦く甘い恋をしていた。夢中だった。いつしか范蠡には桂花が全てになっていた。陸香の存在はいつの間にか忘れた。
 心の中にもう陸香の居場所はなかった。嫌うよりも、無視よりも、酷いことをした。こんな自分に心を砕いてくれる大切な人の存在を忘れた。范蠡は、その事実に頭を抱え、范蠡は黒い服の者に廊下で訊いた。

「自害の可能性は、ないな?」
 
 范蠡が陸香に梓の木を送ったことは、屋敷の者なら周知だ。

「はい。范蠡様の毒味だと」

「私が、狙われただと?」
 
 陸香と同じ黒い服を着た男は、『黒花の者』とお呼びくだされ、というので、そう訊くと、最近、別邸までに間者を撒くことを怠っていたのでは、と指摘があった。別邸は、かなり解りづらい場所にある。普通、慣れた者と共に来ないと迷う。

 確かに浮かれていた。『桂花に逢える』と少年のように、馬を走らせていた。自分が幾人の命を背負っているということを忘れていた。そして、続きを聴いた。范蠡に出すものは全て菓子も陸香が作り、茶も陸香が淹れ、器に毒があればと、茶さえ毒味してから出していたと。

 過去の恐怖が蘇る。『いつか陸香が自分のせいで死ぬのではないか』そして、それは『自分が陸香を殺してしまうということではないのか』ということだった。

「陸香……許してくれ。私を許してくれ」
 
 片手で目を覆う。涙が指と手の平を濡らした。

「陸香を助けてくれ。私の大切なひとなんだ。頼むから医師と薬師を。祈祷師でもいい。陸香を、陸香を助けてくれ!」

 何よりも大切な人だった。失いたくない、まだ伝えなければならない言葉が山ほどある。大切なひとだったら何故こんな扱いをしてきたのか。范蠡は顔中を涙で濡らし、拭うこともせず黒花の者にすがった。無様だと嘲笑われようが、蔑まれようが構わない。陸香が助かるなら、それでいい。

 黒花の者の長が手配した薬師の解毒と、見たこともない針の治療。指圧。黒花の者たちの必死の看護で陸香は一時は止まった心の臓も動きだし、息を吹き返したが、昏睡は五日続いた。范蠡は看護をさせて欲しいと黒花の者に頼んだ。范蠡は昼夜とわず、看病をした。

 陸香は意識が戻った時、范蠡を見つめ「申し訳ありません」と泣いた。「何故だ」と范蠡が訊くと、「すべてです」とかすれた声で言った。
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