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17 天気は俺の気分
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その日の残りは、ずっとベッドに横になって過ごした。
宝寿の効果のお陰か、夜にはかなり回復していた。だけど元気になったのがバレちゃったら、エリンが止めてくれたとしても強引に部屋の外に連れ出されるかもしれない。なんせ獣王は有無を言わさず俺を拘束、拉致した張本人だ。この先の扱いが丁寧なものになるなんて楽観的な考えはしたら危険だってことくらい、単細胞の俺にだって分かった。
それに俺は、人攫いの獣人と馴れ合う気はない。だから「まだ具合がよくない」と主張して、せいぜいか弱い神子をアピールすべくベッドの住人になっていた。エリンには悪いけど、エリンにも体調が戻ったことは極力言いたくなかった。油断した隙に逃げられる機会があるかもしれないから、チャンスはひとつだって潰したくなかったんだ。
翌日になって例の宰相の使いが来て「是非ご挨拶を」と言ってきた。だけど俺が無言でふるふると首を横に振ると、エリンははっきり「神子様はお会いできません」と断ってくれた。獅子族に対して尊敬の念ってもんなんてなさそうなのは何となくだけど伝わってきたので、これは安心材料のひとつになった。
食事もベッドの上で取り、ひたすらゴロゴロする。布団に包まって雨の音を聞いていると、グイードにすっぽり包まれながら聞いた雨が地面を叩く優しい音が思い出されて、涙が滲んできた。
元の世界ですり減りながら生きてきた俺を、「変種の猿」と呼びながらも守ってくれていたグイード。両親と太郎を一度に失って以来、あんなに幸せ一杯に安心して過ごせたのは初めてのことだった。
俺が何者であろうとまるっと受け入れてくれた心優しい彼は今、何を思い、何をしてるんだろう。今はとにかく、俺が無事でいることを一秒でも早く伝えてあげたかった。
グイードがちょっとばかり興奮してしまってあれれな感じにはなっちゃったけど、あのせいで俺が出ていったと思ってないかな。そりゃまあびっくりはしたけど、言ってみれば生理現象だし。グイードがやっちまったって思ってるのは間違いないから、早く安心させてあげたい。あんなことでグイードと距離を置きはしないって。俺はやっぱりグイードの隣にいたいんだって。
「グイード……」
用意された部屋には壁一面の大きな窓が付いていて、ベランダに出られる仕様になっていた。窓の向こう側に見える景色は、一面の灰色。見事な土砂降りだ。
ベッドに横になりながら雨をぼんやりと眺めている俺を見て、エリンが目尻をそっとエプロンの端で拭った。
「神子様、お可哀そうに……」
エリンの話だと、俺がこっちの世界に来たくらいからずっと、時折小雨はあっても基本的には穏やかな晴天が続いてたらしい。俺がワイルドなスローライフを送って毎日もふもふー! て言いながらグイードにじゃれついてた期間のことだろう。
だけど、昨日俺が目覚めてから天候ががらりと変わって、突然大雨が降り始めたんだって。エリンは「神子様が狼族のお方と引き離され嘆き悲しんでおられるのが伝わり、心が痛いです」って言ってた。気候が穏やかに整うのは何となく分からなくはないけど、え、まさかその日の天気も俺の気分に左右されるの? どんだけ凄いんだよ、宝珠の効果。
俺の感情がダダ漏れでプライバシーゼロな天気だけど、いいこともあった。俺の気分が全然晴れてないアピールができるんだよな。現に、食い下がる大臣の使いに「神子様のご心痛は天候を見れば一目瞭然でしょう。お引き取り下さい」ってエリンも言えてたから、是非とも今後も同じ理由で断ってほしい。
ちなみに、部屋に閉じこもっていても生活になんら問題はなかった。貴賓室なのか、風呂もトイレも完備。久々に川の水じゃない風呂に入れたのは悪くはなかった。悔しいけど。
トイレはすっかりオープンエアに慣れ切っていたので、照準を合わせるのがちょっと懐かしく思った。自分で土を掘り起こして被せる手間暇がかからないのも、まあ楽っちゃ楽だ。
ちなみにやっぱりボットンでした。終わったら樽から手桶で水を汲んで、中に水を流すタイプ。エリンが流してくれるって言ったけど、俺はその役目を絶対に譲らなかった。無理だから。人に見られるって絶対ないよね、うん。
昨晩の内に、エリンは帝国騎士団に所属しているお兄さんに約束通り話を聞いてくれていた。
「獣王様が真っ先に神子様の元へ向かいすぐさま保護されたので、狼族と会うことはなかったと申しておりました」
「保護じゃないよね、拉致だよね?」
「……申し訳ありません」
エリンを責めたい訳じゃないけど、俺にだって言い分はある。足が二本見えたなーと思った瞬間に襲われたんだぞ。おかしいだろ、お前らのところの獣王。
「それでご相談なのですが」
急に真面目な顔になったエリンが、寝転がっている俺の横に来てしゃがみ込み、顔を近付けて声を潜める。
「なに?」
よく分からないながらも、俺も声を潜めた。こういうのってついやっちゃうよね。何でだろう?
