傾国の美女─范蠡と西施─〖完結〗

カシューナッツ

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〖第12集〗

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 敵を切り捨てるだけの役目の部下には女人のささやかな楽しみも無用。范蠡とって陸香は女人とすら思われていない。そんなことなど、陸香は解っていたつもりだった。陸香は范蠡と主従となった日、女人であることは捨てた。

 けれど、今日の范蠡の言葉は、陸香には身を切るようにつらかった。范蠡だから、陸香はあまりにもつらかった。

 陸香には誰もいない。范蠡の家の前に、赤子の頃、捨てられていたのを范蠡の大叔父に拾われた。范蠡の家の光と影。范蠡の家の一部の傍系の一族の中で、面々と続いてきた陽のあたらない仕事があった。

 秘密裏にその一族を統括していたのが范蠡の大叔父だった。直系の一族の中でこれを知っていたのは今は亡き范蠡の祖父だけだ。陸香は幼い范蠡の養育係というより、子守りの役目を貰った。自分は范蠡より二つ三つ年上なだけだった。幼い范蠡は生意気だが甘えたがりで可愛らしかった。

 幼い范蠡はいつも陸香と手を繋ぎたがった。いつか范蠡がこの手を離すまで、そう思いながら陸香は范蠡と手を繋いでいた。今はもう范蠡は陸香の手を離している。范蠡はいつまでも思い出の中の幼い范蠡ではない。陸香は范蠡を屋敷まで護衛し、別邸に帰った。部屋の灯りもつけず咽び泣いた。

「解って…いるのよ。昔のようにはいられない。主従となった時から解りきっていたのよ…それに范蠡様は、私の欲しい言葉は決して下さらない……」

 陸香はその晩ずっと泣いていた。涙が止まらなかった。新月だった。何処を見ても暗闇だ。だから、陸香がいくらは泣いていても誰にも知られることはない。けれど、陸香の胸の中に一度ついた小さな灯りは消えない。

 かつて自分に向けられた優しい瞳も、繋いだ手の温もりも、消さなければならないのに、消えてはくれない。
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