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2回目、3度目、4度目、5度目。
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陽の光ですっかり色褪せた花冠がかけられた、女の隠遁小屋。
その西側にある歪んだ硝子の嵌った上げ下げ窓の外に少しせり出した窓辺に、小さな花が置かれるようになったのは、つい3日前からだった。
小指の爪の先程の、小さな青い花が1輪、ただ置いてあった。
それを見つけた女は、風が巻き上げたのだろうと掃除した。
しかし翌日、今度は艶のある小さな黄色の花が1輪、同じ窓辺に置いてあった。
またか、と女は掃除した。
しかし3日目もそれはあった。
螺旋の様に紫の小さな花のついた花。
女は首を傾げた。
同じ時間、同じ窓辺に一輪の花。
不思議に思った女は、4日目、西側の窓辺が見える場所で庭仕事をしながら、その時間を待った。
変化があったのは、お日様がてっぺんから傾き始めた昼下がり。
濃い亜麻色の羽に赤い腹の小鳥が、あの窓辺にやってきた。
窓辺に降り立った小鳥は、嘴に咥えた小さな花を置くと、愛らしいと評される声で何度も囀る。
綺麗な綺麗な囀りは、何故か女には遠い昔、つむじ風のようにやって来た男の声に聞こえた。
ピーチチチチチッ
『貴女に会いに来た。』
ピチチ、ピッピ。
『貴女に似合うと思った。』
気がつくと、女は静かに小鳥の歌う窓辺に近づき、そっと手を差し伸べていた。
小鳥は何度も小首をかしげ、それからぴょんぴょんと跳ねて女の手に近づき、そっとその指先に載った。
「貴方なの?」
その問いかけに、小鳥は短く鳴いた。
「人で無くなってまで、会いに来るのはなぜ?」
その問いに、小鳥はそれがどうしたのか、とでも言うように首を傾げる。
やがて。
風が吹くと、小鳥はその風に乗って飛んでいった。
女は窓辺から払い落としてしまった花を探した。
青い花と黄色い花は、萎びていたがすぐに見つかったので、扉の色あせた花冠に、今日の花と共に刺しておいた。
それから3年間、小鳥は毎日女の元へ花を運び、4年目の春には来なくなった。
3回目は、ある日唐突やってきた。
それは、大きな大きなクマだった。
森の奥深くとはいえ、猛獣除けの薬草を周囲に植えた女の小屋に、クマが現れることは今までなかった。
そのため、女は何事かと身構えたが、クマは重い体を揺らして女の小屋の窓辺に近づくと少しばかりそこにいて、すぐに森へ帰っていった。
不可解な行動である。
森の奥へ去っていくクマを見届けた後、女は窓辺を見た。
そこにはたくさんの木の実と、小さな桃色の花弁が混じっていた。
それ以来、毎日クマはやって来た。
キノコや蜜を蓄えたハチの巣、大きく甘い木の実など、毎日たくさん持ってきた。
いつも決まった窓辺に置かれるそれらの中には、必ずちぎれた花弁がついていた。
それから、雪が降り、山が凍る冬の間以外、クマは毎日訪れ森の恵みとちぎれた花弁を置いていった。
そんな日々は10年ほど続いたが、突然だった出会いと同じく、別れも唐突やってきた。
知恵を身に着けた付けた人間が作った狩猟用の罠や武器。
そんなものが森を侵食し始めて動物たちも警戒を始めた、冬の気配を帯びた寒い日。
大勢の村人が、自慢げに大きなクマを引きずって村の方へ歩いていた。
女はただ静かに、その光景を木の影から見送った。
引きずられるクマからは、抱えていたらしい木の実に交じって、赤みのつよい紫色の花びらが、ひらひらと落ちた。
人の気配がなくなってから、女は落ちた木の実と花弁を集めて、小屋に帰って土に埋めた。
それはやがて、目を出し木になり、木陰を作って女を休ませた。
4回目は、とても穏やかなものだった。
春先のまだ朝露が草木を濡らす早朝。目もあいていない小さな小さな子猫を拾った女は、気まぐれでその子を育てることにした。
