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2部 1章 芸術を愛する都の生活

7)ルクス公爵邸にて(俯瞰視点)

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 その日、午後の早い時間、貴族の邸宅が並ぶ通りの中でもひと際大きく美しい、白灰色のレンガ造りの屋敷の敷地に、この国の物ではない繊細な彫刻が施されたマホガニー材を使用して作られた『コルトサニア商会』のシンボルの入った馬車が滑り込むようにして入った。

 その馬車から優雅な立ち振る舞いで降りた、赤百合の頭の印象的な男性は長身痩躯の従者を一人引き連れ、執事に先導され屋敷の中へと消えていったのを見ている人影があった。





「ルクス卿におかれましてはご機嫌麗しゅう存じ上げます。 本日は当商会をお召いただき身に余る光栄にございます。 わたくし、コルトサニア商会のヒュパム・コルトサニアでございます。」

「ルクス公爵家当主・リンクス・ルクスだ。 貴殿の噂はこのイジェルラにもよく届いている。 今日は無理を言ってすまないな。 ルフォート・フォーマの流行など、楽しい話を聞かせてくれるのだろう? どうかゆっくりしてほしい。」

 真紅の百合の花の髪を美しく整え、フィランデザイン(本人はパクリじゃないですよ!? と騒いでいたが)の深い藍色のスリーピーススーツでイジェルラ社交界にも通用するバージョンを身に纏っている。

 対してルクス公爵当主リンクスは、精悍な顔立ちの壮年の男性で、趣味の良い仕立てのイジェルラの衣装を身に纏い、大山猫族特有の金と黒の斑の髪を短く刈り整え、切れ長の琥珀の目元が涼やかな顔に、柔らかく人当たりのよさそうな笑顔を浮かべてヒュパムをサロンに迎え入れた。

「ルフォート・フォーマの御婦人方には、今はこのようなものが流行しております。」

「ほぅ、これは興味深い。」

 後ろに控える長身痩躯の黒衣の従者から渡された鞄から、断りを入れてから、テーブルの上に敷布を取り出し皺のないようにぴんと広げると、コルトサニア商会の本店で扱っている様々な宝飾品や化粧品、日常小物などを次々と取り出してみせた。

「事前にお伺いしたところによりますと、公爵夫人へ日頃の感謝を込めての贈り物という事ででしたので、このように宝飾品から、日常に使っていただけるような物などを広くお持ちいたしました。 奥様のお好きな色やモチーフを存じ上げませんでしたので、多様にご用意しております。 一つでもお気に召していただけるものがありましたら幸いでございます。」

「これは……どれも見事だな。」

 その細部まで気の配られた繊細な細工に感心するようにそれらを眺めていたルクス公爵は、扉の叩かれる音に顔を上げた。

「お父様、失礼いたします。」

「入れ。」

 するとサロンの大きな扉が従者によって開けられ、目にも鮮やかなカナリア色のワンピースを着た少女が現れ、二人の前でふんわりとスカートを摘む程度のカーテシーをして見せた。

「お父様、ただいま戻りました。」

「うむ。 紹介しよう、娘のリンチェだ。 リンチェ、こちらはコルトサニア商会創始者であるヒュパム殿だ。」

「ルクス公爵家リンチェと申します。 コルトサニア商会と、会長であるヒュパム様のお噂はよく伺っておりましたわ。 もちろん商会の評判もですが、広くおこなわれている慈善事業のお話を伝い聞きまして……いつか貴方とそのことについてお話したいと思っておりました。」

「お会いできて光栄でございます。 公爵閣下よりお召により参じましたコルトサニア商会ヒュパムと申します。 聡明と名高いルクス公爵令嬢からの過分な評価、身の引き締まる思いです。」

 立ち上がったヒュパムは、優雅に礼をして挨拶をする。

「まぁ、ご謙遜ですわ。 それにしても、お父様が商会の方をお呼びになるなんて珍しいこともあるのですね。 こちらの宝飾品をお求めに? もしかしてお母様のお誕生日プレゼントを? まだ三月も後ですわよ?」

