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2部 1章 芸術を愛する都の生活

3)粉砕ガラスは誰が弁償するのか。

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「え? 両親への許可?」

 私の言葉に、いつも大きなカッパーカラーのアーモンドアイをますます大きく見開いて、ぴんとした大きな三角お耳をプルプルッと震わせるほど吃驚しているのは、再登場! リーリちゃんこと大山猫族のリンチェ・ルクス。

「うん、そうなの。」

 わたしがうんうんと頷くと、観劇に親の許可かぁ~と腕を組んで首をかしげている。

 教室はまだ閑散としていて、私とリーリ以外はまだまばらにしか人のいない教室で、鞄の中身を机の中に入れながら私の話を聞いていたリンチェは、まぁそうよねぇ、という顔をして頷いた。

 ちなみに私の席は教室の教壇から見て右後方窓際(左側に廊下と扉があるよ)。

 一クラス15人で縦横4列×4列の最後尾・リンチェの前で、左隣はベゴラの席(リンチェの横は誰もいない)、左隣は窓と言う最高に良い感じの場所なのです。

 成績順ではなく、公平なくじ引きで決められたこの席順ですが、わたしの運の良さEXありがとう、本当にありがとう!

 それは置いておいて。

 昨夜の話を先に来ていたリンチェにすると、片付け終わった彼女ははなるほど、と言う顔をした。

「確かに、庶民的感覚で行くとそうなのかもしれないなぁ。 よし、じゃあ今のうちにお父様とお母様に聞いてみるわ。」

「今? どうやって?」

 ここ、学校だよ? と言った私に、ニヤッと笑ったリンチェは机の中に入れていた小さな皮袋の中から手のひら位の大きさの、細かな意匠の文様の四角い紙を取り出し机の上に置いた。

「これで、使い魔を出してお父様に飛ばすのよ。」

「リンチェの使い魔!? 精霊じゃくなくて? 見てみたい!」

「まかせて!」

 アケロス師匠の風蜥蜴とかみたいなものだよね、きっと。

 と思いながらすでに文様のかきこまれた四角い紙に何やら書き込み始めたリーリを興味深くみていると、聞きなれた声が遠くから聞こえた。

「おはようございます、フィラン、リーリ。」

 教室に入ってきたのは、今日も清楚で可愛くて美しいベゴラ。

 なのだが……?

「おはよぉ。 ベゴラ、なんかあった?」

「あ、あの……。」

 今日も従者の方を連れ登校してきたベゴラは、後ろに控えている従者の方に鞄とコートを預けていつもよりスローなペースで私達の座っている方にやってきた。

「なに? 体調悪い?」

「いえ、あの……。」

 鞄とコートをロッカーに片付けて戻ってきた従者の方に椅子を出してもらって座る。

 そう言えばベゴラだけはこうして従者の方引き連れて、身の回りのお世話全部してもらってるんだよなぁ。 まぁ、お貴族様のお嬢様だもんなぁ……とその光景を見ている私。

 従者さんは確か、コンラさん? だったはず。

 編入してきたころにはもうずっといたけれど、リンチェ曰く入学した時からずっと傍にいたとか。

 純白のベゴニアの花頭の深窓のお姫様・ベゴラに、青紫の矢車菊に似た頭で細身の従者服に身を包んだイケメンの私たちと同い年か少し上くらいの従者・コンラさん……何だろうね。

 うん。 いや……。

 すっごいお似合いなんだよなぁ……。

 もしかしたらこう、幼少期にベゴラが拾って従者にしたとか、そんなこんながあって実は両肩思いだけど身分差があって伝えれられない思いを毎夜、空に輝く月に向かって嘆くとか……もう、いろいろ想像かき立てられない!?

 目の前で繰り広げられるアオハル、ありがとう!

 なんて頭の中で妄想を自己供給している私と、ペンを止めたリンチェに向かって泣きそうな顔で頭を下げたベゴラ。

「ごめんなさい、フィラン、ベゴラ。」

「ん? どうしたの?」

「なにが?」

 突然あやまられ、意味も解らず首を傾げた私たちにベゴラは、本当にごめんなさい、とさらに言い続けながら制服のポケットから何やら出してきて、私とリンチェの目の前に差し出して黙り込んだ。

「いやいや、なにこれ、それにどうしたの?」

「お嬢様、それではちゃんとつたわりませんよ。」

 私の突込みに、侍従のコンラさんがそうやって促しされてもしゃべらないベゴラ。 そんな様子に困った彼が私たちに頭を下げた。

「お嬢様がおっしゃりたいのは、昨日お約束した観劇の件でございます。」

「観劇?」

 私達の前に一通ずつ封筒を置いてからずっと俯いているベゴラと、彼女の代わりに謝るコンラさんをかわるがわる見ると、彼は困ったように続けた。

「はい。 昨日お嬢様がお二人をお誘いした件でございます。 実はあの後、私がチケットの手配をするために当家の家令と相談し、旦那様に報告しましたところ旦那様がお嬢様に『それには絶対に行ってはいけない』と大層お怒りになりまして。」

 お怒り?

