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〖第23集〗
しおりを挟む最後に陸香に会った日、『部下』だと范蠡は口走った。そう思ったことは一度もなかったが、言葉は消えない。
もう陸香は范蠡に主人とし、何も期待していないだろう。淡々と与えられた仕事をこなし、この仕事が終わったら役を辞すだろうと范蠡は思った。長年范蠡の護衛をしていたという箔をつけてやれば次の働き口も得やすいだろう。若しくは大夫種の元へ行くかもしれない。それも、陸香が決めることだ。
*********
いつものように桂花を無理に外へ連れ出し庭を散策していると、草むらに潜んでいた大きな蝦蟇がいきなり跳ねた。桂花の驚いた様子が可愛らしく思えた。そんな矢先、足元がぐらつき、風に靡くように、桂花の華奢な身体がよろけた。
両手で肩を支えると、気まずそうな顔をし『申し訳ございません』と桂花は小さくなった。可愛らしい、丁度手に収まる小さな肩。覗く鎖骨とより白い肌。伝わる肩の温度は熱かった。
その日桂花は、始終俯いていた。耳の後ろの結い上げた項が薄紅色に染まっていた。梔子の花が馨る。范蠡は花を手折り、桂花の髪に飾る。
「秋なったら、そなたの名の通りの花を送りたい。けれど、匂いたつように美しいそなたにはこの花も似合う」
桂花は、
「有難き、幸せです」
そう言うと、潤んだ瞳で柔らかく微笑んでみせた。今にも零れ落ちそうに涙の膜が張った桂花の瞳を見て、范蠡はおそるおそる訊いた。
「気に………障ることを、言ったか?」
桂花は首を振り、
「……幸せ、なのです。とても。梔子の花もとても嬉しゅうございます。甘く良い香りがします。だから、そんな困った顔をなさらないで下さい」
「だが、そなたは泣いている」
「幸せは溢れると、涙になるのですよ」
范蠡を気遣いながら涙を流し微笑む桂花の顔は優しさに満ちていた。范蠡は、訊いた。
「抱きしめて、いいか?」
桂花は首を横に降る。
「どうしてだ」
「未練が残ります。私は嘘をついています。大きな嘘です。覚めない夢はないのです。いつか、覚めます。范蠡様は私を憎みます。申し訳ございません。お許しください」
立ち去ろうとする桂花を、范蠡はそっと包むように後ろから抱きしめた。桂花の身体は細いが温かい。躊躇いながら桂花も身体に回された范蠡の大きな手に白い手を重ねる。
背中越しの范蠡の身体は熱い。梔子の蜜のような甘い香りが二人を包んだ。
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