世界樹の贄の愛が重すぎる

緑虫

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27 虚の奥

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 お湯の中で同時に果てた後、僕たちはしばらくの間幸せの余韻に浸っていた。

 ユグに正面から跨っていると、当然だけどユグの端正な顔がよく見える。ユグが僕を見つめる瞳には明らかに熱が込められていて、僕がキスの為に顔を近づけると嬉しそうに微笑んだ。

 自然に笑みと言葉が漏れる。

「ふふ、ユグが可愛い」
「オレ?」

 張り付く唇を堪能しながら囁くと、ユグは不思議そうに問い返してきた。ここには鏡もなにもないから、ユグは長いこと自分の姿を見ていないんだろう。こんなにも生命力に満ちあふれていて美しく、更に可愛らしさを振りまきまくってるのに無自覚とは勿体ない。いや、むしろ無自覚だからこその無邪気さがあるのかも?

 とにかく、ユグは僕から見てすごい可愛いということだけはしっかりと理解してもらいたかった。僕の些細な言葉で瞬時に不安になってしまうユグには、もう少し正しい自己認識を持ってもらわないと安心できないから。

「うん、すごく可愛いよ。僕が知っている人の中で一番可愛い」

 僕の言葉を聞いて、驚いたようにプルプルと首を横に振るユグ。ひとつひとつの仕草だって可愛いのに、何で違うなんて仕草をするんだろう。

 すると、ユグが僕の鼻の頭にキスをしながら断言した。

「アーウィン、の方が、沢山可愛い」

 自己肯定力の低さというよりは、僕に対する想いを伝えたかったみたいだ。うは、やっぱり可愛い。じんわりと温かい気持ちが湧き出てきた。

「そう? 僕の方がお兄ちゃんなんだけどなあ」

 でも、ユグが僕に対する好意を口にしてくれるのは単純に嬉しい。

「じゃあお互い可愛いってことでいっか」
「うん」

 笑い合うと、再び唇を重ね合わせた。さっきからずっと頭がふわふわしていて、世界樹の実を食べた時のような浮遊感が続いている。だから分かった。人は幸せで一杯になると、宙に浮いたような気分になるんだと。

 お湯は温かいけど、お湯に浸かっていない肩から上は寒いくらいだ。長風呂には最適な湯加減に、僕たちは上がるきっかけを見つけられずにいた。

 木々に囲まれた上空には満天の星空が広がっていて、正面を向けば大好きなユグがいる。このまま時間が止まってしまえばいいのにと思わず願ってしまうくらい、僕の心は満たされていた。

 ポツポツと喋ってはキスをしてのんびり浸かっていると、浅い場所に仰向けになって寝転がっていたラータが「キッ」とこちらに顔を向ける。寝転がっている姿が何だか人間くさくて笑えるんだけど。

「うん? どうしたの?」

 ラータはジャバッと起き上がると、小さくて可愛い両手でお腹を押さえた。「キッキッ!」と何かを訴えるように鳴き続けている。

「え、なになに?」

 困ってしまってユグに尋ねると、あっさりと返ってきた。
 
「お腹空いたって」
「キッ!」

 ラータの訴えがピタリと止まる。おお。ふん、と鼻息を吐いた様子から、どうも正解だったらしいと知った。言葉通じてない? 通じてるよねこれ?

「ユグはラータの言っていることが分かるの? すごいね」

 関心して尋ねると、ユグがこくりと頷く。

「ラータ、オレ、を、助けた恩人」

 助けた恩人? 一体どういうことだろうと思ったけど、今はユグの話だから目だけで先を促した。ユグはラータに手を伸ばすと、ラータは慣れた様子でユグの腕を伝い、頭の上に移動する。ユグの上でブルブルと身体を震わせると、水気を取った。

 ユグの表情は穏やかだ。ラータに対する信頼が見て取れる。

「十年、ずっと一緒。だから、ラータの言いたいこと、何となく分かる」
「十年? リスってそんな長生きするんだっけ?」
「うーん? 分からない」

 見たところ、ラータはとても元気一杯で年老いているようには見えない。でも確かリスの寿命ってそんなに長くなかった筈だけど。……やけに人間くさいから変異種なのかもしれないな、と理解しておくことにした。

 ラータは自分の寿命などどうでもいいのか、早くしろとでも言わんばかりにユグの髪の毛を引っ張り始める。

「あは、分かったよラータ。ユグ、そろそろ上がろうか。ラータが我慢できなくなっちゃってる」
「うん。オレの家、に、行こう。ご飯、それから」
「そうだね、そうしようか」

 窪みの底に沈めていた石を拾い、立ち上がった。長いこと浸かっていたからか、身体から湯気が立ち昇っている間に表面の水滴が乾く。汗も一緒に蒸発していって、気持ちよかった。

 髪の毛だけは持参した布で拭き取り、ユグの長い髪も何度か水を絞って乾かしてやる。

 ユグに横抱きにされ、ほかほかの状態でユグの家だという僕が落ちてきた大きな虚に着いた。

 月明かりが差し込む虚の奥は、真っ暗で何も見えない。でもユグは慣れた様子でスタスタと奥に向かうと、カッカッと石同士を打ち合わせて火花を散らした。火打ち石だ。

 ふわふわの乾燥した葉に引火すると、ユグは息を吹きかけて火を大きくした後、石でぐるりと囲んである焚き火へ火種を放り込む。手早い。僕も一応発火用のマナ石を持っていたけど、ユグには必要なさそうだ。さすが。

「アーウィン、ラータといて。食べ物持ってくる」

 火が大きくなりつつある焚き火の前に僕が座ると、ラータがユグの頭の上から僕の頭の上に飛び乗ってきた。おもっ。

「気を付けてね!」
「絶対外出ない。約束」

 ユグの不安そうな顔と声が、僕の心をキュンと締め付ける。うう、健気……!

「うん、出ない。ここにいるから。約束」
「――ん」

 まだちょっぴり心配そうな素振りを見せながらも、ユグはくるりと背中を向けると虚の外へと飛び出して行った。

「ユグばっかり悪いよね。僕も何か手伝えたらいいんだけど」

 頭上のラータに話しかけると、ラータは何故か僕の髪の毛を引っ張った。

「アイタッ」
「キッ!」
「まさか出るなってこと? 出ないってば」

 だけどラータはもっと僕の髪の毛を引っ張り始める。痛いってば。え、なに? 違うの?

「どうしたのラータ?」
「フンッ!」

 ラータは荒い鼻息を吐き出すと、ぴょんと僕から降りた。

「キッ!」
「ええ?」

 虚の奥の方は更に穴が続いているらしくて、暗闇が広がっている。虚同士が繋がっているのかもしれない。僕が落ちた所とも繋がっていたから、もしかしたら根っこや枝が絡み合って作られた空間なのかな。

 ラータが僕を先導するように暗闇の方へと向かうと振り返った。

「キッ!」
「エ? ついてこいって?」
「キキッ!」
「でも暗いし……」
「キイッ!」

 苛立たしげに足踏みをするラータ。焚き火の近くに置かれた僕の鞄をチラチラと見ている。

「あ、光石?」
「キッ」

 正解だったらしい。

「分かった分かった、ちょっと待ってね」

 鞄から光石を取り出し、古代語をなぞる。不思議な音色と共に淡く、だけど力強く発光を始めたので、手のひらに握り締めた状態で僕が来るのを待っているラータの元へ急いで向かった。

「キッ!」

 行くぞ、ついてこい、とでも言われているようでおかしな気分になる。

 天井は段々と低くなっていき、四つん這いにならないと通れないくらいの低さの通路の奥に空洞が見えた。

 ラータは空洞の前をくるくると回ると、何度も「キッ! キッ!」と訴えてくる。

「光で照らせってことかな? 待ってね」

 四つん這いに這いずってぎりぎりまで進んだ。光石を持つ手を空洞に向かって伸ばす。

「――え?」

 空洞の奥にうっすらと見えたのは、明らかに人工物と思われる四角い台座のようなものだった。縦に長くて、上の部分に半円の窪みが見える。

「……何だあれ?」

 祭壇の窪みと似ているけど、子供が乗れるような大きさはない。せいぜいが大人の手のひら程度だ。

「キッ」

 ラータは僕に見せて満足したのか、くるりと方向転換すると僕の横をすり抜け戻っていく。え? おしまい?

「あっ、待ってよラータ!」
「キッ!」

 一体あれは何だったんだろう。

 僕も方向転換しつつ、今の石盤の次に調査してみようと思ったのだった。
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