世界樹の贄の愛が重すぎる

緑虫

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 話し合いの結果、僕らは二手に分かれて行動しようという話になった。

 ワドナンさんと僕は、ユグの元へと向かう。それからユグの意思を確認した上で、ユグの血を祭壇に捧げる計画だ。

 理由は、世界樹の声が一番明確に聞こえる守り人が守り人一族の長となる、と器に書かれていたからだ。

 長に仇なす者は守り人、ひいては世界樹の意思に反すると受け取られる。ファトマさんがこれ以上ユグに手を出せないようにする為に、四人で額を集めて出した結論だった。

 元々次期族長とされていたワドナンさんはどうかという議論も、勿論出た。だけどワドナンさんが「それでは隠れて生き続けたあの子の立場の弱さは変わらん」と主張する。

 ワドナンさんは、何らかの理由を付けてファトマさんがユグを排除しようとするのではと恐れていた。そんなに心配するほど、ファトマさんは元々ユグのことが嫌いだったんだろうか。でも、何故?

 ここで重要になるのが、ファトマさんには器に血を捧げると声が聞けるようになる事実を伝えてはならないということだ。

 どうもファトマさんからは、守り人一族を率いたいという願望が透けて見える。

 革新派の代表的存在の彼は、伴侶のローニャさんが長老の孫であることを理由に、本来は持ち得ない権力を振り翳して守り人一族を先導してきた。

 そんなファトマさんが血のことを知った瞬間、再びユグの命は危険に晒される可能性が高い。ファトマさんがユグを排除した上で自分の血を登録して守り人一族を勝手に動かし始めたら、今度こそ世界は滅びてしまうことだって十分にあり得るんだ。

 ファトマさんのユグに対する弟とも思わないこれまでの対応の理由を、ワドナンさんに尋ねてみた。

 すると、ワドナンさんがムスッとした表情で首を横に振る。

「何故あいつがあそこまであの子を忌み嫌っていたのかが分かれば対処のしようもあると思うが、俺にもさっぱり分からんのだ」
「ファトマさんはユグを嫌っているんですか? 元々『贄』として生まれたからそう対応していたのではなく?」

 ワドナンさんが悔しそうな顔で頷いた。

「ファトマはあの子をまともに扱ったことはなかった。だが、それは守り人全体に言えたことだがな……。俺はあの子が甘えたがっていることを知りながら、ひとりで生きていけるようにと泣くあの子に生きるすべを詰め込んだ。あの子はさぞや俺を嫌っていたことだろうな」

 フッと寂しそうな溜息を吐く。なるほど、ユグのやけに高い生活能力はワドナンさんに叩き込まれたものだったらしい。小さな子供だったユグが編み物ができたり火を起こせたり、おかしいと思ってたんだ。

「ファトマは口が達者だからな。大人から見たら感情など込められていない言葉をあの子に語り続けた結果、ファトマの言葉を信じた。……分かってはいたが、どうしようもなかったんだ」
「確かに……ユグはファトマさんの酷い言葉も、みんな好意的に受け取ってました……」
「やはり……な……」

 しんみりしてしまった僕たちに、ヨルトが場の雰囲気を変えるように明るい笑顔で切り出した。

「それで、我々は村に残りニッシュ殿を介しローニャ殿に接触、ローニャ殿の協力を得た上でシュバク殿を守ればいいのだな?」
「ニッシュさんという方は、ファトマさんの傍にいつも控えていた大きな身体の人ですよね? あの方と連携を取る、と……ふふ」

 大きい癖に気弱そうなところがちょっと好みなんですよね、とドルグが舌舐めずりをしながら妖艶に微笑んだ。……あれ、ニッシュさんってもしかして狙われている?

 ヨルトが「あれがいいのか? 小人族の好みは分からん。俺としてはローニャ殿のような儚さが欲しいところだがな」と首を傾げている。この人たち、切り替え早いな……。

 ワドナンさんが呆れたような長い息を吐いた後、膝を叩いて立ち上がった。

「色恋沙汰は後回しにしてくれ。とにかく今は人命を守ること、そして世界樹の声を正しき者が聞けるようにすることだぞ」
「――はい!」

 僕たちは拳を突き合わせると、大きく頷き合う。

 と、その時。

 カリカリ、と扉が外から擦られている音が聞こえてきたじゃないか。な、なにこれ?

「何だこの音は?」

 四人で顔を見合わせた。何か鋭いもので引っ掻かれているような音に聞こえる。

「……外に誰かいるのか?」

 ヨルトの問いかけに、ドルグがスッと扉の方に手を翳す。半眼になり、じっと扉の方を見つめた。――マナで気配を探っているんだろうか。

「……ああ、」

 やがて分かったのか、不思議そうな顔になると言った。

「……動物が外にいるようです。随分と熱心に引っ掻いていますが。『守り人の村』で動物でも飼われているんですか?」
「動物? いいや。ちなみにどんなのだ? 村の中にはそもそも動物があまり寄ってこないのだが」

 ワドナンさんが怪訝そうな表情のまま、教えてくれる。聖域は餌も豊富なので、周辺に住む動物はあえて守り人の住む村へ入り込む必要がないんだそうだ。所謂棲み分けができているってことなんだろう。
 
 ドルグがなんとも言えない微妙な顔になった。この間も、カリカリカリカリと音は続いている。……まさか。

「小さいですねえ……。なんでしょう? その割に随分とマナに満ち溢れていてかなり異様なのですが……」
「マナに満ち溢れている? どういうことだ?」

 ヨルトの眉間に皺が寄った。僕は会話の内容についていけなくて、ただ二人の会話を追うことしかできない。マナは専門外だから仕方ないけど、無知な自分がちょっぴり情けない。

 僕の困惑した視線に気付いたのか、ドルグが小さく微笑みながら教えてくれた。

「通常、普通の動植物は大量にマナを保有していないのです。この地、世界樹の根元でも、それは変わりありませんでした」
「つまり、外にいる動物は普通じゃないってことです?」
「その通りです」

 ドルグは少し高揚した様子で頷く。

「一体どんな動物なんでしょうかね? 聖域の固有種? ああ、捕まえて実験してもいいのでしょうか……!」

 ワクワクの方向がやばかった。ドルグが、扉を見つめ続けながら笑う。

「はは! 私の言葉を理解したのですか? 怒っているのが伝わってきます……! これは期待できそうですよ!」

 その瞬間、僕は分かった。大急ぎでドルグと扉の間に身体を滑り込ませる。

 言葉を理解する小さい動物なんて、あの子しかいないじゃないか。

「駄目、実験禁止! ラータはユグの家族だし、僕の友達だから!」
「……『ラータ』? アーウィン、どこからその名を知った?」

 ワドナンさんが目を瞠った。

「え? ラータの名前は、ユグが」
「……あれは、もしやリスか?」

 驚いた顔のまま、ワドナンさんが尋ねる。あれ? ワドナンさんはもしかしてラータを知ってるのかな?

 こくこくと首を縦に振った。

「そ、そうだと思います! ね、ラータ! 君だよね!?」

 僕の声に呼応するように、ラータと思わしき者の声が扉の向こうから「キキッ! キイイイッ!」と声を荒げた。……うん、ラータだね。大分怒ってるのが伝わってくるよ。

「間違いなくラータですね。あの子、人の言葉を理解しているようなので」

 ワドナンさんが更に目を大きく開くと、扉に飛びついた。
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