9 / 10
〖第9話〗
しおりを挟むおはぎが逝った。会社を三日休んだ。ドアを叩く音が聴こえて不振に思った。オートロックのマンションだからだ。近所付き合いはしていない。
「九条さん!」
誠実な顧問弁護士。近衛明次。食事は三回。印象は上品。下心はないと思う。足下を見る。いつもそこにはおはぎがいた。足にじゃれついて撫でると喜んだ。
「おはぎが、逝ってしまいました。長生きでした。二十三歳。大往生です。入ってください。お茶だけ」
ウェッジウッドのティーカップにダージリンを淹れる。おはぎの写真を見て、
「優しそうな、男の子かな?きっと九条さんが好きだったんですね。偶々有給の申請の電話取ったの僕で、あんなに元気ない九条さん初めてで、飛んできました。管理人さんにロック開けてもらって、流石に弁護士バッチは役に立ちます」
近衛くんは本当に心配している。眉を下げて、しょんぼりと。怒った後、私の方を困ったようにこちらを見るおはぎを何となく思い出す。
「ありがとう。でもね、もう疲れちゃった。肩肘はって仕事するのも、婚期を逃して、もう子供も産めない……綺麗でありたいと思うけど若さも衰えていく。今手がけてるプロジェクトが終わったら、会社辞めようかと思ってるの。近衛くんは間違わないでね。間違ったら引き返す。執着は一番ダメ。これが先輩からの助言かな。私は全部踏んできた。時間の無駄遣いと思えれば楽だけど、幸せな時間もあったのよ」
アイスクリーム、食べる?美味しいの。そう言い、私と近衛くんは向かい合って黙々とアイスクリームを食べた。
*
今、私はパリにいる。あの三年間、いつも心には賢治がいた。おはぎと共に暮らしたアパルトマン。そして今、おはぎは過去のしがらみを全て持っていった。パリの夕暮れは本当に綺麗。新しい恋人も連れてきた。
「三輪さん、一緒にお風呂入ってアイス食べよ」
「はいはい、ご飯の後ね。バケットにクリームチーズ塗って生ハムのっけて食べると美味しいの。カンパリにも合うし。明ちゃんワインとカンパリどっちにする?」
「まずただいまのキスでしょ」
顧問弁護士の近衛明次、私が空港で、パリへのフライトを待っていると、肩を叩いて笑って、
「僕も行きます。向こうにはコネはあるし。どうやら僕は、九条さんが好きみたいというか、好きです!一応、国際弁護士なんですよ。いい収入源になりますよ」
笑って首を傾げる仕草。可愛い。この笑顔を疑うほど、私はひねくれていない。
5
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】


愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

好きな人がいるならちゃんと言ってよ
しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話
同期の姫は、あなどれない
青砥アヲ
恋愛
社会人4年目を迎えたゆきのは、忙しいながらも充実した日々を送っていたが、遠距離恋愛中の彼氏とはすれ違いが続いていた。
ある日、電話での大喧嘩を機に一方的に連絡を拒否され、音信不通となってしまう。
落ち込むゆきのにアプローチしてきたのは『同期の姫』だった。
「…姫って、付き合ったら意彼女に尽くすタイプ?」
「さぁ、、試してみる?」
クールで他人に興味がないと思っていた同期からの、思いがけないアプローチ。動揺を隠せないゆきのは、今まで知らなかった一面に翻弄されていくことにーーー
【登場人物】
早瀬ゆきの(はやせゆきの)・・・R&Sソリューションズ開発部第三課 所属 25歳
姫元樹(ひめもといつき)・・・R&Sソリューションズ開発部第一課 所属 25歳
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆他にエブリスタ様にも掲載してます。

実在しないのかもしれない
真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・?
※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。
※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。
※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる