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〖第22集〗
しおりを挟む范蠡は、政務をこなすの日常を送り、稀にどうしようもなく漠然と不安が押し寄せることがある。何がそうさせるかは解らないが、堪らなく『今』が怖くなる。そんな時に『可愛らしい』女人の肌を范蠡は必要とする。
身体だけだと割り切っている者しか抱かない。勿論子供の出来ないやり方で抱く。房中術くらいの心得はある。謝礼は弾む。だが、それきりだ。同じ女人は二度と抱かない。そんな范蠡の勝手な要求を飲む、一夜の伽さえも望んでやまない女人はそれでも後を絶たない。
「傍にいてくれ、触れたりなど無体はせん。ただ、居てくれるだけで良い」
桂花は范蠡を見つめ、ゆっくりとした瞬きで了承した。殆ど何も話さなかったが、桂花の眼差しは暖かかった。
毎回、この屋敷を訪れる度、現れては、消えるように足早に部屋を後にしようとする桂花を何かと引き留めるのが大変だった。
いつも桂花は一度だけ振り向く。悲しいような、愁いを帯びた視線を范蠡に向ける。その度に范蠡は手紙だけのやり取りしか無くなった陸香を思い出す。桂花のつらそうな顔は、何処か昔見た陸香の涙を思い出す。いつだったかは思い出せない。ただ、一度きりだということは憶えている。
范蠡はいつもと同じく立ち止まり振り向く桂花を見て自分も席を立ち、桂花を庭に連れ出した。特に何も、話すことなく歩く。桂花は花が好きなようだった。花を見る時だけ桂花は嬉しそうに笑う。
范蠡は、そんな桂花を傍で見つめるだけで良かった。花にそっと白い指を伸ばし、花を愛でる姿を眺めるだけで良かった筈なのに、いつしか范蠡は、桂花の柔らかな、まるいその笑顔が欲しくなった。
ただ、范蠡は今だ罪悪感があった。桂花と庭を散策している間、陸香は寂しくしているのではないか、『傾国』に関わる仕事だけさせ自分だけ愉しそうに女人と庭を散策する様子を見たらあまりいい気分はしないのではないか。そんな考えがよぎってしまう。
「桂花、変なことを訊くが、仕える主人に侮辱され傷ついたとする。その主人は同じ屋敷の侍女に夢中だ。自分を省みよう等しない。そなたならどう思う?」
「部下は主人に従うまでです。主人が部下を見放したなら、それも運命と受け入れます。ですが、人は綺麗事だけではありません。苦しみ、悲しみます。部下が男なら范蠡様への苛立ち。女人なら……やはり逃れられない悋気や、所詮自分はただの部下でありそれ以外でもそれ以上でもないと言う諦めでしょうか」
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