世界樹の贄の愛が重すぎる

緑虫

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58 ラータの訴え

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 じゅ、じゅる、と湿り気を帯びた音と共に、深くに沈んでいた意識が浮かび上がる。

 口が何か温かくてぬめった物に覆われていて、息苦しかった。

 息をしようと胸を膨らませると、口を覆っていた物が離れる。はあっと大きく息を吸い込むと、同時に甘い香りが鼻孔に広がった。

 なんだっけ、この甘いの。そういえば、口の中も甘い気がする。

「あ……」

 声を出そうとしたけど、弱々しい呟きが出ただけだった。

 すると、再び口が温かい物に覆われる。咄嗟に唇を閉じると、トントン、と何かが唇を小さく叩いて「開けて」と訴えた。僕が開けないでいると、固くて温かい物がぐりぐりと口の中に入り込んでくる。

 こじ開けられた唇の間から、甘くて美味しいとろりとした液体が流れ込んできた。……これ、前も食べたこと、あるかも。

 ごくん、と喉が音を立てて液体を呑み込む。熱かった背中に、じわりと穏やかな感覚が広がっていった。強張っていた身体から、徐々に力が抜けていく。

「……と、もっと」
「うん、待ってて」

 あれ、ユグの声がした。じゃあこれはユグか。ユグは大丈夫? どうして僕はユグにキスされてるの? でも気持ちよくてふわふわするから、もっとほしい。

 シャク、と音が聞こえて、再びユグが僕に口移しで食べさせてくれる。今度は口を大きく開けて、自分から貪るようにユグの口の中のものを吸い出した。

 舌を絡めて、ユグの中にある味を全部味わう。ああこれは世界樹の実だ、とようやく思い出した。ラータかユグが採ってきてくれたんだろう。だけど何故?

 何度も何度も同じことが繰り返されて、少しずつ意識が明瞭に変わってきた。

 ゆっくりと瞼を開くと、炎の明かりに浮かぶ黄金色の瞳が心配そうに僕を覗き込んでいる。可愛いなあ、と手を伸ばして、ユグの頬を撫でた。

「アーウィン、痛くない?」
「痛い? 僕……どうしたんだっけ?」

 答えた途端、ユグが「はあ……っ」と大きく息を吐き、身体の力を抜く。じわりと滲む目尻の涙に、自分が何かしでかしてユグを相当心配させてしまっていたことに気付いた。

 痛い、痛い……ええと、あ、もしかして。

「僕、ファトマさんに斬られた?」
「背中に大きく。血だらけで、顔真っ白で、こ、怖かった……!」

 ポタポタとこぼれ落ちる涙が、今日も可愛い。

「ごめん……シュバクくんに当たりそうだったから、つい」
「うん……分かるけど、分かってるけど!」

 ぎゅうう、と抱き寄せられると、身体の上を何かが滑り落ちていく感触があった。やけにスースーする。そしてやけにぴったりとユグの上半身裸の肌に張り付く身体。

 まさか……と思って自分の姿を見下ろすと。

 見慣れたユグのお家の中で、胡座を掻いたユグの上に横抱きに寝かされていた僕は、一糸まとわぬ姿になっていた。肌の所々に付いている血痕から、血だらけの服を脱がせてくれたと分かるけど、でも、でも……!

「……アーウィン?」
「あ、いや、そのっ」

 顔を上げたユグが、僕の目線の先を追う。

「……ああ」

 ああ、じゃない! 僕の僕が元気になっちゃってるんだけど、一体どうして!? と僕は軽く混乱中だった。

「世界樹の実、食べたからだ。アーウィン、出す?」

 ユグが躊躇いもなく手を伸ばす。

「わーっ! ま、待ってよ!」

 ユグの手を掴み、寸でのところで止めた。そりゃあ出したらスッキリするのは分かっているけど、今はそれどころじゃない!

「アーウィン? 嫌?」

 ちょっと悲しそうに首を傾げるユグ。あ、それ僕が許してあげたくなっちゃう狡いおねだりじゃないか!

