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10章 野外演習と失われた王国

1)素材採集と違和感とビオラネッタ様

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「フィラン様、これは珍しい物かしら?」

「はいはい、どれですか……って、ビオラネッタ様! それは駄目! 素手で掴むの、駄目ーーっ!」

 ワクワクした顔で、草むらの中の蒼白く半透明の茸に手を出したビオラネッタ様を慌てて制止し、ポケットの中の呪いまじない布をそれに覆いかぶせる。

「ビオラネッタ様! これは! こいつは! 素手で持つとその綺麗な手がありえなくらいヤバイ凍傷を! それはものすっごい凍傷をおこしますから! 触っちゃ駄目です!」

 今にも飛び掛からん、と言うか、めちゃくちゃ茸に跳びついた私の勢いに、一瞬、目をまん丸くしながら伸ばしていた手を引っ込めたビオラネッタ様はすぐにいつもの調子に戻ると、興味深そうに、不思議そうに、布越しに茸をつかむ私の手をまじまじ見ています。 可愛いよ、危ないけどね!

「まぁまぁ、火属性の洞窟なのに凍傷ですか?」

「そうですけど、そこじゃないです! 素材の採集はその性質がわからないと本当に笑えないくらいの大怪我をすることもあるので、解らないものに安易に手を出しちゃ絶対にダメです!」

「絶対に?」

「絶対に絶対にだめです!」

 今日のビオラネッタ様はほんっとうに危なっかしい!

 本日は野外演習二日目である。

 昨夜の野営中にビオラネッタ様といろんなお話をした結果、彼女は私達にとっても打ち解けてくださって、私たちの班のメンバーの前では高位貴族のご令嬢という『貴族的演技笑顔所作アルカイックスマイル』の仮面を外し、それはもう、のびのびと過ごしている。

 それはとってもいいことなのだが、その結果、ビオラネッタ様は貴族の令嬢的理性のリミッター解除をして、本当に子供のように何にもで興味を持つのだ。

 今までいろいろと我慢して生きてきたせいだろうか。 素のビオラネッタ様は好奇心旺盛で、本当に! 何でも興味を持って、制止する間もなくぐんぐんと前に進んでいくのだ。

 昨日のスライムの核抜きは、その片鱗だったのだろう……今思えばだけどな!

 仮面をかぶってずっと過ごしてきた彼女がそうするのは、貴族的には駄目でも人的にはとても良いことだと思う。

 うん、とてもうれしいこと、なんだけど。

 好奇心旺盛が過ぎる分、いろいろと本当に危なっかしいんだよね!

 本当はそんな性格だったんですね!?

 すっごい可愛いですけどね!

 幼い妹を連れて歩いているみたいで、今までの淑女の鏡と言われるお姿とはあんまりにもかけ離れてて……ぶっちゃけギャップ萌えですけどね!

 でも本当に危ないんだよ!

「いいですか!? 何か見つけた場合には、触る前に ホウ・レン・ソウ! です! 約束ですよ!」

 ホウレンソウですね、ホウレンソウ、ホウレンソウ……とぶつぶつ呟くビオラネッタ様は、うん、と頷いた。

「知識なく動くのはそんなにも危ないのですね。 わかりましたわ。 触る前にはまずフィラン様に見ていただくようにしますね。」

「わかってくださって嬉しいです~。」

 にこっと微笑まれたそのお顔がマジ天使で、私もつい、表情筋が緩んでしまう。

 可愛いは正義!

 うん、知ってた!

「それにしても火属性の洞窟なのに氷――水属性の茸が生えるなんてびっくりです。 どうやって採取するか、教えていただけますか?」

 両手を胸の前に、こてん、と首をかしげて上目遣いでそう言ってくるビオラネッタ様……

 くっそぉ! 可愛い! 可愛いよ!

 美少女のあざと可愛いバンザイ!

