世界樹の贄の愛が重すぎる

緑虫

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29 革新派の代表

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 ユグと三日かけて掘り起こした石盤は、祭壇と石盤について書かれていた。

 石盤の下半分には絵が描かれていて、絵の中心にあるのが祭壇と思われる四角だ。正方形に描かれた祭壇の周りを、石盤がぐるりと囲んでいる。祭壇の上の方には、世界樹が描かれていた。

 石盤の上半分には古代語が刻まれていて、所々欠けてはいたけど大体の文字は拾い出すことができた。

『命の水』、『迷える時』、『守り人の子』。あとは『祭壇』、『石盤が導く』とある。前後を予測して繋げると、守り人の子が迷える時、石盤が導いてくれるということかと推測した。命の水の意味が分からないので、その部分の考察は後回しにする。

 石盤を用意したのは、恐らくは後世に情報を残す為。見つけやすいよう、あえて祭壇を取り囲むようにして石盤を配置したのかもしれない。

 最初に見た石盤と、この石盤。石盤の言う通り祭壇を中心にして設置されたと仮定すると、石盤のある高さがおかしいことに気付いた。

 二つとも、祭壇がある高さよりも随分と上の方にあるのだ。しかも両方とも、世界樹や他の木に半分呑まれている。

「あ、まさか、木の成長と共に押し上げられたとか?」

 石盤の高さがバラバラなのは、それなら説明がつく。だとしても、重い石盤を上へと押し上げるなんて、どれだけの歳月がかかったのか。想像もつかなかった。

 この石盤の調査が終わったところで、ユグが知る次の石盤の元へ向かうことになった。

 残念ながらこちらの石盤は、殆ど表面が削れてしまっていて読める状態じゃなかった。でも、重要な事実は入手できた。

 石盤の位置情報だ。

「ここと、ここと、ここか」

 お手製地図に、石盤があった場所を記入していく。二つの情報しかなかった時は推測できなかった中心の位置も、三つ目の石盤のお陰で大まかにだけど推測がつくようになる。

 石盤は、とある一点を中心として示しているように見えた。

 だけど。

「あれ? でも、これだと祭壇の位置とずれてないか?」

 石盤の絵に間違いがなければ、祭壇を中心にして石盤は置かれている。だとしたら、僕が出入りする緑の壁がある祭壇の場所が中心になっていないと辻褄が合わない。

 パラパラと手帳をめくり、二番目の石盤の絵を模写した頁を開いた。

「あれ? そういえば、どうして祭壇だけ真四角なんだろう?」

 石盤に描かれていた石盤の絵は、ちゃんと石盤の縦長の形に描かれている。実際にこの目で確認した祭壇は棺のような形をしているのに、絵にあるのは真四角だ。

「なーんかこれ、どこかで見たような――あっ」

 思い出した。ユグのお家の奥に、こんな形の人工物があったじゃないか。

 あれからユグに言って中を調査しようと思っていたけど、石盤の調査が終わった途端ユグが「次の場所、オレ知ってる!」と目を輝かせて急かすので、後回しにしてしまっていた。

「じゃあ今日あたり、あそこを調査させてもらおうかな?」

 そう思って、与えられた虚から白ばみはじめた空を見ていると。

「ん?」

 遠くの空が、黒くなってきている。ゴロゴロゴロ、と雷が鳴る音も僅かだけど聞こえてくる。雷雲だ。

「あちゃー」

 ユグには、雨の日は濡れたら足場も危険だし風邪を引くかもしれないから調査はお休みだ、と伝えてあった。これまで雨が一度もなかったのは、単に幸運だっただけなのかもしれない。

