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ベルセさんとの生活①(雨の日にずぶぬれで鳴いてる子犬ひろちゃった、的なあれ)

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「おはようございますベルセさん」
「おはよう! キルシュちゃん! 今日も可愛いね! 愛してる!」
「あ、そういうのは大丈夫です。はい、朝ご飯をどうぞ」
 性癖ドストライクのケモ耳ケモ尻尾、何なら顔立ちすらドストライクのトンデモイケメンの満面の笑顔に目が潰されそう、と思いながら、私は(塩対応塩対応……)と心の中で繰り返しながら、テーブルに着いた彼の前に珈琲と朝食の乗った皿を置いた。
「え!? 朝ご飯!? これ、食べていいの!?」
 今日の朝食はチーズトーストにオーク肉と大鶏の卵のベーコンエッグ、それにフルーツサラダだ。
「わぁ! 朝から豪勢だね! オレ、こんなすごい朝ご飯生まれて初めて見た! うわぁ~いい匂い~」
 あながち嘘でもリップサービスでもないのだろう。
 目の前の朝食の乗ったプレートを目の高さに持ち上げ、キラキラと無駄に目を輝かせながらいろんな角度からそれを見たベルセさんは、正面にいる私と目が合うと、蕩けるばかりの笑顔を浮かべた。
「ありがとぉ、キルシュちゃん。番にこんな朝ご飯作ってもらえるとか、俺、まじ幸せ……」
 その笑顔に、私の心臓がキュゥゥゥンッ! と鷲掴み(物理)された気がする。
(こちらもイケメンの蕩ける笑顔に最高に幸せです! いや! 塩対応! 塩対応だ!)
「……それは良かったです、では、頂きましょう?」
 ドストライクイケメンの笑顔と誉め言葉に塩対応するとか、これ、何の苦行だよ、と血反吐を吐きそうになりながら椅子に座ると、前世ジャパニーズ風に手と手をあわせ、いただきます、と頭を下げ、それを見ていたベルセさんも同じように手と手を合わせた。
「いただきます!」

