傾国の美女─范蠡と西施─〖完結〗

カシューナッツ

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♢♢第7集♢♢

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 范蠡はいつものように政務を片づけて、街へ出た。あげる者の決まっている珊瑚の簪を二つ買った。范蠡は特定の『誰か』をもつことはなかった。それで良いと思っていた。誰かにのぼせれば、隙が生まれる。

 隙が生まれれば情報が漏れる。范蠡は、何故か少しばかり値段の張る翡翠の指輪に目がいった。鮮やかな半透明の見事なもの。宝飾品を見て、初めて美しいと范蠡は思った。誰に贈る予定もないが、それも買い求め、大夫種と落ち合い、陸香に用意させた船で、ゆっくりと河を下る。

 陸香には酒と上質な酒肴の準備を整えさせていた。酒は范蠡の家の物。酒肴は陸香が材料から選び、調理し、一応どちらも陸香が毒味したので安全だ。

 何故だろう。目の前でのんびりと寛ぎながら盃を傾ける大夫種を見て、范蠡はあの苦い敗戦の昔から今までのことを思い出していた。軽く揺れる船が心地良く、酔いを回らせるからだろうか。

 南方特有の湿った風に、船上の范蠡の髪を束ねる巾から少量の後れ毛の長い髪がふわりと靡いた。范蠡は我ながら、だらしがないと苦笑しながらも、昼間より風が涼しくて心地よいと眼を細めた。

********

 范蠡は密談をするときは『風流な船遊び』と称し小さな船で話をする。船頭は幼い頃の范蠡の養育係の陸香だから安心だ。范蠡の剣の指南役でもある。一見、年若い優男のように見えるが、范蠡より幾らかしか年が違わない女人だ。范蠡が幼くして父を失くし大叔父が後見とし、一族の長になったとき、范蠡と陸香は主従になった。

 その頃からだろうか陸香は黒い服を着て笠を被るようになった。范蠡の思いとしては部下だと思ったことはない。昔のように接したい范蠡の思いとは裏腹に、陸香は自分から話すこともなくなり、共にいる時間も減った。范蠡より幾分か年は上でも、背格好、容姿はかなり童顔で若く見えた。
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