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これは愛か、復讐か。
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「アダム様、失礼いたします。 ……エヴァ、ですわ。」
私は、伯爵家へ父と共にお願いに行き、その足で侍女に連れられ、アダム様のお部屋に入った。
「……なにも、変わっていないわ……。」
カーテンが閉められ、明かりがともされた室内はやや暗いが、ぼんやりと見える室内は、よく一緒に絵本を選んだ本棚の本に分厚いものが増えたくらいで、昔と何も昔と変わらない。
懐かしい、共に遊んだ部屋だ。
私は侍女に促され、彼のベッドの方へ向かった。
「アダム、様?」
明かりの照らされたベッドサイドに立つと、椅子を用意してくれた侍女にお礼を言い、それに座る。
ベッドの上には、目を開け、無表情のまま、天井を見続けるアダム様がいらっしゃった。
「アダム様……。 エヴァですわ……お解りになられますか?」
そう言うと、ひとつ、目が閉じられた。
「手を、握っても、よろしゅうございますか?」
そう言うと、また一つ、目が閉じられる。
それを『承』と受け取った私は、布団の中にある冷たいアダム様の手を取ると、そっと、自分の両手で包み込んだ。
「アダム様、……お体は痛くありませんか?」
瞬き、ひとつ。
「アダム様、お寒くはありませんか?」
瞬き、ひとつ。
「暗くはありませんか?」
瞬き、ひとつ。
私の言葉に、ひとつ、またひとつと瞬きを繰り返すアダム様。 それが生理的反応の瞬きであるのか、意思表示であるのか、私にはわからないけれど……それを、会話の合図、と、私は思うことにした。
「アダム様、私の話を聞いてくださいますか?」
ぽつり。 瞬きが一つ。
私は一度静かに手を離すと、首元から一つのネックレスを外し、そっとアダム様の手の上に置いた。
「覚えていらっしゃいますか? 13の時、私の母が亡くなった時に、アダム様が下さったものです。」
小指ほどの大きさの、一粒の石が揺れるペンダントと一緒に、アダム様の手を両手で包む。
「『大丈夫だ、僕がずっと一緒にいてやる』と、泣いていた私の手をこうして取って、約束してくださいましたね。」
ぽつり、目が閉じられる。
「……実はあの時、初めて私は恋をしたのです……。」
アダム様はベッドに横たわり、私に手を取られたまま天井を見つめている。
そんな彼に、私は話を続けた。
「私が本当に好きなお相手は、アダム様だけですの。」
金色のまつ毛にふちどられた何も映らない瞳は、天井を見つめたままだ。
「彼女に負けないくらい、大好きですの。 だって、貴方は私を一人にしないと言ってくださった。 あの時、私は本当に嬉しかったんです。」
静かに、思い出すがまま、語り掛けるように、わたしは続ける。
霧雨の降る、冷たい冬の朝。
前の年にはお姉様もお兄様も結婚されて家を出られ、お父さまはお忙しくて、家には私とお母様だけ。
なのにお母さままでいなくなってしまった。
寂しくて、悲しくて、心細くて……世界にただ一人ぼっちになってしまったと、私は絶望した。
そっと、包み込むアダム様の手に、頬を寄せる。
「お墓のある場所は、寂しくて、寒くて。 なのに霧雨まで降り出して……。 私は、神様にお母様を取られてしまうんだと、本当に思いました。 神様は、私の大切な人をすべて奪ってしまわれて、私の事を本当の一人ぼっちにしてしまうおつもりなのだと、本当に思いましたの。 雨だって、私をお母様の傍から引き離すために降らしているのではないかと、そう思ったくらいです。 ……そんな時、アダム様がこれを下さった。」
お墓の前で、ずっと泣き続けていた私の目の前に現れたアダム様は、私の手を取ると、ご自身の瞳の色と同じ、紫の一粒石のネックレスを私の掌に載せてくれた。
「こうして、ぎゅっと握って私の手を暖めてくだりながら、アダム様は『大丈夫だ、すっと自分が一緒にいる。 家に帰ろう』と言ってくださったのですよ。」
覚えていらっしゃいますか? と、私は尋ねる。
「……私、それまで、婚約者とはただ一緒にいる人だと、ただ漠然としか思っておりましたの。 でもあの時、一人ぼっちだった私の手を取ってくださったあなたの手があまりにも大きくて、温かくて……」