 たかが観劇で?

 と思っていると、顔を上げたベゴラ。

「お父様にはしっかり説明したのですのよ? フィランの事も、もちろんリーリの事も。 それなら余計に駄目だと言ってチケットを取ってもらうどころ、か……。」

「「どころか?」」

 声が詰まり始めたので彼女を見れば、涙を目にためている。

 よく見れば目尻も赤くはれていて、どうやら昨晩泣いたのだろう。

「本当にごめんなさい……。」

「いや、それは別にいいけど、泣いちゃうほど怒られたの?」

「それも、そうなんですけれど……。」

 たかが観劇に? とは言わなかったけどとりあえずそう聞くと、侍従の方から受け取った最近コルトサニア商会で売り出した『レースのハンカチ』で目元を拭いながら上目遣いにこちらを見て来た。

「当分の間、外出禁止になってしまいましたの……。 だから放課後に三人で一緒にどこかへお出かけすることも、カフェなどによることもできないんですの……。」

 ぼろぼろっと大きな涙を流し始めたベゴラに、慌てて私も最近お気に入りの『コルトサニア商会独占販売! タオル地ハンカチ』で涙をぬぐいながら笑ってをついた。

「なんだ、そんなことか。 学校で会えるんだからいいじゃん。」

「ほんと、学校行くの禁止とか言い渡されたのかと思ったのよ。」

 はぁ、と大袈裟にため息をついたのはリンチェだが。

 つぎのベゴラの言葉で私たちは完全に思考停止となった。

「でも……。 それだと、お友達ではなくなってしまうんでしょう?」

 ……(くるっぽー。)……。

 私とリンチェの頭の中に、今絶対ふざけた顔の鳩が間抜けな声で鳴いた気がした、絶対した!

「「なんて?」」

「だって……。」

 ぼろぼろと、枯れちゃうんじゃないだろうかと思うくらい涙を流したベゴラが、嗚咽を漏らしながら一生懸命訴えてくる。

 曰く。

 放課後にいろいろと奢ってあげたりしないと友達を続けられないんでしょう?

「……はぁ?」

 私の気の抜けた声と。

「何それ、私達のこと馬鹿にしてんの!? そもそも私たちいつもそんな付き合いしてないじゃない!」

「そうだそうだ、私達お友達! いつも割り勘! 奢らないとって何それ!? だからいつもお金出すって言ってたのか!」

 尻尾の毛を逆立てて叫んだリンチェに、はぁ? って前世のノリで叫んじゃった私。

 すると、じわじわっと大きな目に涙をためたベゴラ。

「だって! だって今までずっとそうだったんですもの!! だから、二人が、奢らなくていいって……嫌われて……思って……。」

 そう言って、うわぁん! と堰を切ったように泣き出した。

「「だから話聞いてんのか! 友達馬鹿にしてんのか! もっかい言ってみろ!」」

 見事、私の大声とベゴラの怒声と言う名の咆哮は、教室中に響き渡り、何なら教室中の窓ガラスを粉砕してしまって、教室にいた、または入ってきた同級生たちを最高にビビらせたりしてしまい、仲良く三人で職員室へ呼び出されてしまったのでした。






「あはははははははははっ。」

「いや、そんなに笑います?」

 お茶を飲みながら、お腹を抱えて笑っているのはヒュパムさん。

 放課後。

 コルトサニア商会イジェルラ支店本部の『名誉会長室』にて、お茶をしばきあげているわけですが、目の前では今日はシャツとベスト、パンツスタイルのヒュパムさんが優雅にお茶を持ったままお腹を抱えて笑っているという一気に優雅さを失った状態であります。

「だって、だってねぇ。 そんなことで教室の窓ガラス割っちゃって、それを怒らなきゃいけなかったお兄さんの顔が浮かぶわぁ。」

 笑いすぎて目じりにたまった涙をぬぐいながら、あーおかしい! 笑いすぎて喉乾いちゃったわ、とお茶を飲むヒュパムさんだが、その「そんなことで怒られた」私たちの身にもなってほしい。

 呼び出された教員室でねちねちと生徒指導のアライグマ獣人の先生にしつこくしつこく怒られて、マジ切れる直前に担任であるセンダントディ・イトラ先生がそれを引き継いでくれたんだけど。

『問題行動として、窓ガラスの弁償と一週間の奉仕作業。』

 ってなんだよー!

