可愛くない猫でもいいですか

緑虫

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5 初恋相手

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 それからも、拓海は俺に懐く大型犬みたいに俺の周りにいた。

 どうしてこんなに懐かれたのか、正直よく分からない。だけど時折「次郎の隣って本当落ち着く」ってまったりしている時があるから、単に陽キャグループのはつらつさに過食気味になったんだろうなって思った。

 俺は基本放っておけばその辺で本を読んでるから、静かなのは確かだし。

 でも、自分の隣が落ち着くって好きな奴に言われたら、期待してしまうのは仕方ないと思う。

 だから、もしかしてこいつ、俺のことをちょっとは好きなのかな、なんて思ってしまったんだ。

 もしかして。

 ひょっとしたら。

 俺は馬鹿だから、拓海がぐいぐいと詰めてくる距離を、完全に勘違いしてたんだ。

 季節は秋になり、キャンパスの街路樹から大量の枯れ葉が舞い落ちるようになった頃。

 拓海とは違う講義の時間が終わり、何となく気分でいつもと違う道を歩いた。そんな時、拓海の後ろ姿を見かけたんだ。

 人気のない方へと、隣の女子の肩を抱いて誘導する拓海。

「え……っ」

 あまりにも密接にくっつく二人は、どこからどうみても恋人同士の距離だった。

 唖然と立ち尽くしている間に、大きな木の影に彼女を誘導した拓海が、彼女を木へ押して壁ドンする。彼女の姿は、背の高い拓海の身体に隠れて見えなくなった。

 あ、キスの距離だ。

 少し屈んだ拓海の背中を、混乱する頭でただ見つめる。

 彼女、いないんじゃなかったのかよ。

 俺には教えてくれると思ってたのに。

 俺って、拓海に信用されてないんだな。

 あ、もしかして、俺って虫除け代わりにされてたのかな、と唐突に気付く。

 俺の周りには、殆ど人が寄ってこない。俺が寄せ付けないからだ。俺のガードをぶち破って俺の隣のポジションを勝ち取った拓海が一緒でも、それは変わらなかった。

「そっかあ……まあ、人に囲まれ続けるのって疲れるもんな、うん、分かる」

 分かる、分かるよ。自分に言い聞かせながら、目に涙を溜めてその場から静かに立ち去った。

 その後、拓海からは『次郎どこ?』て連絡が入ったけど、『用事ができたから先帰った。悪い』とメッセージを返して、その後は電源を落とした。

 ひとり暮らしの家に帰り、悶々と考える。やっぱりあれ、キスしてたよな。俺に何も言ってなかったのって、まだ彼女になってなかったのかな。そっか、あの時告白してたのなら、確かに紹介できないよな。

 じゃあ、まさかあのままキャンパスに残ってたら、「彼女できた」って紹介されてたりして。

 ベッドに仰向けになりながら、両手で顔を覆う。

「……きっつ」

 次第に涙が溢れてきて、俺はその晩、泣きながら拓海に抱かれる想像をして、自慰をした。

 それしか、自分を慰める方法が分からなかった。

 で、冒頭に戻る。俺は寝不足のまま大学に来て、明るい声で俺を呼ぶ拓海に冷たい態度を取った。後悔はしてない。

 一限の講義を受け終わって校舎の外に出ると、眠くてクラクラしてきた。

 額に手を当てると、微熱な気もする。まさか知恵熱か。確かにひと晩中悶々としてたけど、それほどか、俺。

「うー……」

 なるべく人のいない方へと行くと、校舎の壁にもたれた。ズルズルと座り込んで頭を抱えていると、目が回っているのが分かった。

 あ、これやばい。帰ろう、なんて思っていたら、すぐ横から知らない男の声が聞こえてくる。

「工藤! 大丈夫?」
「あ……だ、大丈夫……え?」

 え、誰?

 くらくらしながら顔を上げると、そこにいたのは既視感のある男の顔だった。

 ……え、誰だっけ、と考えたのは一瞬で、それが中学でずっと仲がよかった俺の初恋相手だとすぐに気付く。

 いや、でもなんで?

「加藤……? なんでここにいるんだよ」

 元親友、加藤は俺を見ると、血相を変えて俺の肩を抱いて支えた。

「そんなことより、顔真っ白だってば!」

 あれ。俺って結構中学校からは見た目変わったのに、なんですぐに気付いてもらえたんだろう。意外すぎて、思わずどもる。

「あ、ええと、そ、そう……だね?」

 それにしても、まさかこんなところで会うなんて驚きだった。

「工藤、とりあえずベンチに行こう、な?」
「わ、悪いな……」

 加藤に脇を抱えられながら立ち上がる。

 加藤には当時の面影がたっぷり残っていて、大分男臭いイケメンになっていた。身体もずいぶんとがっしりしている。何か運動でもしているのかもしれない。

 元々中学卒業の時点で背は高かったけど、今は俺よりもやや高いくらいまで伸びていた。

 こう考えると、俺って昔っから面食いだったんだなあと思う。そういや、先輩も滅茶苦茶格好良かった。同級生の元彼は割とモブ顔だったけど、性格は男らしくて格好よかった。

 ベンチに俺を座らせると、「水買ってくる!」と駆け出す。

 やっぱりあいつ、いい奴だよな。優しくて朗らかなところに惚れたけど変わってなかったな、なんて思いながら、瞼を閉じた。

 昨日の衝撃で冷え切っていた心に、じんわりと暖かさが広がる。思えば、加藤にはすごい悪いことをしたと、今なら思えた。

 突然進路を変えた俺に、高校に上がっても連絡をしてくれていた加藤。それなのに、ある日突然電話に知らない男が出たと思うと、「次郎は俺のものだから二度と連絡してくるな」なんて言われてしまって、さぞや驚いたことだろう。

 その後ぷつりと連絡が途絶えたから、きっと加藤は俺が男が好きだってことに気付いたんだろうな、と思っていた。

 ……もしかしたら、中学時代に俺が何を考えて隣にいたかとかも、考えたのかもしれなかった。知って欲しくて知られたくなかった俺の気持ちを。
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