 心の中でガッツポーズをしながら、それでは、と、私は説明をする。

「えっと、これは氷霊の茸という名前で、魔物の残骸を核にして生える魔法茸なんです。 触れただけで、触れたものを包み込むように凍らせてしまい、自分と連結したその氷を使って相手から養分と魔力を吸収して育つんです。 スライムくらいなら上級でも食べてしまうらしいですよ。 魔力を断絶させながら採取しなきゃダメなので、ちゃんと採取手順が決まっているんですよ。」

 そう言いながら、かぶせた布を解りやすく茸の形にかたどって固定すると、根元を呪い紐まじないひもで力いっぱい締めあげながら切り取る。

 あと残るのは小さな茎の部分なのだが、これも実は触っちゃダメなやつなので、採集した後はこの茸の痕跡を残さないように、火魔法または火のついた火種を押し付けて、きっちりと燃やしきるのが決まりである。

 ちなみに茸自体を調薬するときも素手厳禁、気のゆるみ厳禁! の結構なレアであり有害素材なのだ。

「よし、じゃあ。スキル展開『火属性――瘴気封じの焼印』。」

 生えていたところに手のひらを近づけてスキル詠唱を唱えると、ぽわっと私の手が光って小さな火の塊が出来上がったら、を力いっぱい押し付けて残った根元を焼き尽くす。

 ジュウゥ……という音を立てて焦げた匂い。

 10数えて手を上げると、そこにはまん丸く焼けた跡だけが残り、茸のかけらが僅かにも残ってないことを確認するようにその周辺を観察する。

「う~ん、もう少ししっかり焼いたほうがよさそうかな……。」

「まぁ、綺麗に真ん丸に生えていたところだけ焼くのですね……もっと焼きますの?」

「そうですね、根っこが残っているとまた生えてきてしまいますので焼き尽くします。」

「素材なら、また生えてきてもよいのでは?」

 じっくり観察しているところをひょっこり覗き込んできたビオラネッタ様は、感心したようにまじまじと焼け跡を見ながらそう言った。

 うん、それね、私も思った! だけどね……。

「それは駄目なんです。 これは素材としては確かに希少な物なんですが、それ以上に人的な被害が大きいんです。 家畜なども食べてしまいますし怪我も治りにくい。 将来、後遺症が残ってしまうこともあるそうなので、素材採集後はしっかり焼き消すのが約束になっているんです。」

「そうなのですね。 では、本当に気を付けなければなりませんね。」

「はい。」

 納得したように頷いたビオラネッタ様は、スキルを使う私の手元から私の顔に視線を移してにこっと笑った。

「フィラン様は素材の事もそうですし、そのように極小範囲へ強い火魔法もお使いになれるんですね。 すごいですわ。」

「え、そうですか? それほどでもないですよ。 でも、ほめていただいて嬉しいです!」

 わーい、公爵令嬢の聖女様に褒められちゃった!

 嬉しくて表情筋が崩壊しそうなのを頑張ってとどめながら、そろそろいいだろうとスキルを使うのをやめてぎゅっと手を握ったところだった。

「ん……?」

 手の中にチリっと違和感を感じた。

「あれ?」

「どうされました? フィラン様。 もしかしてお怪我でも?」

 拝見しましょうか? と心配げにビオラネッタ様が首をかしげる。

「いえ、大丈夫みたいです。」

 手のひらを見ても何にもないし、もう違和感もない。

 ちょっと気になる違和感だったんだけど……。

 首を捻りながら、う~んと悩んでいると、遠くから二人分の声が聞こえた。

「マーカス様とアルフレッド様がいらっしゃいましたわ。」

 ビオラネッタ様の声に顔を上げると、すでに目の前には二人が立っていて、先ほどの違和感が気になりながらも私はそこで考えるのをやめた。

「ビオラネッタ嬢、フィラン。 何かいいものはあったかい?」

 ニコニコしているアルフレッド君にマーカス様。

「絶叫草の希少種や鈴虫草、星鳴花もありましたから500ポイントは超えるはずなんですけど、リストになかった氷霊の茸があったのでちょっと予想が付かないですね。 ポイント減点対象リストに素材採集の項目はなかったので大丈夫だと思うんですが。」