 テーブルに広がる宝飾小物をまじまじと見てから、そう問いかけたリンチェに、にこっと笑ってみせたルクス公爵。

「そういえばそうだったな。 ではそれも見繕うとしよう。 リンチェ、内緒にしておいてくれよ。」

 そう言って一つ、ウインクするルクス公爵の隣に座ったリンチェは、少し大げさに頷いて見せた。

「えぇ、よろしいですわよ? でも、口止め料が必要ですわ、お父様。」

 可愛らしくうふふっと笑ったリンチェに対し、それではこちらはいかがでしょうか? とヒュパムが別の鞄から大きな箱に収まったパリュールと、それとは別に普段使いの髪飾りやイヤリングなどを取り出した。

 声を上げ、笑顔を見せたリンチェは、勧められるままに手に取ってみる。

「まぁ、なんて美しい! 素敵ですわ。」

「こちらはルフォート・フォーマで令嬢に人気の人魚の宝飾品シリーズの一部になります。 御婦人には可愛らしすぎるかと思いましたが、御令嬢がいらっしゃるとのことで、このように可愛らしいお品もお持ちいたしました。」

「おぉ、これは見事だな。」

「お父様、わたくし、パリュールとても気に入りましたわ。」

「令嬢はお目が高い。 こちらは海の宝飾石であるペルレとコラルの最高級品の物だけを使用し特別に作らせたものになります。 コラルは赤になればなるほど、大きくなればなるほど価値が上がります。 ぺルレは粒が大きく、この虹色の光沢が美しいものほど価値が上がるのです。」

 目の前に置かれた見事な宝飾品をキラキラした目で見ていたリンチェは、隣にいる父親であるルクス公爵を見た。

「それではここにある物はすべて、とても価値がある物なのですね。 では口止め料として、こちらのパリュールと、こちらの髪飾りを三つ、お父様にお願いしますわ。」

「おや、ずいぶん高い口止め料になってしまったな。」

 はははっと笑ったルクス公爵が家令に命じて購入手続きを進めると、リンチェが「あっ」と、声を上げた。

「そちらの可愛い髪飾りは、今、わたくしに渡していただけるかしら?」

「可能でざいますよ、今ご用意させていただきます。」

「よかったわ。 明日お友達に渡せるもの。」

「なるほど、お友達への贈り物でございますか。」

 慌てたようにそう言ったリンチェに、ヒュパムは笑みながら3つの髪飾りを一つずつ箱に入れて用意すると、嬉しそうに笑った彼女は頷いた。

「えぇ。アカデミーのお友達なんです。」

 それを聞いたルクス公爵が、含むような笑いを漏らした。

「あぁ、いつも冷静なリンチェと共に、教室の15枚のガラスを割ったという子達か。」

 それに、少し大げさに驚いたように目を見開き、ヒュパムはリンチェを見た。

「教室のガラスを、15枚もですか?」

「そうなんだよ、なんでも一人の友達の言った仲良しの定義が……」

「お父様! もう、お客様の前でその話はしないでください!」

 笑いだした父親に向かって、火を噴くぐらいに顔を真っ赤にしたリンチェがお父様なんてもう知らないっ! と言いながらヒュパム達には丁寧にあいさつをし、渡された髪飾りを嬉しそうに抱えて侍女たちと出ていく。