「正直なところ、城務めばかりの私では外の状況をいまいち把握できないのです。お恥ずかしながら、帝都の外に出たこともなくて……」
「へー、そうなんだ。で?」
「ですので、もし神子様がお許しになられるのであれば、直接兄をこちらに呼んだ上でお話しされた方が早いかと思いまして」
「……お兄さんて誰の味方?」
つい批難めいた口調で尋ねると、エリンは慌てた様子で胸の前で両手をブンブン振った。
宝寿の効果のお陰か、夜にはかなり回復していた。だけど元気になったのがバレちゃったら、エリンが止めてくれたとしても強引に部屋の外に連れ出されるかもしれない。なんせ獣王は有無を言わさず俺を拘束、拉致した張本人だ。この先の扱いが丁寧なものになるなんて楽観的な考えはしたら危険だってことくらい、単細胞の俺にだって分かった。
それに俺は、人攫いの獣人と馴れ合う気はない。だから「まだ具合がよくない」と主張して、せいぜいか弱い神子をアピールすべくベッドの住人になっていた。エリンには悪いけど、エリンにも体調が戻ったことは極力言いたくなかった。油断した隙に逃げられる機会があるかもしれないから、チャンスはひとつだって潰したくなかったんだ。
翌日になって例の宰相の使いが来て「是非ご挨拶を」と言ってきた。だけど俺が無言でふるふると首を横に振ると、エリンははっきり「神子様はお会いできません」と断ってくれた。獅子族に対して尊敬の念ってもんなんてなさそうなのは何となくだけど伝わってきたので、これは安心材料のひとつになった。
食事もベッドの上で取り、ひたすらゴロゴロする。布団に包まって雨の音を聞いていると、グイードにすっぽり包まれながら聞いた雨が地面を叩く優しい音が思い出されて、涙が滲んできた。
元の世界ですり減りながら生きてきた俺を、「変種の猿」と呼びながらも守ってくれていたグイード。両親と太郎を一度に失って以来、あんなに幸せ一杯に安心して過ごせたのは初めてのことだった。
俺が何者であろうとまるっと受け入れてくれた心優しい彼は今、何を思い、何をしてるんだろう。今はとにかく、俺が無事でいることを一秒でも早く伝えてあげたかった。
グイードがちょっとばかり興奮してしまってあれれな感じにはなっちゃったけど、あのせいで俺が出ていったと思ってないかな。そりゃまあびっくりはしたけど、言ってみれば生理現象だし。グイードがやっちまったって思ってるのは間違いないから、早く安心させてあげたい。あんなことでグイードと距離を置きはしないって。俺はやっぱりグイードの隣にいたいんだって。
「グイード……」
用意された部屋には壁一面の大きな窓が付いていて、ベランダに出られる仕様になっていた。窓の向こう側に見える景色は、一面の灰色。見事な土砂降りだ。
ベッドに横になりながら雨をぼんやりと眺めている俺を見て、エリンが目尻をそっとエプロンの端で拭った。
「神子様、お可哀そうに……」
エリンの話だと、俺がこっちの世界に来たくらいからずっと、時折小雨はあっても基本的には穏やかな晴天が続いてたらしい。俺がワイルドなスローライフを送って毎日もふもふー! て言いながらグイードにじゃれついてた期間のことだろう。
だけど、昨日俺が目覚めてから天候ががらりと変わって、突然大雨が降り始めたんだって。エリンは「神子様が狼族のお方と引き離され嘆き悲しんでおられるのが伝わり、心が痛いです」って言ってた。気候が穏やかに整うのは何となく分からなくはないけど、え、まさかその日の天気も俺の気分に左右されるの? どんだけ凄いんだよ、宝珠の効果。
俺の感情がダダ漏れでプライバシーゼロな天気だけど、いいこともあった。俺の気分が全然晴れてないアピールができるんだよな。現に、食い下がる大臣の使いに「神子様のご心痛は天候を見れば一目瞭然でしょう。お引き取り下さい」ってエリンも言えてたから、是非とも今後も同じ理由で断ってほしい。
ちなみに、部屋に閉じこもっていても生活になんら問題はなかった。貴賓室なのか、風呂もトイレも完備。久々に川の水じゃない風呂に入れたのは悪くはなかった。悔しいけど。
トイレはすっかりオープンエアに慣れ切っていたので、照準を合わせるのがちょっと懐かしく思った。自分で土を掘り起こして被せる手間暇がかからないのも、まあ楽っちゃ楽だ。
ちなみにやっぱりボットンでした。終わったら樽から手桶で水を汲んで、中に水を流すタイプ。エリンが流してくれるって言ったけど、俺はその役目を絶対に譲らなかった。無理だから。人に見られるって絶対ないよね、うん。
昨晩の内に、エリンは帝国騎士団に所属しているお兄さんに約束通り話を聞いてくれていた。
「獣王様が真っ先に神子様の元へ向かいすぐさま保護されたので、狼族と会うことはなかったと申しておりました」
「保護じゃないよね、拉致だよね?」
「……申し訳ありません」
エリンを責めたい訳じゃないけど、俺にだって言い分はある。足が二本見えたなーと思った瞬間に襲われたんだぞ。おかしいだろ、お前らのところの獣王。
「それでご相談なのですが」
急に真面目な顔になったエリンが、寝転がっている俺の横に来てしゃがみ込み、顔を近付けて声を潜める。
「なに?」
よく分からないながらも、俺も声を潜めた。こういうのってついやっちゃうよね。何でだろう?
「正直なところ、城務めばかりの私では外の状況をいまいち把握できないのです。お恥ずかしながら、帝都の外に出たこともなくて……」
「へー、そうなんだ。で?」
「ですので、もし神子様がお許しになられるのであれば、直接兄をこちらに呼んだ上でお話しされた方が早いかと思いまして」
「……お兄さんて誰の味方?」
つい批難めいた口調で尋ねると、エリンは慌てた様子で胸の前で両手をブンブン振った。
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