14 / 36
〖第14集〗
しおりを挟むただの部下なら、護衛の仕事が嫌なら辞めさせ、別な仕事を与える。だが、范蠡にとって陸香は特別だった。年齢も殆んど変わらない中、幼い范蠡の子守りをし、両親を早くに失くした范蠡に寄り添い、范蠡の広い家のなかでの唯一の温もりを感じる場所になってくれた。
心優しく、最も信頼する友のようでもあった。陸香の代わりなどいない。部下ではない。
「物のように扱うなど出来るわけがない……」
范蠡は小さく呟くように言った。怯える陸香の耳には入らないくらいの小さな声だった。
范蠡はやるせない。何故陸香はこんなことを言うのか。目の前で怯えて。震えて。范蠡にとって陸香は特別だ。罰せられるとでも思っているのか。そんなことは、范蠡はしないし、誰にもさせない。そんなことも解らないのかと、范蠡はどうしようもなく苛々する気持ちが込み上げてきた。
「出迎えも見送りも、もういい!私が嫌ならわざわざ顔を出す必要もあるまい!」
「申し訳………ありませんでした」
陸香は片膝をつき頭を下げる。
「用事を思い出した。明日また来る」
「では………明日」
力ない陸香の返答に范蠡は口走った言葉を後悔する。いつもそうだ、いつも。范蠡は陸香に素直になれない。陸香はいつも范蠡が見えなくなるまで頭を下げて見送る。范蠡は馬を走らせながら後ろを振り返る。陸香が、ずっと頭を下げている姿がつらかった。
********
次の日、范蠡は馬をとばし、別邸を訪れた。陸香の出迎えの姿はなかった。
「明日と、言ったではないか………」
元はと言えば范蠡が『出迎えも見送りもいい』と言ったからだ。けれど『本当に』陸香が居ない。陸香はいつも当たり前に出迎えて、
『また泥だらけですが。何処に行っていたのですか?』
と困ったように笑い、玄関先で足を洗ってくれた。昔も、今も。陸香は暗がりでも解るような、白く細い指をしていた。
当たり前が消えてしまうことが、これほどまでにつらいとは范蠡は知らなかった。伝えるべき言葉を、伝えなかったからだ。また理不尽に怒鳴られると思ったのだろうか。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

ナイトプールで熱い夜
狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…?
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
Home, Sweet Home
茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。
亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。
☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる