好きになんて、ならなければ良かった〖完結〗

カシューナッツ

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〖第5話〗

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 私たちは朝、賢治がまたアイスクリームを食べて、私はトースターでパンを焼くのが習慣になっていた。思い出すのは、目玉焼き。食べたいと彼に、作ってと駄々をこねて言ったら、

「作ってやるかあ」

 ボクサーパンツ一枚でキッチンに立って彼が作ったくれた目玉焼きは黄身が二つの本物の『目玉』焼き。一個づつ、分けて食べた。二人で、

「こんなことってあるんだね」

 嬉しさを噛み締めながら、目玉焼きを食べた。幸せな記憶。
   
   *

「ただいま」

 マンションの玄関でコートをハンガーにかけ、パンプスを脱ぎ、へばりつくストッキングも忌々しく脱ごうとしたけれど、爪に引っかかって高級ストッキングが伝線した。私は引きちぎるようにストッキングを引っぱった。濡れて冷えて感覚なんかない足。情けなくて、やるせない気持ちにさせる。私は真っ暗な中、床をうつ伏せになりドンドン叩いた。

「もう嫌だよっ!誰か助けてよっ!誰か、助けてよ!………誰もいないけどね。私には誰もいない!振られたんだっけ、ハハッ」

 真っ暗な室内にポッと小さな明かりがついた。

「泣くなよ、部長さん。昇進、おめでとう」

「なん、で…………」

 賢治は笑う。煙になって、消えてしまいそうだ。

「ドッキリ、かな?ごめん。趣味の悪いドッキリだな」
 
「私、酷いこと、言った……」

「そうだぞ。俺は平じゃない。部署変わったから解らなかったかもしれないけど、係長だからな。でも、俺も三輪に酷いことしてきたよ。ごめんな」

「やり直したいよ」

「まあ、着替えて、髪乾かして眠れ。風邪引く。髪撫でてやるから。朝になったら、元通りだから。あとは三輪次第だ」
 
 私が眠るまでずっと、賢治は髪を撫でてくれた。
   
   *

 夜中目が覚めたら賢治は珍しくミルクアイスクリームを食べていた。賢治はあまり、ミルクアイスクリームは食べないのだ。

「まだ、朝早いから、眠れ」

 また、微睡んで、起きたら賢治はいなかった。いつも通り、おはぎが私の髪をなめる。この行動、『俺がお前の面倒を見てやるぜ』と言う意味らしい。いつもと違う甘い匂いに、おはぎの顔を見ると、ミルクアイスがベッタリついていた。

「馬鹿だね、お前。馬鹿だね………」

 私はおはぎを抱きしめ声をあげて泣いた。子供みたいに泣いていたら、心が晴れて笑えてきた。
   
   *

 おはぎの餌いれの裏に隠されたミルクアイスクリームのカップ。

「アイスクリームの魔法かしらね。賢治も魔法使いだったら困るわね」
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