ぎゅっと、冷たい手を包む自分の手に力を入れた。
「ずっと、貴方のお傍にいたいと、心から願いましたの。」
静かに静かに、私は願う。
「今も、その気持ちは変わっておりません。 アダム様、私は貴方の事を心から、お慕いしております。 だからどうか、私と共に生きてくださいませ……。」
そう言うと、金のまつ毛に縁どられた紫の瞳から、一筋、大きな涙が流れ落ちた。
「お母様、お母様。」
春の風が吹く庭先。
ガゼボを中心に大きく広がる薔薇園で、小さな女の子の声がした。
「なぁに?」
「お花、綺麗に咲いているね。」
「そうね、綺麗に咲いているわね。」
庭師に棘を取り去りブーケにしてもらった物を渡されて、少女は嬉しそうに微笑む。
「お父様に見せてあげたら、喜んでくれるかな?」
それには、私はそうね、とガゼボの方を見て微笑んだ。
「喜んでくれるのではないかしら? 行ってみましょう?」
母親の手を取った少女はそのまま足早にガゼボの中に入ると、その中央、ゆったりとした作りの車いすに座る男性の目の前に、先ほどのブーケを差し出した。
「お父様、見て、見て、お花! 綺麗?」
少女の言葉に一つ、男性は瞬きをした。
「綺麗だって!」
キャーッと、嬉しそうに笑った少女は、男性の足元にしがみつき、嬉しそうに何やらお話を始めた。
そんな姿を見、私は微笑む。
愛する夫、愛する娘、そしてお腹の中の子供。
あの日と変わらぬままの夫は、穏やかな表情で、瞬きで私達と会話する。
あの後、双方の両親を必死に説得し、婚約を継続、そして結婚した。
遠い国から医師を呼び、子をなすこともできた。
現在は当主となったアダム様と子供たちのため、伯爵当主代理として、私がこの家を支えている。
あの時の涙が、アダム様の了承であったのかはわからない。
本当にリリア嬢の事を愛していて私の事を憎んで涙していただけかもしれない。
私のしていることは、ただ自分の愛情を押し付けただけの、利己的な物なのかもしれない。
身の内に心を閉じ込めてしまった、私から逃げていきそうな人を、只引き止めたかっただけなのかもしれない。
それでも。
「お母様、お父様、もう疲れたって。 おうちに入りましょう?」
「えぇ、今行くわ。」
私は、貴方のすべてを愛してやまないのだ。
永遠に、愛してやまないのだ。
fin
私は、伯爵家へ父と共にお願いに行き、その足で侍女に連れられ、アダム様のお部屋に入った。
「……なにも、変わっていないわ……。」
カーテンが閉められ、明かりがともされた室内はやや暗いが、ぼんやりと見える室内は、よく一緒に絵本を選んだ本棚の本に分厚いものが増えたくらいで、昔と何も昔と変わらない。
懐かしい、共に遊んだ部屋だ。
私は侍女に促され、彼のベッドの方へ向かった。
「アダム、様?」
明かりの照らされたベッドサイドに立つと、椅子を用意してくれた侍女にお礼を言い、それに座る。
ベッドの上には、目を開け、無表情のまま、天井を見続けるアダム様がいらっしゃった。
「アダム様……。 エヴァですわ……お解りになられますか?」
そう言うと、ひとつ、目が閉じられた。
「手を、握っても、よろしゅうございますか?」
そう言うと、また一つ、目が閉じられる。
それを『承』と受け取った私は、布団の中にある冷たいアダム様の手を取ると、そっと、自分の両手で包み込んだ。
「アダム様、……お体は痛くありませんか?」
瞬き、ひとつ。
「アダム様、お寒くはありませんか?」
瞬き、ひとつ。
「暗くはありませんか?」
瞬き、ひとつ。
私の言葉に、ひとつ、またひとつと瞬きを繰り返すアダム様。 それが生理的反応の瞬きであるのか、意思表示であるのか、私にはわからないけれど……それを、会話の合図、と、私は思うことにした。
「アダム様、私の話を聞いてくださいますか?」
ぽつり。 瞬きが一つ。
私は一度静かに手を離すと、首元から一つのネックレスを外し、そっとアダム様の手の上に置いた。
「覚えていらっしゃいますか? 13の時、私の母が亡くなった時に、アダム様が下さったものです。」
小指ほどの大きさの、一粒の石が揺れるペンダントと一緒に、アダム様の手を両手で包む。
「『大丈夫だ、僕がずっと一緒にいてやる』と、泣いていた私の手をこうして取って、約束してくださいましたね。」
ぽつり、目が閉じられる。
「……実はあの時、初めて私は恋をしたのです……。」
アダム様はベッドに横たわり、私に手を取られたまま天井を見つめている。
そんな彼に、私は話を続けた。
「私が本当に好きなお相手は、アダム様だけですの。」
金色のまつ毛にふちどられた何も映らない瞳は、天井を見つめたままだ。
「彼女に負けないくらい、大好きですの。 だって、貴方は私を一人にしないと言ってくださった。 あの時、私は本当に嬉しかったんです。」
静かに、思い出すがまま、語り掛けるように、わたしは続ける。
霧雨の降る、冷たい冬の朝。
前の年にはお姉様もお兄様も結婚されて家を出られ、お父さまはお忙しくて、家には私とお母様だけ。
なのにお母さままでいなくなってしまった。
寂しくて、悲しくて、心細くて……世界にただ一人ぼっちになってしまったと、私は絶望した。
そっと、包み込むアダム様の手に、頬を寄せる。
「お墓のある場所は、寂しくて、寒くて。 なのに霧雨まで降り出して……。 私は、神様にお母様を取られてしまうんだと、本当に思いました。 神様は、私の大切な人をすべて奪ってしまわれて、私の事を本当の一人ぼっちにしてしまうおつもりなのだと、本当に思いましたの。 雨だって、私をお母様の傍から引き離すために降らしているのではないかと、そう思ったくらいです。 ……そんな時、アダム様がこれを下さった。」
お墓の前で、ずっと泣き続けていた私の目の前に現れたアダム様は、私の手を取ると、ご自身の瞳の色と同じ、紫の一粒石のネックレスを私の掌に載せてくれた。
「こうして、ぎゅっと握って私の手を暖めてくだりながら、アダム様は『大丈夫だ、すっと自分が一緒にいる。 家に帰ろう』と言ってくださったのですよ。」
覚えていらっしゃいますか? と、私は尋ねる。
「……私、それまで、婚約者とはただ一緒にいる人だと、ただ漠然としか思っておりましたの。 でもあの時、一人ぼっちだった私の手を取ってくださったあなたの手があまりにも大きくて、温かくて……」
ぎゅっと、冷たい手を包む自分の手に力を入れた。
「ずっと、貴方のお傍にいたいと、心から願いましたの。」
静かに静かに、私は願う。
「今も、その気持ちは変わっておりません。 アダム様、私は貴方の事を心から、お慕いしております。 だからどうか、私と共に生きてくださいませ……。」
そう言うと、金のまつ毛に縁どられた紫の瞳から、一筋、大きな涙が流れ落ちた。
「お母様、お母様。」
春の風が吹く庭先。
ガゼボを中心に大きく広がる薔薇園で、小さな女の子の声がした。
「なぁに?」
「お花、綺麗に咲いているね。」
「そうね、綺麗に咲いているわね。」
庭師に棘を取り去りブーケにしてもらった物を渡されて、少女は嬉しそうに微笑む。
「お父様に見せてあげたら、喜んでくれるかな?」
それには、私はそうね、とガゼボの方を見て微笑んだ。
「喜んでくれるのではないかしら? 行ってみましょう?」
母親の手を取った少女はそのまま足早にガゼボの中に入ると、その中央、ゆったりとした作りの車いすに座る男性の目の前に、先ほどのブーケを差し出した。
「お父様、見て、見て、お花! 綺麗?」
少女の言葉に一つ、男性は瞬きをした。
「綺麗だって!」
キャーッと、嬉しそうに笑った少女は、男性の足元にしがみつき、嬉しそうに何やらお話を始めた。
そんな姿を見、私は微笑む。
愛する夫、愛する娘、そしてお腹の中の子供。
あの日と変わらぬままの夫は、穏やかな表情で、瞬きで私達と会話する。
あの後、双方の両親を必死に説得し、婚約を継続、そして結婚した。
遠い国から医師を呼び、子をなすこともできた。
現在は当主となったアダム様と子供たちのため、伯爵当主代理として、私がこの家を支えている。
あの時の涙が、アダム様の了承であったのかはわからない。
本当にリリア嬢の事を愛していて私の事を憎んで涙していただけかもしれない。
私のしていることは、ただ自分の愛情を押し付けただけの、利己的な物なのかもしれない。
身の内に心を閉じ込めてしまった、私から逃げていきそうな人を、只引き止めたかっただけなのかもしれない。
それでも。
「お母様、お父様、もう疲れたって。 おうちに入りましょう?」
「えぇ、今行くわ。」
私は、貴方のすべてを愛してやまないのだ。
永遠に、愛してやまないのだ。
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