26 / 36
〖第26集〗
しおりを挟むただの養育係だ。ただの剣術の指南役だ。結局主従だ。無礼があろうが構わない。もう自分は家長で大人だ。昔のことなど知れたことではない。与えた『傾国』づくりの仕事をさせていればいい。そう、范蠡の陸香に対する傲慢さだけが日を増す毎に育っていった。あんなに大切だったひとに、どうしてこんなにも残酷に思うことが出来たんだろう。
それは『桂花』という特別が出来たから。誰かを特別と決めてしまうことは、あまりにも人を残酷にさせる。特別な者、桂花を守れればそれでいい。そう思っていたはずなのに、今、范蠡は胸が抉るように痛んだ。激しい後悔と、罪悪感しかなかった。
過去がよぎる。時間が巻き戻される。膝枕の温かさ。髪を撫でる白く細く、いつも花のような甘い匂いがする手。『范蠡様』と呼ぶ声。
范蠡は、離れにある陸香の居室に走った。居室には、音がなかった。黒い、いつも陸香が着ていた服と同じ服を着た者が慌ただしく部屋を行き来する。
「陸香は、陸香は………無事なのか?」
黒い服を着た、陸香の真っ暗な部屋から出てきた男に詰めよった。
「手を尽くしています。覚悟なさって下さい。そして以前陸香様は……予感が………あったのかもしれません。范蠡様に私に何かあったらと仰ってました──《私に何があろうと笵蠡様には知らせるな。私の埋葬後に知らせよ。范蠡様は私にお会いしたくないだろうから。無理に、お連れするな。私は忘れられたままでいい》それと、《ずっと范蠡様を欺く罪を犯していたことを謝っておいてくれ。ですが私は夢を見ることができたとも》最後に《笵蠡様を守って死ねる。名誉なことだ。范蠡様、私は幸せでした》そう伝えて欲しいと。そして、大夫種様に《お世話になりました。覚めない夢はないのですね》と。《大夫種様の前では正直に生きられました》と伝えて欲しいとの旨でした」
傷つけた傷は瘡蓋になり、痕が残る。傷痕は、痛みを伴う過去を刻み込む。忘れる訳がない。許される訳がない。
「傷つけ、蔑ろにして、恨んだだろう。つらかっただろう。苦しかっただろう。すまない。……許してくれ……」
部屋の入口で膝をつき、蹲った。もう、何も伝わらない。時間は永遠ではないのに、人の命は儚いものだと范蠡は戦で嫌というほど味わったはずだったのに。陸香は、ずっと一緒にいたのに。大切な人だったのに。
陸香に謝りたい。傷つけたと謝りたいと思った。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

ナイトプールで熱い夜
狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…?
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
Home, Sweet Home
茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。
亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。
☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる