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後宮入りさせられました、この野郎!
華祥の宴(まずは少しずつ手駒を作ろう)
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シャーン
シャーン
と、盤面に清水を張った銅鑼が鳴らされ、水が舞い、キラキラと光を弾く。
続いて、数種類の笛が吹かれ、数も大きさも形もさまざまな弦がつまびかれ、金属と木の琴が打ち鳴らされると、それは一つの華やかな宮廷音楽となって、宴席に響き渡った。
今日この日はだけ、脱走者や侵入者を見張るための物見櫓から季節を彩る花の花弁が撒かれ、風に乗り、扇の立てる流れに身を任せ、ひらひらと後宮内を彩る。
(花の園で生花をちぎり散らすなど、なんて悪趣味だ)
ひらひらと、私の目の前に落ちた鮮やかな赤味の強い紅の花びらは牡丹で、これが春の宴であると知らしめる。
「失礼いたします」
衝立の向こうから声がかけられ、侍女が取り次ぐために御簾をあげれば、廊下には叩頭礼を取った宦官がおり、失礼します、と前置きを置いてから頭を上げた。
「メイ コウシュン様。宴席へご案内いたします。道中、宴の子細についてもご説明いたしま……」
そう言って丁寧な所作で立ち上がり、控室の長椅子に座っていた私の姿を見た宦官は、私を見て大きく目を見開き、呆けた顔をした。
「何か?」
「いえ、失礼いたしました! 宴席へご案内いたします!」
固まってしまった宦官に笑顔で問いかけると、彼ははっと正気に戻り、慌てて頭を下げてそう言ったため、私は柔らかに見えるように微笑んで会釈する。
「そうですか。丁寧にありがとうございます」
すると、私の言葉に驚いたのか、頭を上げた宦官は慌てたように再び頭を下げた。
「わ、私のような者に礼など不要です」
(米搗き飛蝗のようだわ)
そう思いながら、私はあら、と小さく声を上げ、少しだけ驚いた表情を作る。
「心を砕いてくださった方に礼を言うのは当たり前の事です。感謝申し上げますわ」
(我ながら殊勝だ)
なんて思いながら柔らかに微笑むと、宦官は頬を赤らめ惚けた表情を浮かべ、頭を下げた。
「なんとお優しい……いえ、何でもありません。慣れぬ後宮。何かお困りの事がありましたら、何なりと仰ってください。私は主に『春桃の宮』の雑事役を仰せつかっておりますレンナイと申します。どうぞ、此方へ」
「えぇ、ありがとう」
長椅子から立ち、彼の後ろを侍女と歩きながら、レンナイと名乗った彼を観察する。
(なるほど、春の宮の雑事係ね。なにか情報が引き出せると良いけれど)
初手に良き人材を捕まえたと、運の良さを感じながら、ぽんと手を合わせ、首を傾げ微笑む。
「まぁ、嬉しい。ここには知る者も頼る者もおりませんので、大変心強いですわ」
「その様な。いえ、この後宮は、コウシュン様の様に清らかなお方には辛い場所やもしれません。宦官にはあまり力はございませんが、出来る限り、お力をお貸しいたします」
「ありがとう」
心底安堵したような表情でそう答えると、宦官は頬を赤くして照れ笑い、宴席への道すがら、それは大変詳しく丁寧に今日の宴のしきたりや留意点を教えてくれる。
そんな姿を訝しげに見、ひそひそと話をする宦官を視線の端に見つける。
(……本当は虐めて来い、とでも命じていたのかしら? 姐さんに習った男を手玉に取る指南、後宮でも役立つわ)
周囲を、目の前の男を観察しながら、私は宴席にたどり着いた。
主上様から、慈雨であり、権力に変わり、金がなる『花粉』を与えてもらうため。
花達が咲き誇る後宮では、年に四度、それぞれの季節に、後宮に住まう后たちが一堂に会する酒宴が開かれる。
それが今私が会場へと向かっている『華祥の宴』と呼ばれる宴席だ。
この宴席の主催は主上様で、人並みの幸せではなく、後宮という特殊な環境に身を置き、仕えてくれる妃たちを労る意味合いがあるらしい。
ゆえに宮廷官吏たちがその宴の席を用意し、食事も後宮の調理人ではなく、国内の上級官吏や重臣や国外の賓客に対して腕を振るう最高の腕を持つ宮廷調理人が用意するのが習わしだそうだ。
もてなされる側の妃側は、年に一度許される里帰りと、この宴だけが後宮から出れる機会であり、侍女や下女たちは、警護の兵や官吏たちに顔を売り、嫁入り先を見繕う手段でもある。
そのため、妃たちはもちろんだが、この日ばかりは下女も身なりを綺麗にし、侍女達は己が主に付き従ういながら己を美しく飾りたてるのも慣例である。
そんな宴の席。入場にももちろん決まりがある。
まずは兵士や下男、下女、そして給仕役となる宮廷侍女が配置される。続いて官吏、重臣が席に着くと、音楽が奏でられ、下級妃、中級妃、上級妃たちが、宴の季節を筆頭――春ならば春夏秋冬、夏ならば夏秋冬春、と宴の場に入りし、最後は全員で主上様をお迎えするのが慣例だ。
しかし唯一、例外のある時がある。
それは妃が入内したときで、新参の妃は、主上様をお迎えした後に、お披露目という意味で宴の席に入ると部隊の中央に進み、主上様、そして妃や重鎮・高官に挨拶をし、主上様よりお言葉と共に、花の通り名を頂くことで後宮妃の仲間入りとするそうだ。
その慣例に習い、音楽が奏でられる中、私も足を進める。
「メイ コウシュンと申します」
多くの視線を浴びながら、私は主上様の前で静かに膝をつくと、丁寧に首を下げた。
好奇と値踏みと、それから思惑通りに進まなかった人物たちの怒りの視線を盗み見ながら、私は心の中で舌を出す。
(思い通りにいかなくて残念でした。)
シャーン
と、盤面に清水を張った銅鑼が鳴らされ、水が舞い、キラキラと光を弾く。
続いて、数種類の笛が吹かれ、数も大きさも形もさまざまな弦がつまびかれ、金属と木の琴が打ち鳴らされると、それは一つの華やかな宮廷音楽となって、宴席に響き渡った。
今日この日はだけ、脱走者や侵入者を見張るための物見櫓から季節を彩る花の花弁が撒かれ、風に乗り、扇の立てる流れに身を任せ、ひらひらと後宮内を彩る。
(花の園で生花をちぎり散らすなど、なんて悪趣味だ)
ひらひらと、私の目の前に落ちた鮮やかな赤味の強い紅の花びらは牡丹で、これが春の宴であると知らしめる。
「失礼いたします」
衝立の向こうから声がかけられ、侍女が取り次ぐために御簾をあげれば、廊下には叩頭礼を取った宦官がおり、失礼します、と前置きを置いてから頭を上げた。
「メイ コウシュン様。宴席へご案内いたします。道中、宴の子細についてもご説明いたしま……」
そう言って丁寧な所作で立ち上がり、控室の長椅子に座っていた私の姿を見た宦官は、私を見て大きく目を見開き、呆けた顔をした。
「何か?」
「いえ、失礼いたしました! 宴席へご案内いたします!」
固まってしまった宦官に笑顔で問いかけると、彼ははっと正気に戻り、慌てて頭を下げてそう言ったため、私は柔らかに見えるように微笑んで会釈する。
「そうですか。丁寧にありがとうございます」
すると、私の言葉に驚いたのか、頭を上げた宦官は慌てたように再び頭を下げた。
「わ、私のような者に礼など不要です」
(米搗き飛蝗のようだわ)
そう思いながら、私はあら、と小さく声を上げ、少しだけ驚いた表情を作る。
「心を砕いてくださった方に礼を言うのは当たり前の事です。感謝申し上げますわ」
(我ながら殊勝だ)
なんて思いながら柔らかに微笑むと、宦官は頬を赤らめ惚けた表情を浮かべ、頭を下げた。
「なんとお優しい……いえ、何でもありません。慣れぬ後宮。何かお困りの事がありましたら、何なりと仰ってください。私は主に『春桃の宮』の雑事役を仰せつかっておりますレンナイと申します。どうぞ、此方へ」
「えぇ、ありがとう」
長椅子から立ち、彼の後ろを侍女と歩きながら、レンナイと名乗った彼を観察する。
(なるほど、春の宮の雑事係ね。なにか情報が引き出せると良いけれど)
初手に良き人材を捕まえたと、運の良さを感じながら、ぽんと手を合わせ、首を傾げ微笑む。
「まぁ、嬉しい。ここには知る者も頼る者もおりませんので、大変心強いですわ」
「その様な。いえ、この後宮は、コウシュン様の様に清らかなお方には辛い場所やもしれません。宦官にはあまり力はございませんが、出来る限り、お力をお貸しいたします」
「ありがとう」
心底安堵したような表情でそう答えると、宦官は頬を赤くして照れ笑い、宴席への道すがら、それは大変詳しく丁寧に今日の宴のしきたりや留意点を教えてくれる。
そんな姿を訝しげに見、ひそひそと話をする宦官を視線の端に見つける。
(……本当は虐めて来い、とでも命じていたのかしら? 姐さんに習った男を手玉に取る指南、後宮でも役立つわ)
周囲を、目の前の男を観察しながら、私は宴席にたどり着いた。
主上様から、慈雨であり、権力に変わり、金がなる『花粉』を与えてもらうため。
花達が咲き誇る後宮では、年に四度、それぞれの季節に、後宮に住まう后たちが一堂に会する酒宴が開かれる。
それが今私が会場へと向かっている『華祥の宴』と呼ばれる宴席だ。
この宴席の主催は主上様で、人並みの幸せではなく、後宮という特殊な環境に身を置き、仕えてくれる妃たちを労る意味合いがあるらしい。
ゆえに宮廷官吏たちがその宴の席を用意し、食事も後宮の調理人ではなく、国内の上級官吏や重臣や国外の賓客に対して腕を振るう最高の腕を持つ宮廷調理人が用意するのが習わしだそうだ。
もてなされる側の妃側は、年に一度許される里帰りと、この宴だけが後宮から出れる機会であり、侍女や下女たちは、警護の兵や官吏たちに顔を売り、嫁入り先を見繕う手段でもある。
そのため、妃たちはもちろんだが、この日ばかりは下女も身なりを綺麗にし、侍女達は己が主に付き従ういながら己を美しく飾りたてるのも慣例である。
そんな宴の席。入場にももちろん決まりがある。
まずは兵士や下男、下女、そして給仕役となる宮廷侍女が配置される。続いて官吏、重臣が席に着くと、音楽が奏でられ、下級妃、中級妃、上級妃たちが、宴の季節を筆頭――春ならば春夏秋冬、夏ならば夏秋冬春、と宴の場に入りし、最後は全員で主上様をお迎えするのが慣例だ。
しかし唯一、例外のある時がある。
それは妃が入内したときで、新参の妃は、主上様をお迎えした後に、お披露目という意味で宴の席に入ると部隊の中央に進み、主上様、そして妃や重鎮・高官に挨拶をし、主上様よりお言葉と共に、花の通り名を頂くことで後宮妃の仲間入りとするそうだ。
その慣例に習い、音楽が奏でられる中、私も足を進める。
「メイ コウシュンと申します」
多くの視線を浴びながら、私は主上様の前で静かに膝をつくと、丁寧に首を下げた。
好奇と値踏みと、それから思惑通りに進まなかった人物たちの怒りの視線を盗み見ながら、私は心の中で舌を出す。
(思い通りにいかなくて残念でした。)
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