 ☆

 ベルセさんの身元保証人になる(引き取る)と決めたのは、ケモ耳ケモ尻尾が性癖ドストライクで、お顔が私の好みのど真ん中で、かっこよくて、『年齢=彼氏いない歴の私×番=イケメンに溺愛してもらえる=なにそれ最高!』という、干物女が考えそうな、安直で夢豚的な考え方をした! 訳ではない。
 決してない。
 絶対違う!
 ……と、思う、多分。
 でも。
(思ってたんと違うんだよなぁ……)
 前世で読んでいた番物の小説では、番っていうのはものすごい権力者の超絶イケメンが、突然やってきて戸惑うヒロインに『お前は俺の番だ!』とか言って搔っ攫い、お城とかに監禁して湯水のごとく金と権力を使い、歪なくそでか感情で溺愛という名の自己満足を押し付ける(偏見)。
 そのあまりの自分勝手な所業に、最初は激しく嫌悪するヒロインも、彼が時折見せる切ないギャップや、己の命を投げうって番を助ける姿、源泉かけ流し的溺愛にあれよあれよと絆されちゃって、身も心も蕩かされてハッピーエンド! か、番という名を免罪符に好き勝手押し付けて来る獣人相手に、『そんなのは愛じゃなくて自己中の呪いだ! 人さらいで強〇魔、自分本位で私の事なんかちっとも考えてないお前なんぞ受け止められるか!』と、番に対してギャフンする!のが王道だ。
 ま、私のイメージの98%がそうなわけだが、自分が巻き込まれたのは余りにも違っている。
(まぁ、こんだけ獣人がたくさんいれば、中には権力もお金もない番っていうのも、いて当たり前か。わ~、リアルリアル。あ、でもこれだと、溺愛番物じゃなくて、年上女がショタをお家で飼う的なシュチエーション……)
 前世のテレビや、マンガで見た、大人のお姉さんと美麗なショタが繰り広げる甘やかで歪な同棲生活物語を思い出す。
(はっ! それもいい! いや、待て待て、落ち着いて私! 妄想ステイ! 落ち着いて現状把握!)
 と、あっちこっちに飛んでいく妄想を一度全部頭の隅に追いやって、目の前で目を輝かせ、ご機嫌で朝ご飯をと貪り食べているベルセさんを見た。
 彼がどれくらいご機嫌かというと、大きめの耳はピンっと立ち上がり、尻尾は真夏のサーキュレーター並みの勢いでぶん回されている。
(は~、ケモ耳ケモ尻尾イケメン、まじありがとうございます! ……だけど……)
 初めて見た時には、私の性癖であるケモ耳ケモ尻尾付イケメンというところに全集中ロックオンしてしまい、ちゃんと見ていなかったが、目の前の彼はどう見ても『金と権力に物を言わせ、突然の事に恐れおののく番を拉致監禁の上溺愛!』する王道番物ヒーローには程遠い。
 ジャッカル族という事だが、目の前の彼はどう見てもやせ細ったみすぼらしいでっかいだ。
(この体で冒険者なんて、よくやってるよね……)
 私のお店はお菓子屋さんだが、長期保存のきく携帯用食料として、前世の栄養補助食品を真似て作った、軽くて日持ちがして甘くておいしい総合栄養食のナッツバーやカロリーバーも売っているため、それなりに冒険者がやってくる。
 そんな彼らに比べれば、ベルセさんはほんっっっとうに『貧相』なのだ。
 背はすらりと高く、筋肉はついているものの、全体的には痩せぎすでの癖に猫背。
 当初は『テクスチャー貼り付けた裸体か! けしからん!』と思っていた体も、よく見れば本当にテクスチャー並みにぺらぺらの、最低ランクの冒険者用装備に身を包んだ細マッチョ(でもお腹とか痩せてる)だったのだ。
(私の目! 節穴!)
 いかに己が欲望に忠実に、御面相とケモ耳とケモ尻尾にしか見てなかったのかわかり、恥ずかしくて泣けてくる。
 あと、ジャッカルという生き物がどんなものかもよくわからないが、まぁ狼っぽいものだと仮定して、そんな彼の見た目は、金と黒のまだら模様で、手入れされず痛んでから見まくった長い髪を適当に一つに結んだぼさぼさの長い髪の毛から飛び出す大きめのふさふさの耳に、大きくてふわふわ……に見えたけど、実際は結構毛が抜けたりしてしまっていた、感情のバロメーターであるしっぽがキュートだ。
 御面相は、黒目勝ちの大きな釣り目につんと高い鼻、少し大きめの口は、基本、笑顔の様にきゅっと口角が上がっていて、此方も、前世に大好きな俳優さんのお顔が浮かぶ。
(あざとかっこ可愛い系の童顔男子! しかもケモ耳ケモ尻尾! もう本当に最高!)
 と、本当なら小躍りしながら頭を抱えて飛び回りたいが、それらを必死に押さえつけ、ゆっくりとミルク珈琲を飲みながら、さらに彼を観察すると、見えてくるのは彼の背景。
 彼はきっと、あまり育ちがよろしくない。
 カトラリーをぎゅ~っと握り絞め、誰にもとられないようにだろう、皿を抱え、ご飯を口にかっこみ『美味しい、最高、美味しい!』と繰り返す姿は、一般的な食事マナーが付いていない証拠だ。
(自分の命より番を選ぶ、という感じでもなかったし……というか、番と結ばれるよりも帰りたくない出身地って、どんなブラック企業やねん)
 おそろしい、と、彼の出身国である東の大国タン・アレスに身震いをしていると、ぴくん! と耳を動かし、食事を取るのを止めたベルセさん。
 どうかしたのかと声を掛けようとしたところで、一階から来客を知らせる鈴の音が聞こえて私は席を立った。


★★
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