傾国の美女─范蠡と西施─〖完結〗

カシューナッツ

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〖第15集〗

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 確かに自分ならもう、出迎えになど行かないと范蠡は思う。范蠡は別邸の奥の私室で、行儀悪くごろりと寝転がり天井を見つめる。風や湿度が丁度良く心地良い。

 今、陸香に傍に居て欲しいと思った。幼い頃のように陸香の膝枕で髪を撫でられながら眠りにつきたいと思った。

『范蠡様が甘えたくなったら、いつでも陸香をお呼びください』

 昔のことを思い出す。そう言って、幼い范蠡の髪を撫でる陸香自体もまだ子供だった。陸香の手は白く細く、いつも花のような甘い匂いがした。子供の頃の陸香は花が好きだった。

 細い指で花に触れ微笑む陸香は少し切なそうで、幼い范蠡には、故郷に帰れなくなった花精かしょうのように見えた。

 范蠡は懸命に思い返した。何故、此処まで陸香に、顕著に嫌悪されたように扱われるのは范蠡には解らなかった。何か理由がある。陸香とはずっと一緒にいた。どんな時も。主従という形になって陸香の口数は減ったが、何故今頃になって離れようとするのか。──解らない、指を組み、頭の下に入れて枕代わりにし、大きく息を吐いた。

 暖かな午後の陽の光と頬を撫でる風が気持ち良く、范蠡は眼を閉じた。微睡み、浅い夢を見た。幼い頃の夢だ。満月だった。秋の霧雨のような花の匂いがしていた。あの花は何と言っただろう。

********

 范蠡が幼い頃、刺客に襲われた時、刺客と范蠡との間に素早く割って入り、陸香はまだ、あどけなさを残す少女だったにもかかわらず、何の躊躇ためらいもなく刺客を切り捨て、瀕死の刺客の喉を思い切り、刀で一突きし、とどめを打った。

 へたりこむ范蠡に、陸香は、今と同じく、

『お怪我はありませんか、范蠡様』

 淡く微笑むと、満月の明るさは陸香の桃色の衣に刺客の返り血の飛沫しぶきが紅い花弁のような模様を映した。薄い桃色の衣が風にひらひらと揺れた。
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