 ユグががっかりして肩を落としている姿が脳裏に浮かんだ。

「ユグ……」

 本当は、雨だろうが行ってあげたい。だけど過保護な巨人族と小人族が何を言い出すか分からない以上、迂闊な行動は取れなかった。

 ポツポツと振り始めた雨は次第に大粒に代わり、地面を泥に変えていく。

「仕方ないよね、うん……」

 雨、早く止まないかな。

「――うう、体力回復しようっと!」

 布団を頭から被ると、ユグの笑顔を思い浮かべながら二度寝を決め込んだ僕だった。



 土砂降りの雨の中、ワドナンさんが呼びに来た。

「人間代表。外に出た者が帰ってきたから、これから紹介する。来い」
「えっ! 本当ですか!」
「嘘を吐いてどうする」

 ムスッとした表情のワドナンさんが、よく乾燥させた草を重ねた雨具を僕の頭から被せる。

「着ていろ」

 ぶっきらぼうだけど、行動は優しい。

「ありがとうございます!」
「ふん。風邪でも引いたら俺の負担が増えるからな」

 あれ以来ワドナンさんはぶすっとしながらも、細やかに僕の世話を焼いてくれるようになった。

「ですよね! うわあ、嬉しいです! やっぱりワドナンさんは優しいですね!」
「さっさと着ろ。あいつは気が短い」
「あ、はい、すみません!」

 急いで雨具を被ると、虚の外に出る。雨は打ち付けるような勢いに変わっていた。地面に小川ができて、ものすごい勢いで流れている。

「こっちだ」
「はい!」

 僕がワドナンさんと少しだけ打ち解けた後、ヨルトやドルグが「あの守り人は、アーウィンと少し距離が近すぎやしないか?」「私もそう思います。はっ、まさかアーウィンの魅力にやられたのでは!」なんて馬鹿なことを言っているのをチラッと聞いた。あの二人ってどうしてああなんだろう。謎だ。

 バチャバチャと水を踏みながら、集会所となっている東屋へ連れて行かれた。

「おお、アーウィン来たか!」

 大きなヨルトが、僕を見つけてにこやかに手を上げる。赤い髪の毛は雨で濡れてぺちゃんこになっていた。

「あれ、雨具なんてあったんですか? 私も借りたかったです」

 こちらもびしょ濡れになって服が身体にぴったりと貼り付き煽情的な姿を見せているドルグが、羨ましそうに言った。

 嘘、まさか僕だけ?

 慌てて横にいるワドナンさんを見ると、「あの二人は頑丈そうだからな」とうそぶく。雨具を着ていたのは、僕とワドナンさんだけだった。

 すると、聞いたことのない男性の笑い声が響いてくる。

「はは、父さんが気に入るとは珍しいこともあるものだ」
「父さん?」

 雨具を脱ぎながら声の主を探すと、東屋の中心に男性が二人と七、八歳くらいに見える男の子が座っていた。

「息子たちと孫だ」

 ワドナンさんが感情が読めない声で教えてくれる。

「息子さんですか! へえー!」

 喋った方は、三十代に見える中年男性。ワドナンさんよりは体格がいい。腰まで届く長い髪の毛をひとつの大きな三つ編みにしていた。にこやかにこちらを見ている。

 誰かに似てるなあなんて既視感を覚えたけど、考えてみたらワドナンさんの息子さんなら似てるに決まってるか。

 中年男性の隣に座っている、細めの男性に視線を移す。少しきつい印象の顔立ちだけど、中性的な美人だ。僕よりは年上そうだけど、中年男性よりは大分若そうに見える。あの人もワドナンさんの息子ってことだけど、ちっとも似ていなかった。ワドナンさんは一体何人子供がいるんだろう?

 次に、姿勢よく座っている男の子を見る。若い方の男性に似た顔立ちをしているから、あの人の息子さんてことだろうか。

 あの子が研究者の間で話題になった革新派の伝令? と思ったけど、最初の伝令が現れたのは八年前の話だから別人だとすぐに思い直した。

「俺はファトマという。人間代表よ、よく来てくれた」

 中年男性のファトマさんが、貫禄のある笑みを浮かべて挨拶を口にする。

 あれ? よく来てくれたって言うなんて、ワドナンさんは中立の立場な筈なのに、息子のファトマさんは革新派なのかな?

 不思議に思いながらも、ぺこりと挨拶をした。

「人間代表のアーウィンです。よろしくお願いします」

 ファトマさんが、満足気に頷く。なんだかとっても偉そうだなあ、と思ったのは内緒だ。

「それでは三種族代表が集まったところで、これまでの調査結果を聞かせてもらえないか」
「は、はい!」

 こうして、帰ってきた革新派の事実上の代表、ファトマさんに報告することになったのだった。
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