【完結】苦しく身を焦がす思いの果て

猫石

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中編

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 結婚して3年目の秋。

 私の目の前に側妃候補として現われたのは、貴族派筆頭貴族である侯爵家長女である18歳のキャスリン様だった。

 議題に上がった春を経て、その年の夏に側妃としての体裁が整ったキャスリン嬢は、秋に決定された輿入れとなるその日まで、側妃教育のために王宮へ通うようになった。

 毎日1日8時間の側妃教育に加え、1週間に1度、王太子殿下とお茶を共にする義務を課せられた彼女とは、そのうち出会い頭にでも王宮内で出会うだろうと思っていた。

 しかし偶然というにはあまりにも不自然なほど、私は彼女と王宮で会う事はなかった。

 それどころか、彼女の教育の進行度合いや、公式な側妃のための物の購入や宮の改装など公的なもの以外の情報は、正式に彼女が王宮へと召し上げられる今日この日まで、私の視界はおろか、耳にも入る事はなかった。

 皆が、私を気遣って意図的に私と偶然出会ったり、耳に入らないように徹底していたのかもしれない。



 その日、正式に側妃として召し上げられ、国王夫妻、私、並びに貴族院の見守られる中、王宮内の神殿で正式に婚姻の儀式を経て王太子宮の横に用意された側妃に入られたキャスリン様は、宮の前で彼女を出迎えたアルフレッド殿下と私の目の前に、父親に伴われて現われた。

 婚姻の儀の際には分厚いヴェールで顔を隠していたために解らなかったが、彼女はやや幼くも可愛らしいお顔立ちをしていた。

 綺麗に編み上げられた明るい栗色の髪に、大きく綺麗なエメラルドの瞳、日焼けしていない華奢な白い手足には、淡い色合いのふんわりした白いドレスが良く似合っていた。

「エリザベッタですわ。 キャスリン様、どうぞ、お顔をお上げになって。」

 正式な礼を取るキャスリン様とその父君に、私の隣に座られた王太子殿下が先に声をかけた後で私が声をかける。

 すると。

「お目にかかれて光栄でございます、王太子妃殿下。 この度、側妃として妃殿下と共に王太子様をお支えする栄誉をお受けすることになりました、キャスリンでございます。 どうぞ、よろしくお導きくださいませ。」

 そう言いながら顔を上げた彼女は、到底、野心が隠しきれていない笑顔を浮かべながらそう言った。

(側妃に選ばれたのに表情をコントロールできないなんて、まだまだ未熟なのね……。)

 そう思いながらも、私はにっこりと笑ってそれに応じた。

「キャスリン様、こちらこそ、よろしくお願いいたしますね。」

 教育の賜物というべきか、私は王太子妃として何の感情も出すことなく、そう言い終え、彼女との対面を済ます事が出来た。



 しかしそれは、人目がある、公的な場でだけだった。



 その夜、初めて私はアルフレッド殿下と夜を共にしなかった。

 公務で王宮をどちらかが離れるとき以外、月の物で交わる事が出来ぬ時でも、寄り添いながら夜を共にしていた私たちは、結婚して初めて別の寝室で、別々に眠る事になった。

 いつも通り湯あみを終え、いつも通り夫婦の寝室に入った私は、もう一人の主のいない広いベッドに横たわる事がどうしても出来なかった。

 窓辺に置かれたソファに座り、ここで眠ろうかとも思ったが、目を閉じると浮かぶのは、あの年下の可愛らしい側妃の顔。

 あぁ、あの人は、側妃とどのように過ごしているのだろうか。

 どのように手を差し伸べ。

 どのように言葉をかけ。

 どのように、ベッドへと誘うのだろうか。

 そう考えて、頭を振る。

 馬鹿馬鹿しい。

 自分の時と同じく、初夜の儀として卿は幾人もの王宮の有識者たちに囲まれながら、義務的に、完全なる結合と、破瓜の印、そして種が授けられたことを確認されるだけの不快な場でしかない。

『愛しているのはリジーだけだ。』

 あの言葉の通り、私たちには育んできた愛がある。

 だが、殿下と側妃の間には、育んできた愛情や、信頼や、情など『今は』何もないと解っているのに。

 どろりと、吐き気がするような言葉が、口から飛び出しそうになって私は両手でそれを押さえた。

 言葉の代わりにあふれ出る涙を、押さえきれることが出来なかった。

 それでも、言葉だけは口にすることは出来ないと、声を押し堪えて泣いた。

 その晩は、一睡もできず、ただ泣き明かした。

 翌朝、起こしに来てくれた、公爵家の時から私に仕えてくれていた侍女が、他の侍女の入室を止め私の姿を見てただ黙って抱き絞めてくれた。

 そうして、いつもよりも念入りに化粧をしてくれた。

 朝食は、今までと同じく殿下と一緒に2人でとった。

 お食事を食べている間、殿下からはいつも使っている柔らかなシャボンの香りしかしなかったことに心から感謝しつつ。

 それでも、その手を、口元を、眼差しを、私は見る事が出来ないまま朝食を終えた。

 いつもなら完食出来るそれを半分も食べる事が出来ず、殿下はそんな私を抱きしめ、ただすまないと、謝り、化粧では隠しきれていなかったのかもしれない眼もとに、口づけを落としてくださった。

 その温かさに心からほっとすると同時に、胃に入ったものが逆流するような不快感をどこかで感じたが、ここでは出してはいけない感情だと、静かに押し殺し、彼の背に手をまわした。

 いつも通りに過ごすのだと、自分に言い聞かせた。

 いつものように優雅に微笑み、公務を行い、昼食をとり、執務を執り行い、夕食を共に取って、お茶をする。

 そこまではいつもと同じだった。

 私も気持ちを抑えきる事が出来た。

 しかし、湯あみを終えて寝室へ戻ると、ただ一人のその寂しい空間に、私は現実を思い知らされる。

 腹の底から、胸の奥底から、這い出して来る黒い感情。

 押し殺しきれなかったそれを、今日も声にすることなく口元を押さえ、ソファで神に祈った。

 国の安寧を。

 王家の安泰を。

 一個人の感情で、それを歪めることは出来ないのだと。

 祈って、祈って、幾晩かを過ごして。

 一月ほどしたある日、私の手には、ぐしゃぐしゃになった花びらが握られていた。

 ある夜には、クッションから溢れ出した柔らかな羽毛があった。

 取りそこなったらしい花の棘が、手のひらに刺さって血が流れ出ていたこともあった。

 私はなんて未熟なのだろうと、声を押し殺しながら、醜い自分を直視させられる夜が続いた。
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