魔窟で死にそうだったので最後にお願いをしてみました【改稿版】

緑虫

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4 最後の二人

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「キリル、危ない!」

 叫ばれると同時にルスランに飛びつかれたキリルは、勢いよく地面にゴロゴロッ! と転がっていった。

 地面にぶつかる衝撃はルスランが吸収してくれたお陰でほぼないけど、咄嗟のことで視界がぐるぐる回っている。

「な、何……っ!?」
「キリル、無事か!?」

 状況がよく分からない。だけどルスランの逞しい腕の中にいきなり包まれて、心臓は否応無しに高鳴った。こんな状況なのにドキドキしてしまう自分に、キリルもさすがに呆れる。

 すると、ビチャビチャという水音に混じって、掠れた声が聞こえてきた。なに? と訝しげに思ったキリルは、ルスランの肩から顔を覗かせる。

「あ……あ、あ……」

 ルスランの肩越しに見えたもの。それは、魔物に腹を食い千切られ、「信じられない」といった表情で二人を見ているエリザベータの姿だった。

 さっきから聞こえている水音は、エリザベータの腹部から鮮血が吹き出して地面に飛び散っている音だったのだ。

「う、うわ……っ」

 あまりに凄惨な光景に、無意識の内にルスランの服にしがみついた。

「な、何で私を助けないの……?」

 まるで壊れてしまった人形のように白い顔をしたエリザベータが、鬼の形相でルスランを睨み付ける。ルスランは身体を起こすと、エリザベータに向き直った。

「エリザベータ、申し訳ない! キリルが襲われそうになっていると思い、咄嗟にキリルを庇った……!」

 ルスランの顔面は蒼白だ。まさか自分がキリルを守ったが為に、愛するエリザベータを犠牲にしてしまうとは考えもしなかったんだろう。

「キリル! 治癒魔法は!?」

 キリルを振り返ったルスランが、慌てた様子で尋ねる。だけど正直なところ、これまでに魔力を使い続けたキリルの魔力は殆ど残ってはいなかった。

 あるのは、辛うじての魔力のみ。

 ルスランに万が一のことがあってはと取っておいたものだ。エリザベータになんか使いたくない。

 だから嘘をついた。

「ごめん、もう……」

 悲しそうに首を横に振ってみせると、素直に信じてくれたらしい。

「ああ……!」

 涙ぐんでいるルスランはキリルをそっと起こすと、安心させるようにぽんと大きな手をキリルの頭に置いた。

 腰に下げた剣の柄を握ると、むしゃむしゃと口の中の肉を咀嚼している魔物に向き直る。

 油断している今が絶好の機会だ。ルスランは鋭い太刀捌きで、魔物を背後から一刀両断にする!

 魔物はドシャッと音を立てて地面に転がると、呆気なく動かなくなった。

 次いで、ドサ、と音を立て、エリザベータが地面に崩れ落ちる。

 剣に付着した魔物の血を薙ぎ払ってから鞘に収めたルスランが、泣き顔になってエリザベータの元に駆け寄った。

 ツキリ、とキリルの胸が再び痛む。

「エリザベータ、死ぬな! 頼む、目を開けてくれ!」

 ルスランが半分になったエリザベータを腕に抱き、悲痛な叫び声を上げた。

 ルスランはエリザベータが死ぬことを嘆き悲しんでいる。それだけ愛していたということなんだろう。ルスランの心が自分に向けられていないことは最初から分かっていたけど、いざ目の前に突きつけられると、辛いことに変わりはない。

 ……でも、エリザベータはどう考えたってもうすぐ死ぬ。想いが通じ合っていなかったルスランの中で、死んだエリザベータはどれほどの期間残り続けるのか。

 キリルは深く安堵している自分に気付いていた。こんなに残酷な人間だったのかと思うと、自分が恐ろしい。

 だけど、どうしたって湧き起こる歓喜の感情を抑え込むことはできなかった。キリルの口角が、自然と上がっていく。だって、だって――。

「ルスラン、ここは危ないよ……残念だけど、エリザベータとはここで別れるしか……!」

 段々と生気が抜けていくエリザベータの目が、笑いを堪え切れていないキリルを捉えた。その瞬間の、憎悪に満ちたエリザベータの表情といったら。

 ――ああ、これがずっと見たかった。とうとう俺は勝ったんだ。

「エリザベータ……ああ、ああああー!」

 ルスランだけが、泣き崩れる。

 キリルを睨みつけていたエリザベータの瞳の力が消えていった。魂が抜けていくように、半分になった身体が弛緩していく。

 終わった、と思った。エリザベータの執着からの突然の解放に、身体中の力が抜けていく。

 エリザベータの遺体をそっと地面に横たえると、涙を手の甲で拭ったルスランが、キリルに手を貸し立ち上がらせてくれた。

 鼻を啜るルスランが、キリルの手を繋いだままぽつりと呟く。

「……キリル、行こうか」
「……うん」

 二人は、重い足を引き摺りながら出口に向かった。あと少しで、魔窟から出られる。あと少し、あと少しだと言い聞かせながら、手を引かれて懸命に歩を進めた。

 無言のまま暫く歩いていると、先を歩いていたルスランが、ハッと息を呑み足を止める。

「なんてことだ……」
「ルスラン?」

 ルスランの背後から、前方を覗き見た。

 行きにはなかった土砂が、通路を塞いでいる――。

 エリザベータがいたら、魔法で一発で片付けられただろう。だけどルスランは魔法が使えない剣士、キリルは治癒魔法を主とする白魔道士だ。

 もう、逃げ場所はなかった。

 はは……と乾いた笑いが、キリルの口から漏れる。自分を苦しめた相手とはいえ、仲間の死を望んだ罰なのかもしれない。

 呆然と立ち竦んでいるルスランに、尋ねた。

「……ルスラン、結界陣は持ってる?」
「半日仕様のが、ひとつだけある」

 結界陣はその名の通り、魔物が彷徨く場所で結界を敷ける道具だ。だけど、陣に込められた魔力が切れると効力が切れてしまう。

「……使う?」

 魔物の気配は相変わらず漂っている。

 ルスランは、目の前の土砂の山を見上げ、次いでキリルを見つめると、静かに頷いた。
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