宝珠の神子は優しい狼とスローライフを送りたい

緑虫

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34 二度目の危機

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 顔が真っ赤になったセドリックが、何故か俺の手のひらにキスを落としまくる。

 ひ、ひえっ! くすぐってえ!

「セ、セドリック、ちょ、なにやってっ」
「ヨウタ様、他の男の視線を浴びせたくありませんでした……! ああ、ようやく二人きりになれた、ヨウタ様ッ」
「ま、」

 セドリックは俺の腰をぐいっと掴んで引き寄せると、俺の首筋に顔を埋めてくんくんと匂いを嗅ぎ出す。ちょ、ちょっとセドリックー! やっぱり君おかしいから!

「ヨウタ様、貴方が愛しいのです、誰にも渡したくない、今すぐ貴方を私だけのものに」
「ま、待て待て! ちょーっと待とうかー! セドリック、君のそれは体調不良なだけだから! なっ?」

 身体を捩って振り解こうとしたら、くるりと俺とセドリックの場所を入れ替えられてしまった。壁ドンされた形の俺の両手を、セドリックが片手で壁に縫い付ける。「ヨウタ様、ヨウタ様」とうわ言のように俺の名を呼びながら、ぐいぐいと腰を押し付けてきた。――たっ、勃ってんじゃねえかーっ!

 ゾゾゾッと寒気が襲ってくる。グイードの可愛くない雄の象徴は見ても「わお」な感想だったけど、こっちのでかそうなのは「わお」どころじゃなかった。

「ま、待ってよ! セドリック、本当にやめてってば!」

 だけどセドリックは「ああ、服が邪魔だ……」と熱に浮かされたように呟きながら、もう片方の手を俺の腰紐に伸ばす。ぐい、ぐい、と焦ったように引っ張られる度に、皮膚がつれて痛い。

 どうしよう、セドリックが本当に変になっちゃった……! 俺の声なんか全然聞こえてないみたいだし、目も合わない。俺、このままセドリックに犯されちゃうのかな。そんなの嫌だよ。もしかしてセドリックは本当に俺のことを好きなのかもしれないけど、だからって俺はセドリックがそういった意味で好きな訳じゃない!

「ヨウタ様、どうぞこの私に御慈悲を……っ」
「……ざけんな! 目を覚ませって!」
「ああつれないお言葉も可愛らしい……!」

 どこを見ているのかよく分からない濁った瞳が、至近距離から俺を覗き込んできた。本気でヤバいぞこれ! だけどここで叫んで助けを呼んだら、今度こそセドリック、連帯でエリンからも引き離されてしまうかもしれない。どうする、どうしたらいいんだよ……!

 身体全体が壁に押し付けられて身動きが取れない中、セドリックがニイ……と不気味な笑みを浮かべた。捕食者、という単語が脳裏を過る。顔がどんどん近付いてきた。あ、これはもうキスされる――! 絶望して目をぎゅっと閉じるしか、もう俺にできることはなかった。

 すると直後、怒声が通路に響き渡る。

「待つのだ、騎士団長!」

 突然セドリックが後ろに引っ張られたかと思うと、なんと目の前に現れたのは獣王だった。獣王は片手に俺を抱き上げると、もう片方の手でセドリックを思い切り突き飛ばす。

「うわっ! 何をするっ! 私はヨウタ様をッ!」
「今そなたは宰相が仕込んだマタタビモドキという植物による影響で、酩酊状態にさせられているのだ! 目を覚ませ!」

 は? 今なんつった? マタタビモドキって言った? マタタビってあの、猫科の動物が漏れなくふにゃふにゃでろりんになるっていう、あれ? モドキってことは似たようなやつってことか?

「ち、違うッ! 私はヨウタ様と番うのだ!」
「いいから聞け!」

 ガオオオッ! というライオンの咆哮と同時に、黒いモヤがブワッと獣王から発せられた。次の瞬間、間近で咆哮と闇魔法を浴びせられたセドリックの目の焦点が宙を彷徨ったかと思うと、その場にズルズルと倒れ込んでいく。

「セ、セドリック!」
「……気絶、させただけだ……っ」

 ハアハアと荒い息を繰り返している獣王が、黄金の仮面を俺に向けた。

「神子様、申し訳ない……! 宰相がマタタビモドキという一部の獣人にのみ効果のある媚薬を神子様に持たせたと……っ!」
「えっ! ど、どれ?」
「恐らくは、その花飾りが……っ!」

 獣王の指が、俺の左耳に掛けられている花飾りを差した。……あーっ! あの熊おじさん、やけにおどおどしてると思ったら、こういうことだったのかよ!

