可愛くない猫でもいいですか

緑虫

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3 拓海

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 拓海の存在は、知っていた。イケメンだし、何より背が高いから目立つ。遠くにいても、「あ、あいつあの眼鏡だ」ってすぐに気付いてた。

 ……何故なら、外見が俺の好みど真ん中だったからだ。

 でももう恋愛する気はなかったし、そもそも陽キャグループには近付きたくもない。つまり拓海は、俺の中で完全なる観賞用の立ち位置にいた。

 そんな拓海が、なんで俺なんかに声を掛けてきたんだ。あ、優しそうな奴だから、頭に葉っぱが乗ってるのを見て取ってやろうと思ったのか。イケメンで親切ってなんかでき過ぎだよな、なんてその一瞬で考えた。

 拓海の虹彩がグレーなことには、その時初めて気付いた。

 そのまま見つめていたら呑み込まれそうだと思って、慌てて目線を本に戻す。

「……どーも」と無愛想に答えてからは拓海を見もしない俺を見ても、拓海は席を立たなかった。……他のベンチはがら空きなのに、なんなんだこいつ。

 視線をひしひしと感じながらも無視していたけど、五分経ってもずっと隣に座って俺を見ている。

 本の中身になんか、集中できる訳がなかった。

 バン! と本を閉じると、キッと拓海を睨みつける。拓海は足を組んだ膝の上に肘を突いて、手で顎を支えている体勢のままにっこりと笑った。

「ようやく見てくれた」
「あ? ジロジロ見んなよ、もう用は済んだだろ」
「ん? いや、猫みたいだなーって思って見てるところだから、用は済んでないよ」
「……は?」

 こんな図体でかい無愛想な男のどこが猫だよ。

 訳わかんねえ、と立ち上がると、拓海も一緒に立ち上がる。

 振り返りもせず歩き始めると、拓海が駆け寄ってきた。俺に歩調を合わせて喋り始める。

「ねえ君さ、よく講義一緒になるけど、名前聞いていい?」
「工藤次郎。じゃーな」
「あ、待って!」

 拓海は俺の腕を掴むと、馬鹿力で引き止めた。

「――んだよっ!」

 噛みつく勢いで振り返ると、にこにこした拓海がポケットからスマホを取り出してのたまった。

「連絡先交換しようよ。俺、次郎と友達になりたいんだ」
「はあ?」

 いきなり名前呼びだし、友達になりたい? こいつ何言ってんだっていうのが、その時の俺の正直な感想だった。

 だけど、すぐに気付いた。

 あ、こいつもしかして、講義のノートが欲しいのかって。講義が結構被ってるのは、俺も認識していた。こいつが俺のことを認識しているとは思ってもみなかったけど、ノート欲しさなら連絡先を知りたいっていうのも納得できる。

 瞬間、内心どちゃくそ好みの男に腕まで掴まれてドキドキしていた気持ちがスーッと落ち着いていくのが分かった。愛想がよくても、こいつはちゃんと人を利用する側なんだと悟った。つまり、俺のことは人じゃなくて数とか道具で認識してるタイプの人間ってことだ。

 明るい雰囲気が最初に付き合った先輩にちょっとだけ似ていたから、あんな感じで強引だけど無邪気で一途な人なのかなって勝手に思い込んでいた俺が悪い。こいつは何も悪くないんだ。

 勝手に期待して、勝手に凹んで。勝手な自分の心が恥ずかしくて申し訳なくなって、罪悪感から「……分かった」と連絡先を交換した。

「えへへ、次郎よろしくねー」

 嬉しそうに笑う拓海を見ても、俺は愛想笑いのひとつも浮かべられなかった。

「じゃ、まじで行くから」
「うん、今度連絡するね!」

 手を振る拓海をその場に残し、次の講義がある教室へと向かう。

 拓海が次に連絡をしてくるのは、ノートが必要になった時だろうな。

 なんだか虚しくなってそう考えてから、今さっき起きた変な出来事は忘れることにした。

 連絡なんてないだろう。

 そう思っていたのに、次の日に拓海から電話があった。意外に思いながら出てみると、「ねえ次郎、今夜飲みに行こうよ!」というものだった。あれ、ノートは? と思ったけど、さすがに聞けない。

 特に予定もなかったし、拓海がどんな奴か、興味があった。

「……別にいいけど」

 仲良くなってからノートくれとか言われんのかな。

 そんな風にも思っていたけど、それからも拓海からノートを移させてって言葉は一度も聞くことがないまま、今日まできていた。
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