傾国の美女─范蠡と西施─〖完結〗

カシューナッツ

文字の大きさ
上 下
17 / 36

〖第17集〗

しおりを挟む

『陸香、陸香、私を置いて死なないで』

『ずっと一緒にいますよ。范蠡様をお守りすることは亡き奥様との約束です』

『かあさまから頼まれたから私を守るの?』

 范蠡は涙で濡れた顔を上げる。陸香は刺繍の入った布で范蠡の目元を優しく拭い、抱きしめて言った。

『私が頼んだのですよ。范蠡様が私を必要とする限り、ずっと一緒にいますよ………』

 眠りながら泣いていた。衣の袖で涙を拭い、茶と菓子を持ってきてくれと、屋敷の者に言った。

「ずっと一緒に居ると言ったではないか。私が何をした………陸香」

 范蠡は私室で卓に臥し、ぼんやりしていると、この屋敷の侍女には不釣り合いな程の、あまりにも清らかで美しい、たおやかな女人にょにんが、茶と菓子を持って一礼をした。
 
 薄く化粧をした、だが透き通る肌をした白い顔、何処か愁いを帯びた表情。整えられた眉。それに反し、口唇だけ急いで色をのせたかのような、軽くむらがある紅色。
 
 少し切れ長の涼しげな印象を残す瞳。身体は細く華奢で童顔だ。范蠡は童女趣味ではないが不思議ときっと誰もが惹き付けられる可愛らしさ、そうでいながら艶やかな美しさ。年齢の見当がつかない。范蠡は西施か鄭旦、どちらかだろうと思った。だが、この完璧すぎる美しさはこの短期間では身に付けられるものではない。では、誰だ?
 
 卓にそっと置かれた菓子より、小さな楕円の頼りない整えられた鳳仙花で染められた淡い紅い爪の方が甘い味がしそうな気がした。反射的に茶を置いた白く細い指を握る。痛みが走ったような気がした。けれど、それは甘い痛みだ。掴んだ白い指先から蜜が染みてくるような、蕩けるように心地良い痛み。范蠡はじっとその女人を見つめた。

「細い、指だ。名は?」

「………桂花けいか  金木犀のことと」

「可愛らしい名だ」

「ありがたき………幸せです」
 
 言葉とは裏腹の、桂花の苦しそうにひそめられた眉と伏せられた眼は、あまりに痛々しく胸に残るものがあった。急に機嫌を損ねる女人は、いつもならば面倒臭く思うのが常だった。しかし、桂花の濃縮された悲しみと、媚もない、純粋な『切なさ』という感情に、范蠡はどうしていいか解らない。

 この場を去ろうとする桂花を、逃がしたくないと力を込める范蠡の手を、するりと蝶のように力を入れることなくほどき、着物の裾を翻し、不思議な女人は消えてしまった。
 
 暫くし、着飾った二人の娘が現れた。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ナイトプールで熱い夜

狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

Home, Sweet Home

茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。 亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。 ☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

処理中です...