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〖第6話〗
しおりを挟むおはぎの顔を暖かい濡れタオルで優しく拭いてやる。可愛らしい声で鳴くが、やっぱり、甘いミルクの匂いがする。私は笑ってトースターでパンを焼く。
「ありがとう、おはぎ。いいこね。いいこね。ありがとうね」
目玉焼きを作ろうと、フライパンに玉子を割ると、目玉の玉子だった。思い出だけ残されたようでつらい。一人じゃ重い。まだ私には未練がある。
「一人じゃ、多いわよ。馬鹿っ!」
「半分しよ?俺もトースト頂戴」
かけられた声に驚いて振り向くと、ボクサーパンツを履き、タオルで頭を拭く賢治がいた。
「風呂借りたよ。朝から雪すごいね」
息が、出来ない。ここに、おはぎはいる。じゃあ、あなたは?言葉を読んだように賢治は言った。
「夜遅く来たんだけど、起こすの可哀想で。明日休みだし。ソファで寝た。後からアイス食っていい?」
私はみるみる声が潤んでいくのを感じた。
「ダメって言っても食べるんでしょ?ちゃんと、玉子も半分食べてくれる?……昔みたいに、またやり直そう?お願いよ」
賢治は頷いて、服を着る。久々に賢治と一緒に食べるご飯は、美味しくて、食後のアイスクリームは幸せの味がした。
「おはぎ、ほら、アイスクリーム柔らかくしてあげたよ。滑らかでクリームみたいでしょ」
「ったく、三輪はおはぎに甘いよな」
「私の家族だから」
私は笑って、言った。
「たくさん話したいの、あなたと。いいことも、悪いことも。あなたとやり直したいのよ、昔みたいに。あと、訊きたかったんだけど、こんな天気の日にどうして……?」
私は彼を見つめた。
「『部長になったら、いいものあげるよ』って、約束したから。安いけど」
賢治からのプレゼントは、アンティーク調の薔薇のピアス。トップにルビーがついている。燻した金色が綺麗だ。
「あと、腕時計。こっちはタダ。試作だからって。同じアンティークデザイナーのアクセサリーとか作ってるひと。カップルで工房やってるみたい」
「大変だけど、楽しそうね」
にゃあ、と俺にはないかと、おはぎが鳴いた。
「あるよ。おまえにも」
黒猫のおはぎに映える燻金の布の首輪に、ペリドットのごろりとした大きめの石のトップ。裏にマイクロチップ。おはぎのグリーンの瞳に映える。
「可愛いわね。ハンサム君よ、おはぎ」
ムッとした顔で賢治が『俺は?』と言った。私の愛猫と言えど、張り合わなくても、と彼を可愛いと思ってしまう。
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