宝珠の神子は優しい狼とスローライフを送りたい

緑虫

文字の大きさ
上 下
34 / 46

34 二度目の危機

しおりを挟む
 顔が真っ赤になったセドリックが、何故か俺の手のひらにキスを落としまくる。

 ひ、ひえっ! くすぐってえ!

「セ、セドリック、ちょ、なにやってっ」
「ヨウタ様、他の男の視線を浴びせたくありませんでした……! ああ、ようやく二人きりになれた、ヨウタ様ッ」
「ま、」

 セドリックは俺の腰をぐいっと掴んで引き寄せると、俺の首筋に顔を埋めてくんくんと匂いを嗅ぎ出す。ちょ、ちょっとセドリックー! やっぱり君おかしいから!

「ヨウタ様、貴方が愛しいのです、誰にも渡したくない、今すぐ貴方を私だけのものに」
「ま、待て待て! ちょーっと待とうかー! セドリック、君のそれは体調不良なだけだから! なっ?」

 身体を捩って振り解こうとしたら、くるりと俺とセドリックの場所を入れ替えられてしまった。壁ドンされた形の俺の両手を、セドリックが片手で壁に縫い付ける。「ヨウタ様、ヨウタ様」とうわ言のように俺の名を呼びながら、ぐいぐいと腰を押し付けてきた。――たっ、勃ってんじゃねえかーっ!

 ゾゾゾッと寒気が襲ってくる。グイードの可愛くない雄の象徴は見ても「わお」な感想だったけど、こっちのでかそうなのは「わお」どころじゃなかった。

「ま、待ってよ! セドリック、本当にやめてってば!」

 だけどセドリックは「ああ、服が邪魔だ……」と熱に浮かされたように呟きながら、もう片方の手を俺の腰紐に伸ばす。ぐい、ぐい、と焦ったように引っ張られる度に、皮膚がつれて痛い。

 どうしよう、セドリックが本当に変になっちゃった……! 俺の声なんか全然聞こえてないみたいだし、目も合わない。俺、このままセドリックに犯されちゃうのかな。そんなの嫌だよ。もしかしてセドリックは本当に俺のことを好きなのかもしれないけど、だからって俺はセドリックがそういった意味で好きな訳じゃない!

「ヨウタ様、どうぞこの私に御慈悲を……っ」
「……ざけんな! 目を覚ませって!」
「ああつれないお言葉も可愛らしい……!」

 どこを見ているのかよく分からない濁った瞳が、至近距離から俺を覗き込んできた。本気でヤバいぞこれ! だけどここで叫んで助けを呼んだら、今度こそセドリック、連帯でエリンからも引き離されてしまうかもしれない。どうする、どうしたらいいんだよ……!

 身体全体が壁に押し付けられて身動きが取れない中、セドリックがニイ……と不気味な笑みを浮かべた。捕食者、という単語が脳裏を過る。顔がどんどん近付いてきた。あ、これはもうキスされる――! 絶望して目をぎゅっと閉じるしか、もう俺にできることはなかった。

 すると直後、怒声が通路に響き渡る。

「待つのだ、騎士団長!」

 突然セドリックが後ろに引っ張られたかと思うと、なんと目の前に現れたのは獣王だった。獣王は片手に俺を抱き上げると、もう片方の手でセドリックを思い切り突き飛ばす。

「うわっ! 何をするっ! 私はヨウタ様をッ!」
「今そなたは宰相が仕込んだマタタビモドキという植物による影響で、酩酊状態にさせられているのだ! 目を覚ませ!」

 は? 今なんつった? マタタビモドキって言った? マタタビってあの、猫科の動物が漏れなくふにゃふにゃでろりんになるっていう、あれ? モドキってことは似たようなやつってことか?

「ち、違うッ! 私はヨウタ様と番うのだ!」
「いいから聞け!」

 ガオオオッ! というライオンの咆哮と同時に、黒いモヤがブワッと獣王から発せられた。次の瞬間、間近で咆哮と闇魔法を浴びせられたセドリックの目の焦点が宙を彷徨ったかと思うと、その場にズルズルと倒れ込んでいく。

「セ、セドリック!」
「……気絶、させただけだ……っ」

 ハアハアと荒い息を繰り返している獣王が、黄金の仮面を俺に向けた。

「神子様、申し訳ない……! 宰相がマタタビモドキという一部の獣人にのみ効果のある媚薬を神子様に持たせたと……っ!」
「えっ! ど、どれ?」
「恐らくは、その花飾りが……っ!」

 獣王の指が、俺の左耳に掛けられている花飾りを差した。……あーっ! あの熊おじさん、やけにおどおどしてると思ったら、こういうことだったのかよ!

