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28 命の恩人
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しばらくしてユグは戻ってくると、皮を剥いだ蛇が突き刺さった枝を焚き火の横にぶすっと刺した。きょ、強烈……!
「ラータ」
「キッ」
ラータの前に木の実と果物を置くと、ラータは偉そうにひとつ頷いてみせる。よくやったとでも言っているような雰囲気に、何とも言えない気持ちになった。そもそもリスって自分で餌を取ってくるんじゃないのか。すごいな、ラータの当然とでも思ってそうなふんぞり具合。
「アーウィン、これ」
「ありがとう!」
ユグが採ってきてくれた果物を受け取り、焚き火の前に並んで座りながら早速いただく。うーん、美味しい!
そういえば、と気になっていたことを尋ねた。これまではユグにどこまで聞いていいか分からなかったけど、今後ユグに関することは全て確認していくつもりだった。
ユグの自由を確実に勝ち取る為には、どんな情報も貴重だから。
「あのさ、最初の日に僕に食べさせてくれた果物があるでしょ?」
「うん」
「あれってもしかして、世界樹の実?」
「うん、そう」
あっさりと返事がくる。特に秘密って訳じゃなかったらしい。まあここには僕とユグしかいないしね。あ、ラータもいるけど。
「あの時、特別って言ってたのは何で?」
串の方向を変えながら、ユグが答えた。
「前、沢山あった。今は世界樹の実、は、少ない。貴重? だから」
なるほどなるほど。世界樹が枯れ始めていることにももしかしたら原因があるのかな?
「へえ。ユグは村にいる時に食べたことあったの?」
これにはふるふると首を横に振るユグ。
「村で食べていい、母親になる守り人だけ」
「ふうん? お腹に子供がいると沢山栄養いるもんねえ」
栄養たっぷりだから滋養強壮的な意味合いだと思ったら、否定された。
「違う。子供ほしい守り人、食べる」
「ほしい人? 妊婦さんじゃなくてってこと?」
「うん」
「へえ……?」
よく分からないなあ、と思って質問を重ねようとしたその時。
ユグが木の実をシャリシャリと齧っているラータを優しく目を細めて眺めながら、さらりと言った。
「世界樹の実、ラータがくれた」
「へ? どういうこと?」
そういえば、さっきイチャイチャしている時に「ラータは命の恩人」だと言っていた。一緒に過ごしてくれる大切な仲間って意味なのかと思っていたけど、違うのか。
「オレ、祭壇の穴……から落ちた。穴の途中、に、枝あって、先、に、行けなかった」
顔を上げて、ユグを見る。声は出なかった。何を言っていいか分からなかったからだ。
「オレ、痛くて泣いた。穴の奥からラータ来て、横、に、穴掘ってくれた。オレ、も、一緒堀った」
「は……」
ラータは次の実を手に抱えた。
「堀った穴から、オレ落ちた。ここに」
「えっ! ここ!?」
「うん、あそこ」
ユグは天井を指差す。確かに天井に張り巡らされた根っこの間に、一箇所小さめな穴が空いていた。あんな高い所から落ちたのか。大怪我を負った子供が。唖然とした。
「オレ、痛くて動けなくて」
「そりゃそうだよ……! そんな怪我をしてたのに!」
さらっと穴を堀ったと言っているけど、大怪我をした状態での作業だ。どれだけ辛かっただろうと思うと、十年も前の話なんて関係なく涙が滲んできてしまった。
ユグは僕を見ると小さく微笑んで、目尻にチュッとキスを落とす。
「もう痛くない。大丈夫。――泣いて、叫んでたら、ラータ、が、世界樹の実、くれた」
「ラータが……?」
ここまで聞いて、ようやく理解した。ラータが命の恩人だという意味を。人じゃないけど。
「オレ、必死、食べた。血、止まった」
