世界樹の贄の愛が重すぎる

緑虫

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19 勘違い

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 食事を終えると、酒を飲み始めたヨルトとドルグに「僕は研究日誌をまとめます」と断りを入れ、先に戻ることにした。

「ひとりで彷徨くな」というワドナンさんと一緒に、虚へと向かう。

 ワドナンさんは相変わらずムスッとしていて、必要がなければ話しかけてこない。でも、少しでも心を開いてもらうならいい機会だし、と僕は次に聞こうと思っていた質問を口にすることにした。

「あの、ワドナンさん」
「……なんだ」
「その髪型をされているのって、ワドナンさんと長老だけですよね」

 ワドナンさんが、顎を引いて小さく頷く。

「何か特別な意味があるんですか? 編み込み、すごく綺麗ですよね」

 三つ編み一本一本が、僕の小指程度の細さしかない。それが何十本と編まれた上で、後ろでひとつにまとめられていて、芸が細かいなあとずっと思っていたんだよね。

 ワドナンさんは僕を見下ろしながら暫くは口を開かなかったけど、やがて薄く口を開けた。

「……これは、守り人一族を統べる者にだけ許される髪型だ」
「え? じゃあワドナンさんって」

 僕があからさまに驚いたのが気に食わなかったのか、ワドナンさんの眉間にググッと深い皺が生まれる。

 それでも、答えてくれた。

「俺は次期族長に任命されたが、今のままでは族長にはなれん」
「なれない? それはどうして?」
「……聞ける筈のものが、聞けないままだからだ」

 忌々しげに吐き捨てるように言うワドナンさん。聞けない……世界樹の声のことだとは思う。だけど、聞ける筈、とはどういうことだろう?

 脳裏に、ユグの姿が浮かび上がる。それと同時に『贄』という言葉も。

 いや、まさかな。あまり憶測を広げすぎてもよくない、と質問を変えることにした。

「すると長老はワドナンさんのお父さんなんですか? あ、そしたらワドナンさんのお子さんもワドナンさんの次の族長に――」
「この話はおしまいだ」

 僕の問いは、ワドナンさんによって遮られる。

 ワドナンさんは立ち止まると、感情の読めない目で僕を見つめた。

「我々が把握している古代語の場所は伝える。他の奴らが声を聞き取りづらくなっている原因を探るのならば、先程の約束の通りにするのであれば材料は提供しよう」

 だが、と低い声を出す。

「俺の個人的な情報は必要ないはずだが」
「す、すみません」

 個人的な話を聞いて距離を縮める作戦だったけど、少し急いてしまったらしい。元々よそ者を忌避している守り人だということを忘れてしまっていた、僕の失態だ。

 ワドナンさんは無愛想でとっても非協力的だけど、それでも食事を抜いたりわざと酷いことをしてきたりといったことは一度もされていない。やろうと思えば、いくらだってできた筈なのに。だから彼は、伝統を重視する真面目でちょっぴり誘導されやすい素直な人なんだな、というのが、今日の時点でのワドナンさんに対する印象だった。

「……余計な詮索はするな」
「すみません!」

 もう一度謝ってから、ワドナンさんを見上げる。

「僕、両親を小さい時に亡くしてまして。だから親とか兄弟とか、人の家族の話を聞くのが好きなんです。でもごめんなさい、聞かれたくないこともありますよね」

 今回の質問の意図は違うけど、僕が人の話を聞くのが好きなのは事実だ。僕もいつかそんな幸せな家庭を作りたいなって想像できる材料がもらえるから。

「……家族がいないのか?」

 ワドナンさんが、反応を示す。僕はにこりと笑うと、大きく頷いた。

「はい。あまり覚えてないんですけど、両親と山道を歩いている時に落石に遭ったらしくて。岩の下敷きになった両親の前で泣いてた時に古代語の師匠が調査の帰りに見つけて、僕を引き取ってくれたんですよね」
「……」
「名前がアーウィンで年は十歳とは答えたらしいんですけど、その後熱を出しちゃって。起きたら何も覚えてなくて」

 全てを忘れてしまった僕には、師匠のところに来る前の記憶がない。だから余計、家族というものに憧れを抱いていた。

「師匠は、落石の原因は枯れ始めた世界樹の影響で崖の上に生えていた木が根腐れして、地盤が緩んだ可能性があると言っていました」
「……!」

 丁度十年前。世界樹が枯れ始めたと認識された頃の出来事だから絶対とは言えないけど、あながち間違ってもいないだろうと思う。

「世界樹のせい、か……」

 ワドナンさんが、ぼそりと呟いた。

「分からないですけどね」

 何故かワドナンさんは、辛そうな表情をしていた。根は優しい人なのかもしれない。

「なので、はじめ師匠は僕をどこかの家に養子に出そうとしたらしいんですけど、僕は両親の死の原因と間接的に繋がる古代語研究に興味があったので、弟子入りさせてもらって」

 両親のことは全く覚えていないけど、古代語に関わり続けていたら、両親とも繋がっている気になれた。それが最初の動機だ。次第に古代語研究自体が楽しくなって、失ったものを繋ぎ止める為というよりは師匠と兄弟子の兄さんと共にああでもないこうでもないと語らいたい方が主になったけど。

「なので、今回聖域に来られたのは、僕にとって夢みたいな出来事なんです」

 へへ、とワドナンさんに笑いかけると、ワドナンさんは渋い表情のままだけど言ってくれた。

「……できる範囲で、協力はする」
「……ワドナンさん?」
「必要なものがあれば、俺に言え。他の者には不用意に話しかけるな。地上人を心底嫌っている者も多い」

 ワドナンさんの言葉に、「あれ?」と気付く。もしかして、ワドナンさんは自分が間に立つことで保守派の人たちと革新派の人たちの均衡を取っていた? と思ったのだ。

 大っぴらに味方をすると、保守派の人たちが行動に出る可能性があるとしたら。保守派の人たちによって僕らに万が一のことがあったら、革新派の人たちは保守派の人たちを責めるだろう。すると起こりうるのは、一族内での争いの激化だ。

 世界樹の声を聞くことはできなくても、ワドナンさんが一族をまとめる立場の人であることに間違いはない。ただでさえ世界の均衡が狂い始めている中、守り人を内部分裂させては世界は余計混乱に陥る筈だ。

 ――僕はワドナンさんを勘違いしていたのかもしれない。

 じっとワドナンさんを見つめていると、ワドナンさんが実に嫌そうに顔を顰めた。

「……なんだ。ジロジロ見るな」
「あの、必要なものがあります」
「さっさと言え」
「シャベルと斧を借りたいです」
「……明日の朝までに用意しておく」

 ぶすっとしたまま、ワドナンさんが答える。ほら、やっぱりいい人じゃないか。

 なんだか嬉しくなってきた。

「ワドナンさん」
「だからなんだ」
「ワドナンさんっていい人ですね」
「――は?」

 ぽかんとしたワドナンさんの顔。おかしくなってしまい、クスクスと笑う。

「……こんな欠陥だらけの俺がいい人、か。おかしなことを言う」
「いい人だと、僕は思いますよ」
「ふん、媚びようと俺はなびかないぞ」
「媚びてないですってば」

 再び大股で歩き出したワドナンさんの足は早くて、顔はよく見えなかったけど。

 口の端が、ほんの僅かだけど上がっているように見えた。
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