 奉仕作業って! 草むしりにトイレ掃除って! やだー!

 あと、教室の窓ガラス15枚、一人5枚ずつ弁償っ!。

 学園の窓ガラスは上質のもので、一枚大金貨1枚。(えぇと、金貨一枚が10万くらいなので……その十倍♪)

 わぉ、それってなんてぼったくり!? って口に出したくらいにお高い(この発言でさらに兄さまに怒られたよ)。

 文化基準が地球と違うからしょうがないけど、びっくりするくらいお高い。

 ぶっちゃけると特級の骨格筋強化回復ポーション5本分だから楽勝なんだけどね……っていうか、ガラスくらい錬金術で合成すりゃいいじゃんね。

 ……って思ったけど、先ほどのぼったくり発言に畳みかけるようにこれを言ったらさらに怒られるからお口にチャックしました、私えらい。

 で、本日中に各家庭に学校長先生から御叱りの連絡が届くからなって!

 何それ!

 そんな連絡が届く前に理由込みで話すが勝ちよね、保護者に(しかも私の場合はすでに一人には現場を押さえられてすでに怒られてるし。)

 と、いうわけで、お迎えがてらもう一人の保護者、ヒュパムさんに報告中です。

「わるいことしたとはおもってますよ!? でも、でもね、叫んだ拍子にスキル暴発させて15枚の窓ガラスを一瞬で粉砕したリンチェに文句を言ってほしい! 私、完全に巻き込まれ被害者ですよ!」

 と言う私に、それは兄様には言わないようにね、と再び爆笑するヒュパムさん。

 そもそもなんでここまでの大騒動になったかと言えば、大山猫族のリンチェ、実は怒りがてっぺんまで達した瞬間に『衝撃波』みたいなものを発してしまうらしい。 これってあれだ、ラージュさんの『獅子の咆哮』に似ていると思うんだけど、ライオンならまだしも山猫にそんな真似が出来るんですか?

 出来るんだそうです。

 いや、世界って広いね。

 は~とため息をつきながら、チョコ掛けデニッシュを美味しく頂いていた私と目があい、含み顔で微笑んでくれたヒュパムさん。

「でもお陰で、あんなに知りたがっていたお友達の家格が解ったでしょう?」

「う……っ。 正直知りたくなかったです。」

「フィランちゃんは本当に、いろんなものを引っかけてくる天才よねぇ。」

「不可抗力ですもん!」

 そう! すべては! 不可抗力っ!

 バクン!

 ガツガツガツガツッ!

 ゴックン!

 苛立ち紛れに食べたチョコレートデニッシュ、最高……。

 そう、そのリンチェ大爆発のせいかお陰か、彼女たちの(あえて)正体を知りました。

 まず、ベゴラ・フーシャ。

 元は穀物や海産物で財を成した平民の商人だったが、3代前の当主の時にイジェルラに女性だけの大歌劇団と、男性だけの芸能演舞集団を作りその芸術性と美しさから一気に世界中に名をあげ、その流れにのって様々な新進気鋭の作家を支援して文芸作品や音楽作品などにまで文化革命を起こし莫大な資産を築いて子爵の称号を賜った大富豪フィーシャ子爵家の箱入り一人娘。

 ……ちらっと見たけど〇塚に歌〇伎だったよ、それ。 ねぇ、その三代前の当主はもしかしなくてもイセカイテンセイじゃね? って思ったのは内緒。

 ただ、ベゴラは生まれた時にはもう貴族、成り上がりと言われないようにしっかり教育をするために、前世で言う保育園~小学低学年の子達だけ集めた学園に入れられたらしいんだけどこれが駄目だったらしい。

 一流の教育はされたものの、箱入りで溺愛されまくった世間知らず一直線の箱入りベゴラに、コネやお金目当てで『お友達』になろうと近づいてきた奴らにまんまと利用され、いじめられ、アカデミーに入るまでの数年間は心の傷を負って引きこもっていたらしい。

