傾国の美女─范蠡と西施─〖完結〗

カシューナッツ

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〖第26集〗

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 ただの養育係だ。ただの剣術の指南役だ。結局主従だ。無礼があろうが構わない。もう自分は家長で大人だ。昔のことなど知れたことではない。与えた『傾国』づくりの仕事をさせていればいい。そう、范蠡の陸香に対する傲慢さだけが日を増す毎に育っていった。あんなに大切だったひとに、どうしてこんなにも残酷に思うことが出来たんだろう。
 
 それは『桂花』という特別が出来たから。誰かを特別と決めてしまうことは、あまりにも人を残酷にさせる。特別な者、桂花を守れればそれでいい。そう思っていたはずなのに、今、范蠡は胸が抉るように痛んだ。激しい後悔と、罪悪感しかなかった。
 過去がよぎる。時間が巻き戻される。膝枕の温かさ。髪を撫でる白く細く、いつも花のような甘い匂いがする手。『范蠡様』と呼ぶ声。
 范蠡は、離れにある陸香の居室に走った。居室には、音がなかった。黒い、いつも陸香が着ていた服と同じ服を着た者が慌ただしく部屋を行き来する。

「陸香は、陸香は………無事なのか?」
 
 黒い服を着た、陸香の真っ暗な部屋から出てきた男に詰めよった。

「手を尽くしています。覚悟なさって下さい。そして以前陸香様は……予感が………あったのかもしれません。范蠡様に私に何かあったらと仰ってました──《私に何があろうと笵蠡様には知らせるな。私の埋葬後に知らせよ。范蠡様は私にお会いしたくないだろうから。無理に、お連れするな。私は忘れられたままでいい》それと、《ずっと范蠡様を欺く罪を犯していたことを謝っておいてくれ。ですが私は夢を見ることができたとも》最後に《笵蠡様を守って死ねる。名誉なことだ。范蠡様、私は幸せでした》そう伝えて欲しいと。そして、大夫種様に《お世話になりました。覚めない夢はないのですね》と。《大夫種様の前では正直に生きられました》と伝えて欲しいとのむねでした」
 
  傷つけた傷は瘡蓋になり、痕が残る。傷痕は、痛みを伴う過去を刻み込む。忘れる訳がない。許される訳がない。

「傷つけ、蔑ろにして、恨んだだろう。つらかっただろう。苦しかっただろう。すまない。……許してくれ……」

 部屋の入口で膝をつき、蹲った。もう、何も伝わらない。時間は永遠ではないのに、人の命は儚いものだと范蠡は戦で嫌というほど味わったはずだったのに。陸香は、ずっと一緒にいたのに。大切な人だったのに。
 陸香に謝りたい。傷つけたと謝りたいと思った。
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