「わっ、と、取るっ!」

 俺はすぐに髪から引っこ抜くと、誰もいない方向へポイッと投げる。ひいーっ! あのじいさん、本当ろくなことやらねえな!

「なんで宰相はこんなことをしたんですかっ!」

 獣王が、苦しそうな顔を俺に向ける。

「あやつは勝手に私を神子様の番い候補に入れたのだが……! 私にやる気がないことを知ると、私が神子様に欲情し既成事実を作るよう仕向けたのです……!」

 相手は王様とかそういうのが全部吹っ飛んで、俺は真顔で言った。

「あいつ最低だな」

 獣王が仮面の奥で、目を伏せる。

「返す言葉もございません……宰相は神子様のお姿が見えなくなったと同時に、まさか私が騎士団長と神子様を先に戻すとは思っていなかったと飛んできました。『すぐに追いかけないと猫族に奪われる』と、マタタビモドキの情報と共に……」
「マジでクソだな」

 俺は吐き捨てるように言った。あんのくそじじい、許すまじ。にしても恐ろしい効果だな、マタタビモドキ。

「仰る通りでございます……」

 獣王が項垂れた。俺を腕に抱いたまま。

「……事情は分かった。助けてもらったのは感謝もしてる。てことで、もう下ろしてもらっても?」

 だけど、獣王は一向に俺を下ろそうとしない。

「神子様、今少しこのまま……」

 とろんとした目を仮面から覗かせた獣王が、俺の腹の辺りに顔面を押し付けてくんかくんか吸い始めた。――て、おいっ! お前もかよ!

「ああ、宝珠の温かさよ……っ」
「ちょ、ちょっと獣王様? 待とうね?」

 獣王のもう片方の手が、ぷらんとぶら下がっている俺の足にある布を掻き分けて入ってくる。ひっ! と固まった俺の腹に顔を押し付けた獣王が、絞り出すように囁いた。

「いかに魅惑的であろうと望まぬと己に誓った……だがこの誘惑には抗えぬ……」
「いや抗って! なんで第二の危機があっさり訪れてんだよ!」

 ジタバタと暴れても、俺の服が乱れるだけだった。はっ! セドリックは正気に戻ってるんじゃ! と思って見たけど床に転がったまま動かないし、無礼とかそういうのを全部忘れて獣王の仮面をぐいぐい押しても微動だにしない。と、獣王の大きな手が服の壁を通り抜け、俺の内腿に――触れた。

「……ひっ」

 ゾワワワッ! と全身に鳥肌が立つ。頭の中がぐちゃぐちゃになって、今ここにはいない彼のことで頭の中が一杯になった。

「やめろ! ――グイードッ! 嫌だっ、助けて、助けてグイードぉっ!」

 涙がブワッと溢れてきて、視界が一気に滲んだ。

 もうどうしたらいいか分からなくなって、無我夢中でグイードの名前を叫ぶ。

 熱い息を繰り返す獣王が、俺の腹に押し当てていた顔を上げて唸った。

「やはりその名を呼ぶか……! だが、獣化した者は帝都には入り込めぬ……このまま私と番えば、狼族のことはいずれ諦め――、」
「……――ヨウタアアアアアアアアアアアッッッ!」

 突如目の前の獣王の頭が後ろにグワン! としなったかと思うと、カーンッ! という高い金属音が鳴り響く。多分、黄金の仮面が吹っ飛んだ音だ。「ぐわっ!」と獣王の手の力が緩んだ瞬間、何かが俺の襟首を掴んで後ろに放り投げた。

 地面に落ちる! と思ったけど、予想した衝撃は起きない。代わりにボフン! と落ちた先で受け止めてくれたのは、大分薄汚れてゴワゴワにはなっていたけど、懐かしくて大好きな俺のもふもふだった。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

異世界に来たようですが何も分かりません ~【買い物履歴】スキルでぼちぼち生活しています~

ぱつきんすきー
ファンタジー
突然「神」により異世界転移させられたワタシ 以前の記憶と知識をなくし、右も左も分からないワタシ 唯一の武器【買い物履歴】スキルを利用して異世界でぼちぼち生活 かつてオッサンだった少女による、異世界生活のおはなし

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

針の止まった子供時間 ~いつか別れの言葉を言いに来る。その時は、恨んでくれて構わない~

2wei
BL
錆びついたまま動かない時計の針。 柄沢結翔の過去と真実。花束の相手──。 ∞----------------------∞ 作品は前後編となります。(こちらが後編です) 前編はこちら↓↓↓ https://www.alphapolis.co.jp/novel/76237087/650675350 ∞----------------------∞ 開始:2023/1/1 完結:2023/1/21

処理中です...