仲良くしている森の動物から乳を分けてもらい、日が泣温め、その子猫を育てた。
艶やかな真っ黒な毛並みに金色の瞳の子猫は、最初のころこそ死にかけたものの、峠を越えてからはすくすくと大きく育ち、やがて、朝にはなわばりの確認に森に出かけ、夕方には一輪の花を咥えて帰ってくるようになった。
月明かりに淡く光る黄色の花。
小さな白い花がいっぱい集まった可憐な花
甘い香りのするゴマ粒ほどの小さな花の連なった房。
そんな様子に、お前も貴方だったのね、と、口にすることはなかったけれど、女は目元を和らげた。
猫のもって帰った花を窓辺に飾りながら、女は猫と穏やかに暮らした。
10年の年月を共に暮らし、最後の時は女の膝の上で静かに息を引き取った。
女は子守唄を歌うようにその子を撫でながら、頬を涙で濡らした後、大きな木の根元に埋めた。
5回目は、最初はよくわからなかった。
珍しく、小さな旅人が女の小屋を訪れたのだ。
エルフだけが作ることの出来る希少な薬を、さる高貴な方が欲しいとのことだった。
女の家は、クマの一件以降、人に見つからぬよう強めに隠遁の術をかけていた。
それなのに、なぜその旅人にここにたどり着けたのかわからなった。
妙薬を金銭に帰る事を、女は拒んで旅人を追い返した。
しかし、その旅人は毎日やって来た。
高貴な方からだという手紙と、それに不釣り合いな素朴な花を一輪をもって、毎日頭を下げにやってきた。
それが3か月続いたとき、旅人の胸元に見たくない物を見た。
赤黒く変色した、奴隷の身分を示す焼き印だった。
そのまがまがしさと気持ちの悪さから、もう二度とここに来ないようにと告げ、一服の薬を渡して追い返した。
女の気持ちを知らぬまま、薬を手に入れた旅人は、喜んで帰っていった。
女は旅人が見えなくなると、小屋を囲む隠遁の術をさらに強くした。
しかし。
旅人はまたやってきた。
その細腕に、たくさんの花を抱えて。
「ようやく自由になれたので、貴女に会いに来ました。」
そこで初めて分厚いローブを脱いだ旅人は、がりがりに痩せた傷だらけの男の子だった。
依然見えた奴隷印は、丁寧に上から焼き消されている様で、膿んでしまっていた。
女はその子を小屋へ招き入れた。
食事を食わせ、傷を手当てし、落ち着いたころからは女のもつ知識を学ばせた。
男の子は女の手伝いをし、よく働き、良く笑い、良く歌った。
女が良く座っている窓辺に、毎日一輪の花を飾るのが、男の子の日課だった。
いつも嬉しそうに、今日はこれです、と、男の子は花を飾った。
女はわずかに口元をあげて頷いた。
そんな日々は、女にとって真冬の寒さの中の、陽だまりのように思えた。
けれど雪を降らす暗雲が陽だまりを消えてしまうように、そんな温かい日々は終わった。
男の子が来て2年目の冬。
隠遁を掛けてあるはずの小屋は、男の子の元主の雇った兵に火をかけられた。
女が渡したあの薬は『エルフの妙薬』は『極上の惚れ薬』だった。
それを使ってさらに高貴な人の伴侶となり権力と金を手にした元主は、薬の事が露見することを恐れ、追っ手を放ったのだ。
雷鳴の如く降る火矢から、女を守って男の子は息絶えた。
痛いだろうに、熱いだろうに、苦しいだろうに。
女が無事でよかった、逃げてほしいと男の子は笑って言った。
その顔を見た瞬間、女の目の前は赤く染まった。
その後のことは、覚えていない。
気が付いた時は、あたりに夜の帳がおり、空からはひとひらの雪片が落ちてきていた。
自分たちを襲った兵は消し炭になっていた。
しかし、男の子と共に慈しみ育てた大きな木のある花畑もまた、焼き炭になっていた。
女は泣いた。
冷たくなった男の子を抱き締めて、大きな声をあげて泣いた。
そうしてたくさん泣いた後、花畑のあったところに男の子の亡骸を埋め、花の種をたくさん撒いた。
そして新しく作った小屋の周りにさらに強く強く、隠遁の術をかけた。
花を見れば涙が溢れる。
