【完結】ずっと大好きでした。

猫石

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後編

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「なっ! こんなところで何をしているんだ、クローディア!」

 約束の場所、約束の時間。

 校舎の裏の箱庭庭園の一角で、私は半年ぶりにサローイン様の顔を見た。

 嬉しそうに頬をほころばせ、手紙を握り、そこに現れたサローイン様は、しかし私を見て顔をしかめると、いきなりそう叫んだ。

「私は、約束の相手を待っているだけです。」

 偽りなくそう答えれば、彼はあからさまに苛立だった顔をし、ずかずかと私に近づくと、その場所から引きはがすかのように私の肩を掴み、そのままの勢いで生け垣に放るように押した。

「……っ!」

 手入れされたばかりの薔薇の生け垣の鋭い枝が、棘が、生け垣に倒れ込んだ私の腕や足に刺さる。

 手に持っていた鞄も、テラコッタの床の上に放り出される。

「お前のような奴がここに来るな! ここは俺が約束をしている場所なんだ! さっさと出ていけ!」

 ふん! と、再び大きな声を出すサローイン様。

 私は騒ぎを聞きつけてやってきた、学園で雇っている数名の従者の一人に手を借りて生垣から出ると、痛む手足をかばいながらゆっくりサローイン様を見た。

「約束のお相手は、美しい文字の君でしょうか。」

 私の言葉に、かっと彼は顔を赤らめた。

「なんで知っているっ!」

 言葉と共に、私に掴みかかる勢いでこちらに寄る。

 危険と判断し、動いた従者に遮られながら、彼は私に手を伸ばし、大きな声を出す。

「卑しい女だ! 執念深い女ギツネめ! どうせ変質者のように、私の事を調べていたのだろう!? そうか、父上にいろいろ吹き込んだのも貴様だな! 相手にされないからと言って汚い女だ! 最低だな、クローディア!」

「そうではありません。」

「なにが違うと言うんだ!」

「私は、伯爵さまに何も申し上げておりません。 調べてもおりません。」

「嘘をつけ! ではなぜお前がここにいる、彼女の事を知っている! 貴様が余計なことを父上に吹き込んだせいで、私は廃嫡されるのだぞ! 貴様のせいだ、そうに決まっている!」

 従者に制止されながら、なおも怖い顔で私に掴みかかろうとするサローイン様に、私は拾っていただいた鞄の中から、青い封蝋のついた手紙の束を取り出した。

「貴方に、美しい文字の君と名付けていただいたのは、私です。」

「は!?」

 一瞬だけ、動きが止まった彼は、さらに私に向かって飛び掛かろうとした。

「嘘を吐け! あれが貴様の字であるはずがない! あのように美しく心ある文字を、お前のような女が書けるはずがない! どうせそれも、本当の彼女から奪い取ったのだろう! そうか、彼女がここに来ないのは、お前が追い払ったからなのだな!?」

 そう叫ぶサローイン様に、私は静かに頭を振ると、そっと手紙を近くのテーブルに置き、痛む半身をかばいながら静かにカーテシーをした。

「サローイン様。 私は貴方様を心からお慕い申し上げておりました。 淑女教育も、勉学も、貴方に美しいとほめていただいたこの文字の綴り方も、伯爵となられる貴方のために10歳の頃から頑張ってきたのです……。 しかし貴方には何も届かなかった、貴方は何も成長なさらなかった。 目先の自由と楽しさに逃げ、父君や母君の叱責も無視し、夢物語に恋し、その結果、すべてを失われたのですわ。」

「はぁ!? 貴様、何を!」

「貴方のお望みの通り、私との婚約は破棄されました。 貴方の有責で。 ……ご存じでしたか? 運命の恋をなさった元第5王子殿下は、王籍を除籍され、運命の相手にも捨てられ、市井で慎ましく暮らしておいでです。 高位貴族ならば、皆ご存じなのだそうです。」

 静かに私は顔を上げ、それから、小さい頃、可愛いと言ってもらった微笑みを頑張って浮かべた。

「大好きでした。 私は、本当に貴方が大好きでしたのよ? でも、これでお別れでございます。」

「……は!?」

「サローイン・レダン。」

 私の話に呆然としているサローイン様の傍に複数人の教師が近づいたのは、私がすべてを言い終わった直後だった。

「学内における問題行動、婦女子に対する暴行について話がある。 すでに君のご両親も学園長室に来ている。 ついてきてもらおう。」

「は!? え? 父上と母上、は? 問題行動? それは……。」

 がしっと教師に両腕を拘束され、庭園から連れ出されるときになって、彼は初めて自分に良くない何かが迫っていると感じとったようだ。

「なんで僕が! 貴様、クローディア! 貴様のせいだろう! 早く違うと言え、そして助けろ、クローディア!」

 抗いもむなしく、引きずるようにして連れて行かれる彼に、私は静かに口を開いた。

「It's no use crying over spilt milk. ですわ、サローイン様。」

 その言葉に、みるみる彼の顔色は失われていく。

「……違う! そうだ、クローディア! 美しい文字の君! た、助けてくれ! 悪かった! お前と結婚してやる! だから!」

「うるさいぞ、みっともない、黙れ!」

「うわあああぁぁぁ……。」

 教師に怒鳴られ、引きずられていくようにして消えたサローイン様を見送った私に、一人の女教師が走り寄って来た。

「ナジェリィ令嬢、無茶をし過ぎです! 歩けますか? 保健室へ行きますよ!」

「……はい、先生。 はい……。」

 痛む体を労わるようにして寄り添ってくださった先生と共に、歩き出した私。

 視界の端に、従者の手によってあの手紙の束が回収されていくのが見えた。

 あの中には、入学当初に送っていた私の手紙も交じっている。

 きっと、彼が言い逃れをするだろうから、と持ってきてほしいと頼まれたものだ。

 最後の手紙を書いた日、私はお願いしたのだ。 もう一度だけ、チャンスを上げてほしい、と。 

 その願いを、彼の両親はもちろん、条件付きではあったが、私の父も聞き届けてくれた。

 私を選んでいれば、慰謝料を肩代わりし、廃嫡にはなっても除籍までにはならなかった。

 しかし、そのチャンスを彼は自分から手放した。

 彼は今日の話し合いの後、除籍され、領地に幽閉される。

 そして私は、父が選定していた、取引のある別の伯爵家の方と婚約することが決まっている。

 それが、私に対しての条件だったのだから、私はそれに従うしかない。

「……これを。」

 私の頬に、先生はそっとハンカチを当ててくださった。

 そこで初めて、私は自分が泣いていることに気が付いた。

「辛かったわね、悔しかったわね……泣いていいのよ。」

 その言葉に私は首を振った。

 首を振りながら、たくさん泣いた。

 辛かったわけでも。

 悔しかったわけでもない。

 私は彼が大好きだった。

 文字だけでも、見てもらえた、褒めてもらえた、それが嬉しかっただけ。

 なのに、貴方を助ける事が出来なかった……後悔だけがただ、こうして涙となり、落ちていく。

「好き、だったんです。」

 嗚咽は止まらない。

「ずっと、大好きだったんです。」

 ただそう言って泣く私を、先生は優しく抱きしめてくれた。





fin
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