 すると、それをそれまで和やかだったサロンの雰囲気がすっと潮が引くように変わった。

 ルクス公爵の指示で人払いがされ、サロンの扉の前にも人が配置される。

「あの方が、リンチェ嬢ですか。」

「そうだ。」

 それまで静かにヒュパムに命じられるままに動いていた黒衣の男が扉の方を見ながら問うと、ルクス公爵は溜息をつきながら座っていたソファに少し体を沈めた。

「リンチェがああして笑ってくれるようになったのは、その友達のおかげなのだが……身元を調べないといけないと思っていたところだ。」

「なるほど。 そのお話は全員を呼びますので、それからという事で。」

 黒衣の男がどこからか不気味な張り付け人形をぶら下げた杖を手にすると、ヒュパムの座るソファの後ろの床に、淡い光を放つ大きな魔法陣が現れた。

 そして、驚いている公爵の目の前で、その端を彼が杖で突くと同時に、そこには3人の人が転移されてきた。






「改めまして、ルクス公爵家当主リンクス・ルクス、この度ルフォートフォーマ皇帝陛下をお招きする光栄を授かれましたこと、心より感謝を申し上げます。」

 しっかり礼を取るルクス公爵に、やれやれ、とため息をつく人が一人。

「リンクス、俺はもう皇帝じゃないんだ普通に接してくれないか。 皇帝位はおろか、現在は貴族籍も持ってはいないんだ。 そのような挨拶は不要だ。」

「いいえ、100年にわたり良き王として北の大国を統治された御方に対し、そのような不敬は許されません。」

 深々と頭を下げるルクス公爵に、イジェルラの辺境の民が身に着ける柔らかな服を着たラージュが目を細めた。

「そういう物が嫌だからやめたんだ。 今は一旅団の一冒険者だ。 申し訳ないが堅苦しい挨拶やしきたりは取っ払って話をしてもらいたい。」

「……貴方様がおっしゃられるのでしたら……かしこまりました。 それでは皆様、どうぞお座りください。」

 人払いされているため、残った家令が全員にお茶を出してくれる中、ソファに座る5人を見たルクス公爵は目をしぱしぱっとさせた。

「リンクス、どうかしたか?」

「いえ、リンチェと変わらない年頃の令嬢がいらっしゃると思いまして。」

「あぁ。」

 お茶を飲んでいたラージュはカップを置き、隣に座ったルクス公爵を見てから連れてきた旅団員をみた。

「まず、紹介しよう。 俺の立ち上げた旅団の団員たちだ。 一部知った顔もあると思うが、右から元宮廷筆頭魔術師長アケロウス、その隣が元将軍ロギンティイ・フェリオ。 現在は一線を退き俺の補佐をしてくれているコルトサニア商会のヒュパム・コルトサニア。 それからヒュパムの隣にいるちっこいのは錬金薬師のフィラン・モルガンだ。 俺の妹分でな、今はイジェルラのアカデミーに通っている。」

 全員が頭を下げるのを見て、同じように頭を下げた金髪にアメジスト色の瞳の少女にルクス公爵は目を真ん丸にした後、再びぱしぱしっと瞬きを繰り返した。

「フィラン・モルガン……。 フィラン……。 そうか、君が例の友達か。 なるほど、そうか、通りで当家の影では身元が調べられないはずだ……。」

「普段はいろいろと隠してあるからな。」

 閣下の部下でしたか、と納得したようにつぶやくルクス公爵に不遜な顔で笑うラージュ。

 そんな二人を見て大きな目をさらに見開いた少女は、挙動不審気味に他の旅団員の顔を一通り見てから、立ち上がるとルクス公爵に向かって深く深く頭を下げた。

「えっと、フィラン・モルガンです。 リーリ……じゃなくてリンチェ嬢にはいつも仲良くしていただいています……。 でも、知ってたわけじゃなくて偶然、偶然なんです! お友達になったのは本当に偶然なんです!」

 何をそんなに慌てているんだろうとルクス公爵が見ていると、ははっと笑ったラージュ。

「見ての通りの娘だ、害はない。 それよりリンクスよ、そろそろ本題に入ろうか。」

 必死に何やら弁解を始めた少女……このように幼い、もしかすれば自分の娘よりも世間知らずではないかと思われる少女が、何故、かの旅団に、そしてこの場に連れてこられたか……ルクス公爵には理解できずにいるようだったがラージュに促され、ひとつ、咳払いをした。

「……かしこまりました。」

 深く、頭を下げる。

「どうかこのイジェルラを、そして娘をお助けください。」
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