 入れた袋をごそごそしながら見せると、おぉ、と驚いた顔をしてくれる。

「フィラン様、本当に物知りですごいんですのよ。」

「いやいや……錬金薬師なので基礎知識として叩き込まれているんですよ。 それよりも二人はどうだったんですか?」

 照れながら二人に聞くと、そうだなぁと首を傾げた。

「ここまではスライムしか出ないからなぁ、上級スライムも数体倒しているけど、そんなには点数にならないな。」

「まぁ、スライムはポイント少ないですものね。 確か次の階からはスライム以外もいっぱい出るのでしたね? 少し楽しみです。」

「楽しみ……」

 ビオラネッタ様の無邪気な発言に、う~んと顔をしかめてしまった私に、アル君とマーカス様が笑った。

「次の階からは鋼鎧虫とか出始めるから、ビオラネッタ嬢は俺とあまり離れないようにしてほしい。 あれは動きが早いから、フィランだと魔法詠唱間に合わない可能性もあるからね。」

「そうですねぇ。」

 あ~、あの前世害虫キングGを数倍でっかくした、めっちゃきらっきらの銀色に光ってるやつ……甲羅と触角の部分が魔術工学や装身具の素材になるんだったな……。 と、しみじみとかさかさ音を立てて迫ってくるあれを想像して体を抱きしめた。

 えっぐい。

 あれを冷静に私とどめさせるかなぁと、げんなりしてしまった。






 先ほども言ったとおり、国立アカデミー1年生の特別演習は2日目に入っている。

 私達は現在一泊した10階層で、昨夜のうちに生えたり、発生した素材を2~3個残して片っ端から採集しまくっているところだ。

 昨夜までは私達しかたどり着いていなかったが、朝になって人が増えているのにびっくりした。

 今現在で嘆きの洞窟の10階層までたどり着いている演習生は同じくSクラスの2班に、Aクラスの1,3班だけで、すでにD、Eクラスの半数は棄権、もしくは教師・騎士判断による撤収になったと2日目開始のときに教師陣によって報告がされた。

「初心者用ダンジョンでなんで撤収になるんだ?」

 と、マーカス様が私の横で不思議がっている。 私的には、まぁ正直解らんでもないなぁと思っているんだけど、本当にわからないらしいマーカス様にアル君が聞いた話だけどね、と教えている。

「Aクラス3班に同じ選択を取ってる令息がいて話を聞いたんだけど、3階層でスライム見た瞬間に失神した令嬢がいたとか、スライムに剣を取られて泣いて棄権した騎士科志望の令息がいたらしい。 引率している先生もさすがに呆れていたらしいけどね。」

 ……それ、明らかに向いてなくね? って考えていると、心底呆れ顔のマーカス様。

「そいつ、騎士に向いてないよ。」

 鼻で!! 笑ったよ!? いつも優しく強いマーカス様が鼻で笑うってよっぽど!(身内びいき込みだけどっ!)

「そっかぁ、でも騎士科の生徒がスライムを見て失神かぁ……」

 私はちらっとビオラネッタ様を見た。

「どうかなさいました?」

「いや、こちらにはスライムの核抜きに果敢に挑戦されて、完全にマスターされた超高位貴族のご令嬢がいらっしゃるなぁと感心したんです。」

「まぁ、お褒め頂き嬉しいですわ。」

 とっても嬉しそうに、腰から下げている小さな小瓶に入った自らの手で初めて抜き取ったスライムの核を指で揺らしたビオラネッタ様。

 うん、その仕草は大変、めちゃくちゃ、とんでもなくかわいらしいんですけど。 でもそれ、上位炎系スライムの核なんですよね……。

 ――ちっとも褒めてないですからね?

 なんて言うこともできず、核の抜き取り作業と、成功したときの嬉しそうなお顔を思い出しながら、ごまかすようにえへっと笑いかえす。

 昨夜、生い立ちを聞いた限りでは本当に繊細で深窓の、薄幸の聖女だと思ったけれど、こうしてスライムの核やモンスターにビビることなく進んでいくビオラネッタ様は、ちょっと変わった方だなぁと私はしみじみ思うのでした。
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