「そ、そうじゃなくて! 先に祭壇に『命の水』を捧げないとだよ!」

 ユグの上からどこうとした、その瞬間!

 僕の足に、激痛が走った。

「――いてえええっ!」
「えっ、アーウィン!?」
「痛い痛い痛いっ! な、なに!?」

 半泣きになりながらジンジン痛む足先を覗き込む。するとなんてこった。僕の足に齧り付いているのは、ラータじゃないか。

「ラータ!? なんで齧ってるんだよ!」
「キッ!」

 勇ましく返事をされても。

「ラータ? どうした?」

 ほら、ユグだって不審そうな顔じゃないか。

「と、とにかく、一旦起きて――あいたたたっ!」

 起き上がろうとすると、ラータの鋭い歯が再び僕の足に突き刺さった。なんでぇ!?

「痛いよラータ! もう、なんなんだよ!」
「キッ!」

 いいか聞け! みたいな雰囲気で、ラータがすっくと立ち上がる。そして僕の足に両手を突くと、いきなり腰をへこへこさせたじゃないか。

「ラ、ラータ……? どうしたの?」
「キイッ!」

 地団駄を踏むラータ。全然分からなくてユグを振り返ってみた。ユグは不思議そうな顔でラータを凝視している。

「キッ!」

 いいかもう一回見てろ! みたいな態度で、ラータが再び腰をへこへこ動かし始めた。

「え、まさか、ラータが発情期?」
「キイイッ!」

 ぶんぶんと首を横に振られる。違うらしい。

 じゃあなんだろう? と考えていると、真剣な声でユグがとんでもないことを言った。

「……子作りをしろと言っている、気がする」
「キッ!」

 ラータが嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる。え……えええええっ!?

「ちょ、ちょっと待ってよラータ! 今はそれどころじゃないだろ!? 早く『命の水』を……イタタタッ!」

 今度は指を噛まれた! 痛い、痛いってば! 僕、さっきまで怪我人だったのに!

 ユグが真面目な表情のまま、一所懸命何かを訴えようとしているラータを見ている。

「ラータ、もしかして『命の水』は血じゃないって言ってる?」
「キッ!」

 ラータが再び飛び跳ねた。

「えっ違うの!?」
「キッ!」

 今度は大きく頷く。

「ええ……じゃあ何? これじゃ振り出しに戻っちゃうよ……っ」

 うろ覚えの記憶では、ワドナンさんがファトマさんを拘束するようなことは言っていた。だからといって、守り人全員が再びワドナンさんに従うとは限らない。とにかくユグの『命の水』を祭壇の器に捧げないといけないことに、代わりはないんだから。

 と、またもやラータが僕の足にへこへこし始める。……ん? 『命の水』、子作り……?

 その可能性に気付いた途端、僕の全身がカアアアッ! と熱くなった。ユグがすぐに気付いて、心配そうに僕の顔を覗き込む。

「アーウィン、大丈夫?」
「あ、あ、あのさ……っ」

 嘘だろ、まさかそんなことだったなんて、とぐるぐる考えながら、恐る恐るラータに尋ねてみた。

「ラータ……」
「キッ」

 なんでも聞け、みたいな偉そうな態度でふんぞり返るラータ。

「もしかしてなんですが……器に捧げるのって、守り人の精液……?」
「キキッ!」

 ラータは嬉しそうに飛び跳ねると、突然走り出した。

 僕は愕然とする。まあ、確かに『命の水』ですよね……と遠い目になった。間違ってはいない。いないけども!

 不思議な行動を取り続けるラータを目で追っていると、ユグの後ろに置いてあった世界樹の実らしき物をひとつ持ち上げ、よたよたと僕らの元へとやってくる。

「キッ」
「……食べろと?」
「キッ」

 地面に置いた世界樹の実に、再びヘコヘコし始めるラータ。

「つまり、子作りしろ、と」
「キッ!」

 マジですか。

 どうしたらいいの? と思いながらユグを振り返る。

「……アーウィン、孕ませていい?」

 顔を赤く染めたユグが、照れくさそうに尋ねてきた。
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