「わっ、と、取るっ!」

 俺はすぐに髪から引っこ抜くと、誰もいない方向へポイッと投げる。ひいーっ! あのじいさん、本当ろくなことやらねえな!

「なんで宰相はこんなことをしたんですかっ!」

 獣王が、苦しそうな顔を俺に向ける。

「あやつは勝手に私を神子様の番い候補に入れたのだが……! 私にやる気がないことを知ると、私が神子様に欲情し既成事実を作るよう仕向けたのです……!」

 相手は王様とかそういうのが全部吹っ飛んで、俺は真顔で言った。

「あいつ最低だな」

 獣王が仮面の奥で、目を伏せる。

「返す言葉もございません……宰相は神子様のお姿が見えなくなったと同時に、まさか私が騎士団長と神子様を先に戻すとは思っていなかったと飛んできました。『すぐに追いかけないと猫族に奪われる』と、マタタビモドキの情報と共に……」
「マジでクソだな」

 俺は吐き捨てるように言った。あんのくそじじい、許すまじ。にしても恐ろしい効果だな、マタタビモドキ。

「仰る通りでございます……」

 獣王が項垂れた。俺を腕に抱いたまま。

「……事情は分かった。助けてもらったのは感謝もしてる。てことで、もう下ろしてもらっても?」

 だけど、獣王は一向に俺を下ろそうとしない。

「神子様、今少しこのまま……」

 とろんとした目を仮面から覗かせた獣王が、俺の腹の辺りに顔面を押し付けてくんかくんか吸い始めた。――て、おいっ! お前もかよ!

「ああ、宝珠の温かさよ……っ」
「ちょ、ちょっと獣王様? 待とうね?」

 獣王のもう片方の手が、ぷらんとぶら下がっている俺の足にある布を掻き分けて入ってくる。ひっ! と固まった俺の腹に顔を押し付けた獣王が、絞り出すように囁いた。

「いかに魅惑的であろうと望まぬと己に誓った……だがこの誘惑には抗えぬ……」
「いや抗って! なんで第二の危機があっさり訪れてんだよ!」

 ジタバタと暴れても、俺の服が乱れるだけだった。はっ! セドリックは正気に戻ってるんじゃ! と思って見たけど床に転がったまま動かないし、無礼とかそういうのを全部忘れて獣王の仮面をぐいぐい押しても微動だにしない。と、獣王の大きな手が服の壁を通り抜け、俺の内腿に――触れた。

「……ひっ」

 ゾワワワッ! と全身に鳥肌が立つ。頭の中がぐちゃぐちゃになって、今ここにはいない彼のことで頭の中が一杯になった。

「やめろ! ――グイードッ! 嫌だっ、助けて、助けてグイードぉっ!」

 涙がブワッと溢れてきて、視界が一気に滲んだ。

 もうどうしたらいいか分からなくなって、無我夢中でグイードの名前を叫ぶ。

 熱い息を繰り返す獣王が、俺の腹に押し当てていた顔を上げて唸った。

「やはりその名を呼ぶか……! だが、獣化した者は帝都には入り込めぬ……このまま私と番えば、狼族のことはいずれ諦め――、」
「……――ヨウタアアアアアアアアアアアッッッ!」

 突如目の前の獣王の頭が後ろにグワン! としなったかと思うと、カーンッ! という高い金属音が鳴り響く。多分、黄金の仮面が吹っ飛んだ音だ。「ぐわっ!」と獣王の手の力が緩んだ瞬間、何かが俺の襟首を掴んで後ろに放り投げた。

 地面に落ちる! と思ったけど、予想した衝撃は起きない。代わりにボフン! と落ちた先で受け止めてくれたのは、大分薄汚れてゴワゴワにはなっていたけど、懐かしくて大好きな俺のもふもふだった。
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