傾国の美女─范蠡と西施─〖完結〗

カシューナッツ

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〖第19集〗

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 范蠡の前で涙を見せたくない、弱さを見せたくない。悲しさも、切なさも。笠は全て隠してくれる。陸香は、必死で手を握りしめる力を込める。

「はい…大丈夫、です。安全です……また、お越し下さい。今日は……剣のお相手が出来ず……申し訳ありませんでした」

 と答え頭を下げた。陸香の声は震え、潤んでいた。はっとして、范蠡は何か言わなくては、と言葉を探す。けれど、石を飲み込んだように、言わなければならない言葉も、伝えたい言葉も出てこなかった。
 
 范蠡は、これ以上もなく陸香を侮辱し、傷つけた。『怖い』と思った。今までずっと大切にしていた何かを壊してしまった。もう、元には戻らない。きっと許しても貰えない。謝らなければ。いつもなら流れるように出る言葉が出ない。素直な言葉が出てこない。范蠡の馬の手綱を握る手が汗ばむ。

「陸香、口が過ぎた」

「主人は部下に謝るものではありません」
 
 淡々と、感情もなく陸香は言った。

「そうだな。たかが部下に気を回しすぎた。帰る」

『すまなかった。失言だ。そなたを傷つけた。許して欲しい。今度、昔のように馬で遠出をしよう。花を、見に行こう。好きだったはずだ』

 范蠡は本当は、そんな言葉を言いたかった。そう言いたかったはずなのに、言葉にならなかった。范蠡の一番怖いものは、陸香からの拒絶だ。本心を包み隠さず打ち明けたとき、陸香は何と言うだろう。
 不器用に包んだ謝罪を受け入れてくれるだろうか。范蠡は後ろを振り返る勇気はなかった。

******** 

 陸香の西施と鄭旦への陸香の教育は見事なものだった。豪華な衣装の、優雅な着こなし。裾の翻し方、袖の揺らし方。一方、礼儀作法も徹底的に教え込んだ。厳しいだけではなく丁寧に、それが二人の『本来』の姿だと、まるで暗示をかけるように。
 たおやかで、儚く美しく、清廉に。時に艶やかな媚を含んだ瞳も見せる。わざとらしいものではなく、猫のように気儘に。教養も。
 
 賢くないふり、知らないふりが出来る賢さ。けれど見下されないように。おこがましくない意見の言い方。言葉の選び方。笑い方も沢山の種類を教えた。泣き方も。いつしかそれは、西施と鄭旦にとって当たり前のようなものになった。
 当たり前と言うより、西施と鄭旦という人間が『こういう人間』というように、そういう女人を陸香は『作った』
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