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〖第25集〗
しおりを挟む時は過ぎて、季節は巡った。いつものように范蠡は桂花と庭を散策してから帰り、桂花と少し話をした。桂花は相変わらず口数は少ない。だが、庭から帰ってきて二人で茶を飲み、好きな花や食べ物の話をするくらいには親しくなれた。
蜜柑が好きだと桂花は言った。あの白い指で剥かれた蜜柑はさぞかし美味だろう。ひたと風が止み、蒸し暑い、嫌な熱気が肌につく。陽は翳っているのに、暑さだけ取り残されてしまったような感じがした。
顔色の悪い桂花に下がるよう言い、范蠡は厩の者と話し込み、脚の速い馬の手配をしていた、丁度その時だった。
屋敷の者から陸香が倒れたという報せが入った。脈が弱くなり、遅くなり、多分毒を飲んだのだろうと言うことだった。范蠡は、陸香のことを、もう、記憶から消していた。ただ『傾国』を育てている昔の護衛。他に何もなかった。
月に何度も屋敷を訪れるが、ただ同じ屋敷内に居るのに陸香に会うことはない。無論、挨拶も。いつの間にか陸香はその程度の存在に成り下がっていた。
范蠡は政務以外に考えることは桂花しかなくなっていた。恋だ。夢中だった。いつしか范蠡には桂花が全てになっていた。陸香の存在はいつの間にか忘れた。心の中にもう陸香の居場所はなくなっていた。
いつしか陸香への文を返すことも面倒になり、一通忘れ、二通忘れ。初めは胸が痛んだが、その内何も感じなくなった。陸香からの文は十日に一度必ず届いた。最後は必ず『お身体をご自愛ください』と締め括られる。その内、届いた文に目すら通さなくなった。最後には『文などいらない』『鬱陶しくてかなわぬ』と文を部下に代筆させ送らせた。文は、来なくなった。
だが、暫くして桂花の花の枝が届いた。『大切にしてください』と文が添えてあった。范蠡は文を破り捨てた。部下に、
「この穢らわしいものを焼き捨てろ!」
范蠡は怒り心頭だった。怒号が屋敷に響いた。范蠡は、桂花と文は、范蠡と桂花との関係の揶揄だと思った。せいぜい桂花を大切にし『花』を愛でれば良いと。桂花は所詮屋敷の女中だと侮辱され、范蠡は少年のような桂花への恋慕や執着を見破られたと思った。腹いせに范蠡は陸香に梓の枝を送った。柩を作る木だ。罪悪感は、なかった。そして新たな范蠡専門の護衛をたてた。陸香に関するものを削ぎ落としていくと、重苦しいような、後ろめたいものがなくなり、逆に身が軽くなるような気がした。
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