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続/中編

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『ナジェリィ子爵家 クローディア嬢

 突然の手紙に、びっくりされているかもしれません。

 心よりお詫びします。

 学校を休んでいると父から聞き、大変に心配しています。

 お体は大丈夫でしょうか?

 この度の事件の事は、僕の耳にも入っています。

 そしてそんな中、私との婚約の話が出たこと、お父上から申し渡されたと伺い

 クローディア嬢には、大変に申し訳なく、また、大変に傷つかれたと思います。

 事件の事は、貴方に非はありません。

 しかし、相次ぐ予想外の事に、心を痛め、泣いておられるのではないかと思い、ペンを取りました。

 今が盛りと、我が家に咲く花を、贈らせていただきます。

 ただいまは穏やかに、元気になられるように。

 花が少しでも慰めになりますように。

 心より、祈っています。

 アーデルベルト・ハイド。』



 力強い字で綴られたそのお手紙は、ただ私を気遣ってくださっているだけのものとわかりホッとしていると、お茶を淹れてくれたメイドに聞いてみる。

「ハイド伯爵家から、お花が届いてたと、思うんだけど。」

「あぁ、お嬢さま。 それは目の前にあるこのアナベルでございますよ。 奥様からお嬢様のお部屋に飾るように仰せつかりまして、こちらに。」

 そう言われて目の前を見れば、封蝋と同じ柔らかな桃色のアナベルの花が目に入った。

「そう、素敵ね。」

「子爵家にアナベルのお花はありませんから、新鮮でございますね、お嬢様。」

 笑顔でお茶と、食べやすい小さな菓子を用意してくれたメイドに、そうね、と私は頷いた。

「素敵なお花だわ。 お礼のお手紙を書かないと。」

「それはようございますね、お嬢様。 よろしければ、当家で今一番よく咲いているお花を添えられてはいかがですか?」

 婚約破棄をされた私のお手紙の相手は女性だと思っているのだろう。 そう提案してきたメイドに、私は微笑む。

「そうね、そうするわ。 ありがとう。」

「はい。 何かありましたらお呼びくださいませね。」

 そう言って部屋を出て行ったメイドを見送り、私はもう一度、アナベルの花を見て我が家の庭を見てから、ペンをとった。




『ハイド伯爵令息 アーデルベルト様

 先日は、私のようなものに心を砕いてくださり、優しいお心遣い

 そして、美しいお花を送ってくださり、本当にありがとうございます。

 お返事が遅くなりましたこと、心よりお詫び申し上げます。

 また、お騒がせいたしました件に関しても、心からのお詫びを申し上げます。

 今しばらく、父より療養を申し付かっておりますが、体調も回復しております。

 ハイド伯爵令息様には、お気遣い本当に嬉しく思います。

 婚約の件に関しましても、父より聞き、私のようなものに良きご縁があった、と、ありがたく思っております。

 ハイド伯爵令息様のお心遣い、感謝いたします。

 ナジェリィ子爵家 クローディア

  お送りくださいましたアナベルの花のような華やかさはございませんが、当家に咲くカンパニュラを、そえさせていただきます。 お受け取りいただけると幸いです。』




 当家の封蝋を押したあと、庭師にお願いをしてカンパニュラの花束を作ってもらった私は、ハイド伯爵令息様と、友人たち数名宛の手紙を、花と共に送ってもらった。

 カンパニュラの花ことばは感謝、だ。

 少しでも、私を案じてくれた人に気持ちが通じればいいと思って送った。

 それらから5日後、やや傷が残ったものの、全体の腫れも痛みも引いたため、私は学校へと再び通い始めた。

 すでに教師たちによって、サローイン様と数名の生徒が関わった今回の件には厳重に箝口令が敷かれ、私は表だって何かを言われることはなかった。

 数名の生徒が消えた学園の日々は、徐々に穏やかさを取り戻しつつあった。

 そして、5、6か月もすれば、あの時の事件はもはや皆の記憶の奥底に教訓としてわずかに残る程度となり。

 私も、思い出して泣くことも、傷が痛むこともなくなった。

 事件の起こる前と同じ日々に戻っていた。

 学校へ行くこと。

 勉学に励むこと。

 伯爵夫人になるべく、淑女教育に励むこと。

 そして、手紙を書くこと。

 ただ一つ、変わったことがあるとすれば……。


「今日は、何が一番綺麗に咲いているかしら?」

「キキョウはいかがでしょうかな? お嬢様。」

「キキョウは可愛らしいけど、今回は駄目だわ。」

 私は静かに首を振り、選んでくれた庭師に笑った。

「だって、先日、先方様から頂いたお花だもの。」

 私の言葉にポン、と手を打った庭師は、それは駄目ですな、では見て参りましょうと、花を探しに庭に出てくれた。

 それを見送りながら、私は木陰のテーブルで、手紙を読み、便箋を用意する。

 手紙の相手は、サローイン様ではなく、アーデルベルト様だ。

 あの日から、アーデルベルト様との手紙のやり取りが続いていた。

 力強い筆跡で綴られるお手紙に、私が気負わずお手紙を書けるようになったころには、手紙の書きだしも変わり、今に続いている。

 ぱらり、と、便箋を開けると、今日も力強い字が見えた。

『親愛なるクローディア


 先日は領地経営学について、興味深い本を教えてくれてありがとう。

 君に教えてもらった本を図書館で借りたところ、貸出カードに君の名前を見つけたよ。

 奇しくも君が書いたちょうど一年後の日付だったその下に、

 僕が名前を書いたのには、つい背筋が伸びてしまった。

 一年ぶりに貸し出されることになるこの本は、よほど難しい本なのかもしれない、ってね。

 それ以外にも、いろんな本のカードで君の名前を見つけるたびに、勤勉な君に恥じぬよう、僕も頑張ろうと思えるんだ。

 
 一番大切な用件を。

 来週の婚約式のために、君にドレスを贈らせてもらった。

 それを着た君に会えるのを、楽しみにしているよ。

 君のアーデルベルト。』



 手の先と頬が熱くなるのを感じながら、私はペンをとる。



『親愛なる アーデルベルト様。


 美しいドレスを贈っていただき、ありがとうございました。

 貴方が背筋が伸びてしまった、と仰ったのと同じように

 私は、ドレスを見て背筋の伸びる思いがいたしました。

 私のようなものが、貴方の隣に立ってよいのかと、不安になっていたのです。

 ですが頂いたお手紙を拝見し

 私も、貴方のお傍であなたをお支えできるよう頑張ろうと、思う事が出来ました。

 婚約式の日を、心待ちにしております。


 あなたの クローディア。


  カフスとタイピンを贈らせていただきます。

  お会いできる日に、つけていただけると嬉しいです。』




 書き終わった私に、遠くから呼びかける声が聞こえた。

「お嬢様、こちらの花はいかがでしょうか?」

 庭師の腕の中を見れば、まだ小さくはあるものの、しっかりと花房を付けたアナベルの鉢植えがあり、私は笑顔で頷き、一番綺麗に花をつけた一枝を選んでもらった。
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