窓辺に座れば嗚咽が漏れる。
それでも、女はここから離れる事だけは、出来なかった。
6回目を信じていたからだ。
その西側にある歪んだ硝子の嵌った上げ下げ窓の外に少しせり出した窓辺に、小さな花が置かれるようになったのは、つい3日前からだった。
小指の爪の先程の、小さな青い花が1輪、ただ置いてあった。
それを見つけた女は、風が巻き上げたのだろうと掃除した。
しかし翌日、今度は艶のある小さな黄色の花が1輪、同じ窓辺に置いてあった。
またか、と女は掃除した。
しかし3日目もそれはあった。
螺旋の様に紫の小さな花のついた花。
女は首を傾げた。
同じ時間、同じ窓辺に一輪の花。
不思議に思った女は、4日目、西側の窓辺が見える場所で庭仕事をしながら、その時間を待った。
変化があったのは、お日様がてっぺんから傾き始めた昼下がり。
濃い亜麻色の羽に赤い腹の小鳥が、あの窓辺にやってきた。
窓辺に降り立った小鳥は、嘴に咥えた小さな花を置くと、愛らしいと評される声で何度も囀る。
綺麗な綺麗な囀りは、何故か女には遠い昔、つむじ風のようにやって来た男の声に聞こえた。
ピーチチチチチッ
『貴女に会いに来た。』
ピチチ、ピッピ。
『貴女に似合うと思った。』
気がつくと、女は静かに小鳥の歌う窓辺に近づき、そっと手を差し伸べていた。
小鳥は何度も小首をかしげ、それからぴょんぴょんと跳ねて女の手に近づき、そっとその指先に載った。
「貴方なの?」
その問いかけに、小鳥は短く鳴いた。
「人で無くなってまで、会いに来るのはなぜ?」
その問いに、小鳥はそれがどうしたのか、とでも言うように首を傾げる。
やがて。
風が吹くと、小鳥はその風に乗って飛んでいった。
女は窓辺から払い落としてしまった花を探した。
青い花と黄色い花は、萎びていたがすぐに見つかったので、扉の色あせた花冠に、今日の花と共に刺しておいた。
それから3年間、小鳥は毎日女の元へ花を運び、4年目の春には来なくなった。
3回目は、ある日唐突やってきた。
それは、大きな大きなクマだった。
森の奥深くとはいえ、猛獣除けの薬草を周囲に植えた女の小屋に、クマが現れることは今までなかった。
そのため、女は何事かと身構えたが、クマは重い体を揺らして女の小屋の窓辺に近づくと少しばかりそこにいて、すぐに森へ帰っていった。
不可解な行動である。
森の奥へ去っていくクマを見届けた後、女は窓辺を見た。
そこにはたくさんの木の実と、小さな桃色の花弁が混じっていた。
それ以来、毎日クマはやって来た。
キノコや蜜を蓄えたハチの巣、大きく甘い木の実など、毎日たくさん持ってきた。
いつも決まった窓辺に置かれるそれらの中には、必ずちぎれた花弁がついていた。
それから、雪が降り、山が凍る冬の間以外、クマは毎日訪れ森の恵みとちぎれた花弁を置いていった。
そんな日々は10年ほど続いたが、突然だった出会いと同じく、別れも唐突やってきた。
知恵を身に着けた付けた人間が作った狩猟用の罠や武器。
そんなものが森を侵食し始めて動物たちも警戒を始めた、冬の気配を帯びた寒い日。
大勢の村人が、自慢げに大きなクマを引きずって村の方へ歩いていた。
女はただ静かに、その光景を木の影から見送った。
引きずられるクマからは、抱えていたらしい木の実に交じって、赤みのつよい紫色の花びらが、ひらひらと落ちた。
人の気配がなくなってから、女は落ちた木の実と花弁を集めて、小屋に帰って土に埋めた。
それはやがて、目を出し木になり、木陰を作って女を休ませた。
4回目は、とても穏やかなものだった。
春先のまだ朝露が草木を濡らす早朝。目もあいていない小さな小さな子猫を拾った女は、気まぐれでその子を育てることにした。
仲良くしている森の動物から乳を分けてもらい、日が泣温め、その子猫を育てた。
艶やかな真っ黒な毛並みに金色の瞳の子猫は、最初のころこそ死にかけたものの、峠を越えてからはすくすくと大きく育ち、やがて、朝にはなわばりの確認に森に出かけ、夕方には一輪の花を咥えて帰ってくるようになった。
