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〖第16集〗
しおりを挟む『今夜は陸香がついています。怖かったでしょう。さあ、床について』
突然のことで幼い范蠡は、声が出なかった。
『耳を塞いでいてください。失礼致します』
そう言い陸香は指笛を吹いた。知らない黒い服を着た者が刺客の死体を片付け、范蠡の部屋を元通りにしていく。だが、范蠡は、動揺と恐怖感で指先が冷たくなっていく。平静を装い、陸香にいつものように膝枕をしてもらい、話しかけた。
『陸香は怖くないのか?あんな大男、見たことがない』
『どんな人間も急所は同じです。それに范蠡様が無事なら陸香はそれでいいのです』
そう言い何処か寂しそうな顔をしながら、陸香は范蠡の髪を撫でながら微笑む。
陸香から臭う生臭い錆びた鉄の臭いが、いつもの花の匂いと混じる。いつもの花の匂いは、この臭い消しなのだろうか。そんな考えが頭を掠めた瞬間、いきなり込み上げた吐気を我慢できず、范蠡は吐いた。
陸香は反射的に両手でそれを受け止めた。少量の胃液だった。怖々涙目の范蠡が顔を上げると、悲しそうな顔をして、陸香は、
『配慮が足らず申し訳ありませんでした。人を殺めた手ですのに』
そう言い、陸香は范蠡の吐瀉物を袂から出した布で拭き、席を外そうとした。
『ごめんなさい、ごめんなさい、陸香。ごめんなさい、陸香が嫌なんじゃない。お願い。嫌いにならないで。傍に居て、陸香ぁ!陸香ぁ!』
范蠡は大泣きし、整わない呼吸の中、部屋から出ていこうとする陸香をずっと呼び続けた。陸香は振り向いたが、表情は満月の逆光で范蠡には解らなかった。
『床に入り眼を瞑り百数えて下さい。それまでには戻ってきますから』
陸香は九十二数えると戻ってきた。服も変え、黄色の涼しそうな薄い衣だ。満月と同じ色だった。一連の陸香は范蠡の眼にあまりに鮮烈に映った。
陸香が刺客を仕留める様は、まるで剣舞のようだった。けれど、范蠡は怖かった。刺客の大男や、初めて見る死体もやはり怖かった。血の臭いと花の混じった香りも怖かった。
けれどそれ以上に幼い范蠡が怖いと感じさせたのは、陸香は范蠡の為に、命すら簡単に投げ打ってしまうことだった。
范蠡は、いつか陸香が自分のせいで死ぬのではないか。それは、自分が陸香を殺してしまうということではないのか。そう思うと怖くて仕方がなくなった。
幼い范蠡はたまらなくなり、陸香の膝にしがみつき大声で泣きじゃくった。
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