 よく私やリーリなんかと友達になったよね? よかったね? 私たちが世間とずれてて。

 いや、それよりも、前世いじめられっ子だった私としては聞き捨てならず、その事件の事をどこかでちゃんと聞いたことがあるって言ったリンチェに、そいつらの名前教えろって言っといた。

 いじめ反対、地獄で首洗って待ってろよ。

 で、もうひとり。

 リンチェ・ルクス。

 大問題のこっちはもっと問題だった。

 由緒正しい家格で有名な、貴族派筆頭ルクス公爵家の6人兄妹の中の一人娘。

 うっわ、出た、公爵家。 またお知り合いになっちゃったよ。

 相変わらず運の良さEXが余計なことしかしないな……と思っていたんだけど、話を聞いたら本当に余計なことをしかしていない。

 リンチェはアカデミー卒業後、イジェルラ王家のバカボンボン王子に嫁ぐことが決まってたのに、私が編入する1か月前、厳粛なる入学式の場でその王子様に婚約破棄されたんだってさ。

 いや、入学式って。

 そこは普通、卒業式じゃないの?(そこじゃない)

 それを聞いて。

「え? だからクラスメイト全員っていうか全校生徒が、リンチェの事をあからさまに遠巻きにしてたの? 明らかに悪いの相手なのに? え?馬鹿なの?」

 って言っちゃったよね、教員室で。

「そうやって思った事を脊髄反射で口にするフィランの事は大好きだけど、少しはオブラートに包んだほうがいいとおもうよ。 貴族社会では生きていけないから。」

 って返したリンチェもどっこいどっこいだし、私もひかない……となるとその後は想像できるよね、その時は出来なかったけど……(遠い目)。

「あはははは、大丈夫大丈夫。 私、生粋の庶民! リーリやベゴラみたいに貴族社会で生きていくことは絶対にない庶民なので全然! 大丈夫! です!」

「じゃあ巻き込んであげようか? うちのお兄ちゃんとかかっこいいよ? あ、釣り書き見る?」

「うっわ、いらない、マジいらない。 っていうか、そんなもん持ってきたら即絶交だからねっ!」

「絶交って言った!? 公爵家に向かって!? ひどい!」

「権力を傘に着たの誰っ?!」

「それと絶交は関係ないでしょっ!(にゃおん)」

 って教員室の中で喧嘩して、そこからさらに窓ガラス2枚割ったよね。

 リンチェが咆哮ぶちかましたのを、必死に喧嘩しないでって泣きながら抱き着いてベゴラが止めなかったら後10枚は固かった。

 で、リンチェと私で一枚ずつ窓ガラス弁償が追加になったの、リンチェ、絶対に許さない。

 そこまで話したら、さらに過換気になっちゃうくらい笑っているヒュパムさん。

「そこまで笑う必要ないじゃないですか……。」

「ごめ、ごめんなさいね。 楽しい学園生活で安心したわ。」

「窓ガラス6枚弁償が楽しい生活ならちょっと遠慮したいです……。 あ、でも、観劇は中止になって、ベゴラのおうちにお呼ばれしました。」

 あの時出された封筒は、ご両親からの正式な『観劇行かせてあげられなくてごめんね。 ベゴラが寂しがるから、放課後うちにいらっしゃい! ぜひ! 毎日でも!(要約)』っていうお手紙だった。

 放課後に外出させないけど、おうちで遊ぶのはいいよ! とか、基本滅茶苦茶甘いんだな、ベゴラの親。

「と言うわけで、明後日から放課後、ベゴラのおうちに勉強会に行ってきますね。 お洋服は制服でいいらしいので楽しんできますね!」

 行くにあたりドレスコードありとかなら断ってたけど、制服のままでいいなら楽だから行ってくる、と話すと、とっても残念そうな顔をしたヒュパムさん。

「あら、そうなの? 残念ね。」

「……? なんでヒュパムさんが残念がるんですか?」

 と聞き返すと、あらだって、と意地悪な顔をして笑ったヒュパムさん

「フィランちゃんのためにお呼ばれ用のお洋服を用意するチャンス、失っちゃったんだもの。」

 せっかく用意したのに、と笑うヒュパムさんの後ろに、いつの間にか新しく開発したばかりの生地やレースの見本が積み上げられていた……のは絶対に気のせいだと、私はお茶を一気飲みした。
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