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〖第3話〗
しおりを挟むけれど、猫のおはぎを飼い始めてから、賢治は私の家では煙草を吸わなくなった。そしてすることは、ベッドだけになった。ただの身体の依存の関係だって解っていた。そして、それしか彼を繋ぎ止める術がないことも。
情事のあと、私たちには気怠い珈琲なんてない。夏は冷房をかけず、冬は暖房をたいて、彼は一年中アイスクリームを齧ってる。昔、付き合い始め、賢治はベッドの後、ボクサーパンツ一枚で冷蔵庫に持たれるように座り込んで、アイスクリームを齧っていた。
「アイス勝手にもらった。三輪の味に似てるね」
そう言って笑って、私を赤面させたっけ。若かった。それから、
「俺、アイスクリーム好きなんだ。子供の頃、食べなかった?幸せな気持ちになるんだよな」
と言い彼は笑った。だから私の家の冷凍庫にはいつでも彼の《幸せな気持ち》が入ってる。今は何も言わない。私に背中を向けて、ベッドに腰掛け賢治は黙々とアイスを齧る。賢治が家に来る日は一応常備しているアイスクリーム。そうじゃない日も冷凍庫にアイスは入っていたけれど、いつしか会うことすら少なくなっていったから、買う機会も減った。
私はアイスから遠ざかっていった。思い出だけが眠り、冷凍庫に入っているだけだ。
*
私は久しぶりの賢治の誘いに、会社を出る時、化粧室で赤い口紅をひいた。帰り、コンビニエンスストアで、二人で何か新しいアイスクリームをチェックすることを考えてむず痒い気持ちになりながら。
「やり直したいの。昔みたいに戻りたいよ」
そう伝えようと思っていた。
*
ガラガラっと『のんき』の引き戸が開いた。私はカウンターで控えめに手を上げる。賢治は、ポケットの厚みのある少し大きめの付箋を剥がし、私のテーブルの真ん中にに貼りつけた。
《もう会いたくない。別れよう。うんざりだ。三輪も周りも、みんな。じゃあな》
真っ白になるってあるんだ、と思った。血圧が一気に下がったみたいになった。私は悔しかった。言葉にするのも嫌なのか。でも悲しくはなかった。おあいこだ。私の中で、別れの悲しみより、プライドが勝った。
「振るなら私の方よ。私に会うのが怖いんでしょ。変わった私を見るのが嫌なんでしょ。惨めになるって言っていたもんね。そんなんだから万年平社員なのよ!」
そう立ち去る賢治の背中に投げつけた言葉が、私を縛る。私、最低だ。
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