傾国の美女─范蠡と西施─〖完結〗

カシューナッツ

文字の大きさ
上 下
22 / 36

〖第22集〗

しおりを挟む

 范蠡は、政務をこなすの日常を送り、稀にどうしようもなく漠然と不安が押し寄せることがある。何がそうさせるかは解らないが、堪らなく『今』が怖くなる。そんな時に『可愛らしい』女人の肌を范蠡は必要とする。
 身体だけだと割り切っている者しか抱かない。勿論子供の出来ないやり方で抱く。房中術くらいの心得はある。謝礼は弾む。だが、それきりだ。同じ女人は二度と抱かない。そんな范蠡の勝手な要求を飲む、一夜の伽さえも望んでやまない女人はそれでも後を絶たない。

「傍にいてくれ、触れたりなど無体はせん。ただ、居てくれるだけで良い」

 桂花は范蠡を見つめ、ゆっくりとした瞬きで了承した。殆ど何も話さなかったが、桂花の眼差しは暖かかった。
 毎回、この屋敷を訪れる度、現れては、消えるように足早に部屋を後にしようとする桂花を何かと引き留めるのが大変だった。
 いつも桂花は一度だけ振り向く。悲しいような、愁いを帯びた視線を范蠡に向ける。その度に范蠡は手紙だけのやり取りしか無くなった陸香を思い出す。桂花のつらそうな顔は、何処か昔見た陸香の涙を思い出す。いつだったかは思い出せない。ただ、一度きりだということは憶えている。
  
 范蠡はいつもと同じく立ち止まり振り向く桂花を見て自分も席を立ち、桂花を庭に連れ出した。特に何も、話すことなく歩く。桂花は花が好きなようだった。花を見る時だけ桂花は嬉しそうに笑う。
 范蠡は、そんな桂花を傍で見つめるだけで良かった。花にそっと白い指を伸ばし、花を愛でる姿を眺めるだけで良かった筈なのに、いつしか范蠡は、桂花の柔らかな、まるいその笑顔が欲しくなった。
 ただ、范蠡は今だ罪悪感があった。桂花と庭を散策している間、陸香は寂しくしているのではないか、『傾国』に関わる仕事だけさせ自分だけ愉しそうに女人と庭を散策する様子を見たらあまりいい気分はしないのではないか。そんな考えがよぎってしまう。

「桂花、変なことを訊くが、仕える主人に侮辱され傷ついたとする。その主人は同じ屋敷の侍女に夢中だ。自分を省みよう等しない。そなたならどう思う?」

「部下は主人に従うまでです。主人が部下を見放したなら、それも運命と受け入れます。ですが、人は綺麗事だけではありません。苦しみ、悲しみます。部下が男なら范蠡様への苛立ち。女人なら……やはり逃れられない悋気や、所詮自分はただの部下でありそれ以外でもそれ以上でもないと言う諦めでしょうか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ナイトプールで熱い夜

狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

Home, Sweet Home

茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。 亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。 ☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

処理中です...