「そうだったんだね……」
僕が落ちてきたあの日、僕は打ち身と擦り傷だらけだったけど出血や骨折はしていなかった。それでも世界樹の実は多分三個は食べている。
大きな傷を完全に治すには、一個じゃ足らなかったんだ。だからユグの身体には、傷が残ってしまった。
「ラータ、それから、オレの隣、に、ずっといる」
「ユグ……」
ラータ、大切な家族。
そう言って食事に夢中なラータを見つめるユグの表情は、ただひたすら優しいものだった。
◇
石盤を覆い隠す根っこや土の除去作業は、僕の体力を思ったよりも多く奪っていたらしい。
食事が終わる頃には僕はウトウトしてしまい、ユグが慌てて火の前に布団用の編布を持ってきて寝かせてくれた。
「ごめんねえ……沢山お喋りしようと思ってた、のに……」
目を開けているのが辛い。ちゃんと声を出せているのかも分からないほどの眠さに襲われた僕は、「ううん、大丈夫」と耳元で囁く声にほっと息を吐いた。
「アーウィン、おやすみ」
ユグのキスが額に落ちる。
「ん……」
ユグの腕枕はポカポカして暖かくて、あっという間に深い眠りについた。
突如、ハッとして目を開ける。焚き火の火は消えていて、細い白い煙が立ち昇っていた。
薄暗くはあるけど虚の中が明るい。朝まで爆睡していたらしい。
僕の身体はユグの腕に包まれていて、上には布団代わりの布が掛けられていた。ほかほかだ。
ユグを起こさないように、そうっとユグの顔を盗み見る。
「……ふふ、可愛い」
初めて見たユグの寝顔は、無邪気そのものだった。長いまつ毛が下瞼に影を落としている。薄くて形のいい唇は小さく開いていて、すー、すー、という気持ちよさそうな寝息が漏れていた。
突然うず、としてしまって、ゆっくりと身体を起こす。ユグの頬に唇を押し当てると、ユグが「ん……」と小さな声を出した。こうしていると小さな子供みたいだ。
ユグの口に貼り付いていた髪の毛をそっと取ってやると、ユグの瞼がゆっくりと開く。黄金色の虹彩が覗く目が、僕を認識した瞬間嬉しそうに弧を描いた。
「……夢、じゃない?」
「夢じゃないよ、ユグ」
「オレ、アーウィンのもののまま?」
なんて可愛いことを言うんだ。堪らずにユグの口に吸い付く。
かぷ、と唇を軽く食んでから、小さく笑いかけた。
「ユグは僕のものだし、僕はユグのものだよ」
「……!」
ユグの腕が、僕の背中を抱き寄せる。開かれていく口に吸い込まれるように唇を重ね。
「……おはよう、ユグ」
「うん、おはよう」
新しい一日が始まった。
「ラータ」
「キッ」
ラータの前に木の実と果物を置くと、ラータは偉そうにひとつ頷いてみせる。よくやったとでも言っているような雰囲気に、何とも言えない気持ちになった。そもそもリスって自分で餌を取ってくるんじゃないのか。すごいな、ラータの当然とでも思ってそうなふんぞり具合。
「アーウィン、これ」
「ありがとう!」
ユグが採ってきてくれた果物を受け取り、焚き火の前に並んで座りながら早速いただく。うーん、美味しい!
そういえば、と気になっていたことを尋ねた。これまではユグにどこまで聞いていいか分からなかったけど、今後ユグに関することは全て確認していくつもりだった。
ユグの自由を確実に勝ち取る為には、どんな情報も貴重だから。
「あのさ、最初の日に僕に食べさせてくれた果物があるでしょ?」
「うん」
「あれってもしかして、世界樹の実?」
「うん、そう」
あっさりと返事がくる。特に秘密って訳じゃなかったらしい。まあここには僕とユグしかいないしね。あ、ラータもいるけど。
「あの時、特別って言ってたのは何で?」
串の方向を変えながら、ユグが答えた。
「前、沢山あった。今は世界樹の実、は、少ない。貴重? だから」
なるほどなるほど。世界樹が枯れ始めていることにももしかしたら原因があるのかな?