月明かりに淡く光る黄色の花。
小さな白い花がいっぱい集まった可憐な花
甘い香りのするゴマ粒ほどの小さな花の連なった房。
そんな様子に、お前も貴方だったのね、と、口にすることはなかったけれど、女は目元を和らげた。
猫のもって帰った花を窓辺に飾りながら、女は猫と穏やかに暮らした。
10年の年月を共に暮らし、最後の時は女の膝の上で静かに息を引き取った。
女は子守唄を歌うようにその子を撫でながら、頬を涙で濡らした後、大きな木の根元に埋めた。
5回目は、最初はよくわからなかった。
珍しく、小さな旅人が女の小屋を訪れたのだ。
エルフだけが作ることの出来る希少な薬を、さる高貴な方が欲しいとのことだった。
女の家は、クマの一件以降、人に見つからぬよう強めに隠遁の術をかけていた。
それなのに、なぜその旅人にここにたどり着けたのかわからなった。
妙薬を金銭に帰る事を、女は拒んで旅人を追い返した。
しかし、その旅人は毎日やって来た。
高貴な方からだという手紙と、それに不釣り合いな素朴な花を一輪をもって、毎日頭を下げにやってきた。
それが3か月続いたとき、旅人の胸元に見たくない物を見た。
赤黒く変色した、奴隷の身分を示す焼き印だった。
そのまがまがしさと気持ちの悪さから、もう二度とここに来ないようにと告げ、一服の薬を渡して追い返した。
女の気持ちを知らぬまま、薬を手に入れた旅人は、喜んで帰っていった。
女は旅人が見えなくなると、小屋を囲む隠遁の術をさらに強くした。
しかし。
旅人はまたやってきた。
その細腕に、たくさんの花を抱えて。
「ようやく自由になれたので、貴女に会いに来ました。」
そこで初めて分厚いローブを脱いだ旅人は、がりがりに痩せた傷だらけの男の子だった。
依然見えた奴隷印は、丁寧に上から焼き消されている様で、膿んでしまっていた。
女はその子を小屋へ招き入れた。
食事を食わせ、傷を手当てし、落ち着いたころからは女のもつ知識を学ばせた。
男の子は女の手伝いをし、よく働き、良く笑い、良く歌った。
女が良く座っている窓辺に、毎日一輪の花を飾るのが、男の子の日課だった。
いつも嬉しそうに、今日はこれです、と、男の子は花を飾った。
女はわずかに口元をあげて頷いた。
そんな日々は、女にとって真冬の寒さの中の、陽だまりのように思えた。
けれど雪を降らす暗雲が陽だまりを消えてしまうように、そんな温かい日々は終わった。
男の子が来て2年目の冬。
隠遁を掛けてあるはずの小屋は、男の子の元主の雇った兵に火をかけられた。
女が渡したあの薬は『エルフの妙薬』は『極上の惚れ薬』だった。
それを使ってさらに高貴な人の伴侶となり権力と金を手にした元主は、薬の事が露見することを恐れ、追っ手を放ったのだ。
雷鳴の如く降る火矢から、女を守って男の子は息絶えた。
痛いだろうに、熱いだろうに、苦しいだろうに。
女が無事でよかった、逃げてほしいと男の子は笑って言った。
その顔を見た瞬間、女の目の前は赤く染まった。
その後のことは、覚えていない。
気が付いた時は、あたりに夜の帳がおり、空からはひとひらの雪片が落ちてきていた。
自分たちを襲った兵は消し炭になっていた。
しかし、男の子と共に慈しみ育てた大きな木のある花畑もまた、焼き炭になっていた。
女は泣いた。
冷たくなった男の子を抱き締めて、大きな声をあげて泣いた。
そうしてたくさん泣いた後、花畑のあったところに男の子の亡骸を埋め、花の種をたくさん撒いた。
そして新しく作った小屋の周りにさらに強く強く、隠遁の術をかけた。
花を見れば涙が溢れる。
窓辺に座れば嗚咽が漏れる。
それでも、女はここから離れる事だけは、出来なかった。
6回目を信じていたからだ。
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