傾国の美女─范蠡と西施─〖完結〗

カシューナッツ

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〖第10集〗

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「陸香殿。何か食べなされ。空腹では范蠡殿を守れませぬよ」

 陸香はうやうやしく礼をして言った。

「いえ。お気遣いなく」

 そう言った瞬間、陸香の腹の虫が『クゥ』と鳴った。大夫種は楽しそうに笑ったが、陸香としては、あまりにも情けなくて、恥ずかしかった。

「手をつけてしまった物で申し訳ない」

 陸香にとって、范蠡や家の者以外の人と二人で談笑するのは初めてだった。陸香は焼いた魚を丁寧に食べる。勧められた一献で酔うはずもないのに、陸香は『蜜柑が好きだ』とか、『雨の日が好きだ』とか、普段訊かれても話しもしないことを話した。

 大夫種は、陸香の話を始終、微笑みながら聞いていた。大夫種は、踏み込まれて嫌な部分には決して踏み込まない。人に話させる事が上手い、芯の通った優しい人だと陸香は思った。

「陸香殿は美しい方なんでしょうね」

「笠を取ったら肩を落とされるかと」

「物腰の優雅さ、教養、話術、身についた所作は隠しても花のように香ります。范蠡殿が身を固めないのは、陸香殿がいらっしゃるからかもしれませんね。陸香殿以上をの女人を見つけるのは難しそうです。それに護衛も出来る。共に戦える。背中を預けられる。完璧です。お怪我をさせないか心配ですが」

 大夫種は穏やかな笑顔を陸香に向ける。陸香は大夫種の表情に照れ臭さを感じ顔を背けた。隣で寝ていたと思われた范蠡は急に紅い顔を上げ、まだ酔いも完全にも覚めない様子で大夫種に言った。

「陸香は私の剣術の指南役で、ただの護衛です。私が身を固めないのは甲斐性がないからですよ。陸香のせいなどではありませぬ。陸香が花、ですか。面白い。下手に触れたら大怪我をしますよ、大夫種殿。私は怖くて触れられません。痛い思いはしたくありませんからな。血が吹き出ますよ」

 范蠡は大声で笑い、大夫種は困った顔をし、陸香は小さく笑うふりをした。大夫種は、それからずっと黙ったまま俯き船を漕ぐ陸香を見ていた。船を降りる際、大夫種は陸香に言った。
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