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過去の番事件(わぉ!結構大事件!)

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「あ、あの~?」
 私はこの時ようやく、この部屋にいる警ら騎士様が全員『空来種対応可能公務員みみかざりたい』という事に気が付いたため、疑問に思った事をそれとなく聞いてみる。
「皆さんも獣人でいらっしゃるのに、なぜこんなに彼に厳しいんですか?」
「それは……」
「そうだそうだ! タン・アレスでは番は絶対で、引き離しちゃいけない決まりだってあるんだぞ!」
「うるさいっ! 黙れ!」
 私の言葉に反応し、括りつけられた椅子ごと立ち上がって非難の声を上げたジャッカル獣人のベルセは、傍にいた大きな角をお持ちの多分水牛獣人警ら騎士様に椅子ごと押さえられ、キャインッと声を上げた。
「お、お前! 獣人だろ! 尻尾のこと考えてくれよ! 毛が抜けたじゃないか!」
「お前こそ、国際獣人番法と番保護法を知らんのか!」
 ふさふさ尻尾の毛を逆立てながら叫ぶ彼に、水牛警ら騎士様が怒鳴りつけると、負けじと彼も吼えるように言った。
「知ってるよっ! 知ってるけどあんなの、獣人じゃない奴が勝手に決めた獣人差別の法律だろ!?」
「……あの、彼はあぁいっていますけれど……その、獣人番法って……?」
 ガウガウと、牙むき出して噛みつかん勢いで叫ぶベルセに、水牛獣人警ら騎士は聞く耳も持たずそっぽを向いたが、私の方はそれが気になって隣に立っていた黒猫耳の女性警ら騎士さんに尋ねると、彼女は難しい顔をしてから、私を見た。
「キルシュさんは、こちらに来られて1年でしたね?」
「えぇ、はい」
「では……「キルシュっていうの!? 可愛い! 良く似合ってる! キルシュ、お願い! 僕と番って! 運命の人! 愛しているからっ!」お黙りなさいっ!」
 言葉を遮られた女警ら騎士様がぎっと金の瞳にある動向を張りのように細くして叫んだ。
「国際獣人法の番保護法第2条6項に従って、貴方の口を閉ざします! スキル展開『木魔法』対獣人用口蓋拘束むだぼえするな・こいぬちゃん
 大きな黒い猫ちゃんのお耳を持った女性は、宙に向かって手を伸ばすと、その手の中に現われた大きな杖の先をベルセの方に向けて、くんっ! とスナップを聞かせて杖をわずかに引き上げた。
 すると、あっという間に彼の顔に、前世でいう闘犬や狩猟犬が良くつけられている、無駄吠え防止の口輪が形を成して彼の後頭部から顎を固定していく。
 ただし、彼は人の頭と顔をしているので、口輪を形成していた一部が彼の唇を無理やり割り、大きく口を開かせると、閉じないようにがっちりと固定している。
(拷問用の開口器みたい……)
 痛そうだな、と身が縮む気分で良く見れば、なんと舌まで拘束されているではないか。
「あ、あの、あそこまでしなくても……」
「いいえ。あれでも生ぬるいくらいです。貴女に行った人として恥ずべき行為は、問答無用で睡眠魔法を撃ち込まれても文句が言えません。温情をそう捉えられない愚か者にはいいお仕置きです。」
 椅子に縛り付けられ、さらに口を無理やり固定され、涙目でウーウーと唸っている彼の方を冷たく一瞥した女性警ら騎士様は、私には丁寧に話してくれた。
「キルシュさんは、獣人の『番に対する執着』の恐ろしさをご存じないかと思いますので、身近な例で説明させていただきます」
「は、はい? お願いします」
 黒猫耳の警ら騎士様は、握っていた杖を消しながら話し始めた。
「我が国の現皇帝陛下は即位110年なのですが、それは当時の皇帝であった獣人の王を斃したことから始まります」
「え!? 陛下って110歳オーバーなんですか!?」
 一年前、空来種として落ちてきたときに現皇帝陛下と謁見しているが、その時の印象は二十台中頃にしか見えなかったのだ。が、その驚きはさらっと無視され、話は続く。
「前王の治世は、現在の東の大国タン・アレス同様、獣人優位……いえ、獣人であることが前提であり、他種族は奴隷と同様の扱いを受けると言う状況でした」

 当時、身体能力の高い獣人はその地位に胡坐をかき、他種族を虐げ、蹂躙し、全てを搾取していた。そんな中、ルフォート・フォーマの辺境の果てで豊かな自治地区を作っていた現皇帝陛下――村長は、その土地と特産品を狙った前王に、一方的に攻め込まれた。
 村長は自衛のために精鋭部隊を持っており、蟻の子を吹き飛ばすように皇帝の軍隊を退け、自分たちの自治地区に手を出さなければ、王都、皇家に対し反旗を上げることはしない、と宣言した。
 しかし他種族が嫌いでその土地がどうしても欲しかった皇帝は、さらに軍を増やして再度自治地区を襲った。水脈に毒を入れ、魔物を放ち、周囲の森に火を放つという、卑怯な手を使って闇討ち同然の攻撃をしたのだ。
 が、それすら村長はあっさり返り討ちにした。
 彼は強い加護を持っていたため、毒も、魔物も、火も無意味だったのだ。
 自領が無傷だった村長は、前皇帝の事は放っておけと皆に言ったようだが、彼に付き従う精鋭部隊はそれを許さなかった。二度の襲撃、しかも闇討ちをされたのだから当然である。
 あっという間に王都を包囲したの村長の精鋭部隊(しかも100に満たない数)に恐れをなした前皇帝は、こともあろうか、獣人以外の民全員を使って王都を囲んだ。
 文字通り、肉の壁を作ったのだ。
『やれるものならやってみろ、自分と同じ種族を殺せるものならな』
 という捨て台詞と共に。

「それに切れたのは静観を貫かれていた村長……現皇帝陛下です。陛下は単身王都に乗り込み、肉壁を無血突破したのち、王宮に隠れていた前皇帝を拘束したのです」
「……うわ、つっよ……」
 ぼそっと漏れた本音に、猫耳獣人警ら騎士様は満足げに頷いて続ける。
「拘束された前皇帝は敗北を認めました。その上で現皇帝陛下に請い願ったのは、全ての財、そして民や家臣の命と引き換えに、己とその番の助命嘆願。彼は『番以外はすべて無価値、王の番のために死ねるなら本望だろう』と言ったそうです。そもそもあの自治地区を襲った理由も、番が自身の好きな果物と絹の産地を欲しがったからだそうで、全てが番の言いなりだったそうです」
 呆れたようにため息をついた彼女。
「現皇帝陛下は前皇帝の目の前で番の首を自らの手で落とし、番を殺され発狂寸前の前皇帝は、全国民に謝罪せよと晒し、その上で斬首しました。現皇帝陛下が即位し行われた死刑は後にも先にもこの二人だけです。その後、即位された皇帝陛下は、番問題について調べられ、獣人が『番』の事で他種族と血で血を洗う様な事件がある事に心を痛め、問題解決に向け、他三国の王へ呼びかけました。タン・アレスの獣人王は出席されませんでしたが、他二国の王はそれに同意。協議の上、正式に国際獣人番法、番保護法を世界に向け発令されたそうです」
「あ、あ~……なるほど……」
 私は内心頭を抱えた。
(思ったよりも根深い問題だった~。イケメンからの溺愛万歳! って浮かれているばあいじゃなかったよ~!)
 と。


 ☆
予約投稿の時間を間違っておりました!
もうしわけありません。
お読みくださりありがとうございます! 説明会、これで終わります!
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