「へえ。ユグは村にいる時に食べたことあったの?」
これにはふるふると首を横に振るユグ。
「村で食べていい、母親になる守り人だけ」
「ふうん? お腹に子供がいると沢山栄養いるもんねえ」
栄養たっぷりだから滋養強壮的な意味合いだと思ったら、否定された。
「違う。子供ほしい守り人、食べる」
「ほしい人? 妊婦さんじゃなくてってこと?」
「うん」
「へえ……?」
よく分からないなあ、と思って質問を重ねようとしたその時。
ユグが木の実をシャリシャリと齧っているラータを優しく目を細めて眺めながら、さらりと言った。
「世界樹の実、ラータがくれた」
「へ? どういうこと?」
そういえば、さっきイチャイチャしている時に「ラータは命の恩人」だと言っていた。一緒に過ごしてくれる大切な仲間って意味なのかと思っていたけど、違うのか。
「オレ、祭壇の穴……から落ちた。穴の途中、に、枝あって、先、に、行けなかった」
顔を上げて、ユグを見る。声は出なかった。何を言っていいか分からなかったからだ。
「オレ、痛くて泣いた。穴の奥からラータ来て、横、に、穴掘ってくれた。オレ、も、一緒堀った」
「は……」
ラータは次の実を手に抱えた。
「堀った穴から、オレ落ちた。ここに」
「えっ! ここ!?」
「うん、あそこ」
ユグは天井を指差す。確かに天井に張り巡らされた根っこの間に、一箇所小さめな穴が空いていた。あんな高い所から落ちたのか。大怪我を負った子供が。唖然とした。
「オレ、痛くて動けなくて」
「そりゃそうだよ……! そんな怪我をしてたのに!」
さらっと穴を堀ったと言っているけど、大怪我をした状態での作業だ。どれだけ辛かっただろうと思うと、十年も前の話なんて関係なく涙が滲んできてしまった。
ユグは僕を見ると小さく微笑んで、目尻にチュッとキスを落とす。
「もう痛くない。大丈夫。――泣いて、叫んでたら、ラータ、が、世界樹の実、くれた」
「ラータが……?」
ここまで聞いて、ようやく理解した。ラータが命の恩人だという意味を。人じゃないけど。
「オレ、必死、食べた。血、止まった」
「そうだったんだね……」
僕が落ちてきたあの日、僕は打ち身と擦り傷だらけだったけど出血や骨折はしていなかった。それでも世界樹の実は多分三個は食べている。
大きな傷を完全に治すには、一個じゃ足らなかったんだ。だからユグの身体には、傷が残ってしまった。
「ラータ、それから、オレの隣、に、ずっといる」
「ユグ……」
ラータ、大切な家族。
そう言って食事に夢中なラータを見つめるユグの表情は、ただひたすら優しいものだった。
◇
石盤を覆い隠す根っこや土の除去作業は、僕の体力を思ったよりも多く奪っていたらしい。
食事が終わる頃には僕はウトウトしてしまい、ユグが慌てて火の前に布団用の編布を持ってきて寝かせてくれた。
「ごめんねえ……沢山お喋りしようと思ってた、のに……」
目を開けているのが辛い。ちゃんと声を出せているのかも分からないほどの眠さに襲われた僕は、「ううん、大丈夫」と耳元で囁く声にほっと息を吐いた。
「アーウィン、おやすみ」
ユグのキスが額に落ちる。
「ん……」
ユグの腕枕はポカポカして暖かくて、あっという間に深い眠りについた。
突如、ハッとして目を開ける。焚き火の火は消えていて、細い白い煙が立ち昇っていた。
薄暗くはあるけど虚の中が明るい。朝まで爆睡していたらしい。
僕の身体はユグの腕に包まれていて、上には布団代わりの布が掛けられていた。ほかほかだ。
ユグを起こさないように、そうっとユグの顔を盗み見る。
「……ふふ、可愛い」
初めて見たユグの寝顔は、無邪気そのものだった。長いまつ毛が下瞼に影を落としている。薄くて形のいい唇は小さく開いていて、すー、すー、という気持ちよさそうな寝息が漏れていた。
突然うず、としてしまって、ゆっくりと身体を起こす。ユグの頬に唇を押し当てると、ユグが「ん……」と小さな声を出した。こうしていると小さな子供みたいだ。
ユグの口に貼り付いていた髪の毛をそっと取ってやると、ユグの瞼がゆっくりと開く。黄金色の虹彩が覗く目が、僕を認識した瞬間嬉しそうに弧を描いた。
「……夢、じゃない?」
「夢じゃないよ、ユグ」
「オレ、アーウィンのもののまま?」
なんて可愛いことを言うんだ。堪らずにユグの口に吸い付く。
かぷ、と唇を軽く食んでから、小さく笑いかけた。
「ユグは僕のものだし、僕はユグのものだよ」
「……!」
ユグの腕が、僕の背中を抱き寄せる。開かれていく口に吸い込まれるように唇を重ね。
「……おはよう、ユグ」
「うん、おはよう」
新しい一日が始まった。
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