宝珠の神子は優しい狼とスローライフを送りたい

緑虫

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1 神話と神様

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 昔々、獣たちが争いを繰り返す世界にひとりの神子かみこが降臨した。

 神子は体内に神から授けられた宝珠を持つ、唯一の人間だった。

 神に救世を託された神子は、縄張り意識が強い獣たちに種族を超えて共存していく素晴らしさを伝え続ける。

 最初は反発していた獣たちも、次第に神子の熱意に絆されていった。

 だが今度は、神子に陶酔した獣たちが神子の寵愛を独り占めにせんと争いを始める。血で血を洗う激しい死闘の末、勝者――獣王は決定したが、神子の腹の中には別の獣の子が宿っていることが判明した。

 怒り狂った獣王は、神子も神子の恋人も殺してしまう。

 我に返った獣王の前に残っていたのは、神子の腹から生まれ出た神子と恋敵の獣の子。

 すると、惨劇に嘆き悲しんだ神が降りてきて子供を連れて行こうとした。

 神子を愛していた獣王は、涙ながらに神に願った。この子を慈しみ大切に育てるから、どうか連れて行かないでほしいと。

 神子が消えた世界は灯りを失ったかのように昏く、このままではやがて世界は緩く朽ちていくと案じた神は――。

 神子の子を獣王とし、百年という短くはない時を無事に治めたら和を尊ぶ次の宝珠の神子を寄与し、世界に祝福を与え続けることを約束した。

 神子を寄越したのも、元は神の愛する世界を滅ぼしたくないが故のこと。

 ただし、と神は条件をひとつ付けた。それを破れば、世界は再び滅びへと向かうと。

 獣たちは、必ずや守ることを誓った。

 獣たちは神の慈悲に感謝し、百年毎に降臨してくる神子を慈しむことに全力を注ぐことになった――。

 これが、獣たちの世界に伝わる神話だ。

 長い間、獣の世界は平和だった。

 しかし、ある日を境に世界のバランスが少しずつ崩れていく。

 実り豊かだった大地は徐々に荒れ、穏やかだった気候は狂っていった。

 先代の神子は、短命だった。獣王の資格を持つ子を生んだ後、弱り儚くなった。

 明らかに世界の活力が失われていっている原因は、神子を早々に失ったことではないかと考えた獣人たちは――次代神子が降りてくるその日を、祈りながら待ち侘びることになったのだ――。



 白くて眩しい空間に、男だか女だか分からない人の声が響く。

「なかなか条件に合う人をタイムリーに見つけるのって大変なんだよねえ」

 条件? なんの話だろう。と考えて、あれ、今俺ってどこにいるの? という疑問が湧いてきた。

 さっきまで深夜のコンビニバイトをしていたのは確かだ。ようやく終わった帰って寝よう、と横断歩道を半分瞼を閉じながら渡っていた記憶があるけど、その後の記憶がぶっつり途切れている。

「若くて健康で相手を疑わない単細胞で平和主義者で」

 おい。それってもしや俺のこと言ってんのか。確かに困ってる仲間に金を貸してやったら返ってこないこととか時折あるけどさ。

「突然消えても大して話題にならないまま忘れ去られる程度の存在感で」

 おいおい。確かに俺はバイト三昧で友達もろくにいない天涯孤独の身ですけど、酷くね?

「許容範囲がゆるゆるで、動物大好きで更に動物の皮脂アレルギーも持ってなくて」

 おいおいおい、確かに俺はアレルギーは一切ないし、好き嫌いもほぼない。だけどゆるゆるはないだろ。俺にだって好みってもんはあるんだ! ええと……ミントチョコ! 歯磨き粉を食べてるみたいで苦手! ほら、ちゃんとあるじゃん、許容できないもの!

「かつ元の場所に未練があんまりない人って意外といなくてねえ」

 ……さっきから随分と好き勝手言われているけど、そもそもこいつ誰だ? なんで俺のことをよく知ってるような口調で喋ってるんだろう。

 声が近付いてきた。

「ヨウタ、君は事故に遭い死ぬ運命だったところを、条件に合った為、死の直前に私に連れて来られたのだ」

 事故? え、そういや最後の記憶って、車のブレーキ音だったかもしれない。え、じゃあなに? これって今流行りの異世界転移ってやつなの?

 無料で読める投稿サイトでいくつも読んだことがあるな。そうしたら、俺ってもしかしてこの声の主からチート能力とかもらえて苦労しなくて済むスローライフが待ってたりするの? え、ちょっと万歳かも。

 バイト三昧の日々で生活はいつもかつかつでさ、この先俺ってどうなるんだろうって考えると暗い未来しか思い浮かばなくて、寝て忘れようとする毎日だったから。

 この際、スローライフじゃなくてもいい。勇者とかになって剣を持って戦って世界に平和をもたらす役でもいいな。仲間と絆を深めながら、その内可愛い魔術師ちゃんと恋に落ちちゃったりして、へへ。

「うーむ、顔立ちは思った以上に平凡そのものだが……。少しツンとした鼻は特徴的で悪くないと思うぞ。それに垂れ目は敵意を感じさせにくい。そもそも人間はヨウタひとりだから、多少顔がパッとしなくても問題ないだろう! 君のお気楽さなら何とでもなるだろうしな」

 平凡な顔で悪かったな。ていうか待て待て、人間が俺だけってどういうことだよ。ちょっと、ちゃんと説明を――。

 温かい気配が、俺の身体を包み込む。……眠くなってきた。いや、待ってよ。まだ俺、チート能力が何かを聞いてないぞ――……。

「私はあまり干渉できない身なのでな。頑張って長生きしてくれとしか言えぬが。餞別として体内に宝珠を授けるので、これで頑張ってほしい」

 ほ、宝珠? 体内に授けるって、どういうこと? 俺、神様にインプランティングされるの? 異世界転移が一気にSFになってるんだけど。

「宝珠とは、簡単に言うとエネルギー増強装置のようなものだが、ちょっとやそっとの病気や怪我はすぐに治るようになる。詳細については現地の者から詳しく聞いてくれ」

 まさかの素で放り出す系? ていうか丸投げじゃないか! うっそ、ちょっと待――。

「では達者でな、ヨウタ。君に幸あれ」

 次の瞬間、唐突に俺を支えていた全てが消え失せ。

「……うっそおおおおっ!」

 俺は真下に向かって落ちていった。
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