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〖第9話〗
しおりを挟むおはぎが逝った。会社を三日休んだ。ドアを叩く音が聴こえて不振に思った。オートロックのマンションだからだ。近所付き合いはしていない。
「九条さん!」
誠実な顧問弁護士。近衛明次。食事は三回。印象は上品。下心はないと思う。足下を見る。いつもそこにはおはぎがいた。足にじゃれついて撫でると喜んだ。
「おはぎが、逝ってしまいました。長生きでした。二十三歳。大往生です。入ってください。お茶だけ」
ウェッジウッドのティーカップにダージリンを淹れる。おはぎの写真を見て、
「優しそうな、男の子かな?きっと九条さんが好きだったんですね。偶々有給の申請の電話取ったの僕で、あんなに元気ない九条さん初めてで、飛んできました。管理人さんにロック開けてもらって、流石に弁護士バッチは役に立ちます」
近衛くんは本当に心配している。眉を下げて、しょんぼりと。怒った後、私の方を困ったようにこちらを見るおはぎを何となく思い出す。
「ありがとう。でもね、もう疲れちゃった。肩肘はって仕事するのも、婚期を逃して、もう子供も産めない……綺麗でありたいと思うけど若さも衰えていく。今手がけてるプロジェクトが終わったら、会社辞めようかと思ってるの。近衛くんは間違わないでね。間違ったら引き返す。執着は一番ダメ。これが先輩からの助言かな。私は全部踏んできた。時間の無駄遣いと思えれば楽だけど、幸せな時間もあったのよ」
アイスクリーム、食べる?美味しいの。そう言い、私と近衛くんは向かい合って黙々とアイスクリームを食べた。
*
今、私はパリにいる。あの三年間、いつも心には賢治がいた。おはぎと共に暮らしたアパルトマン。そして今、おはぎは過去のしがらみを全て持っていった。パリの夕暮れは本当に綺麗。新しい恋人も連れてきた。
「三輪さん、一緒にお風呂入ってアイス食べよ」
「はいはい、ご飯の後ね。バケットにクリームチーズ塗って生ハムのっけて食べると美味しいの。カンパリにも合うし。明ちゃんワインとカンパリどっちにする?」
「まずただいまのキスでしょ」
顧問弁護士の近衛明次、私が空港で、パリへのフライトを待っていると、肩を叩いて笑って、
「僕も行きます。向こうにはコネはあるし。どうやら僕は、九条さんが好きみたいというか、好きです!一応、国際弁護士なんですよ。いい収入源になりますよ」
笑って首を傾げる仕草。可愛い。この笑顔を疑うほど、私はひねくれていない。
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