世界樹の贄の愛が重すぎる

緑虫

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14 枯れた原因

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 ユグに抱き抱えられたまま、一緒に果物を採ってお昼代わりに食べた。

 ユグはいつも果物ばかり食べているんだろうか。でも、栄養が偏っている割には体つきがしっかりしている。

 普段お肉は食べないのかと聞くと、蛇は美味しいと答えが返ってきた。へっ、蛇……! うええ。焼くと美味しいとにっこりと言われても。

 世界樹の木にできた森には、実に様々な実が成っていた。ユグが「これ、美味しい」と次々に渡してくれるものだから、つい食べ過ぎてしまう。でも、気になっていた世界樹の実はなかった。

 実は密かに成っているところを教えてもらえるのを心待ちにしていたけど、よく考えたら今は怪我もしていない。「特別」だと言っていたくらいなので、滅多なことでは食べちゃいけないんだろう。

 それに。また昨日のようにでろでろになってユグに迫ってしまったら――と考えると、無邪気に興味があるとも言い辛い。

 でろでろ……と考えて、ちらりと横で果実を齧っているユグを横目で見た。下唇は果汁で濡れて光っている。

 ……あれ、柔らかかったなあ。

 何故かごくりと唾を嚥下してしまうと、ユグがすぐに気付いて食べている果実を差し出してくれた。食べたいと思われたらしい。くう……っ、ユグはやっぱり優しいなあ!

「あ、ありがと……っ、へへ」

 ありがたくひと口いただき、目線を地面に向ける。これ以上見ていたら、何かに目覚めてしまいそうな気がして仕方なかった。

 ……どうもさっきから、考えが怪しい方にすぐに向いてしまっている気がする。あ、もしかしてこれも、昨日食べた世界樹の実の効果だったりして? そ、そう、きっとそうに違いない。

 僕は頭を切り替えることにした。

「あ、あー、ユグ?」
「うん?」
「手がベタベタになったから洗いたいんだけど、どこか洗える場所ってある?」

 ユグはすぐに、湧き水がある場所へと連れて行ってくれた。心臓の音は――ラータがシャクシャクと咀嚼する音のせいで、よく分からなかった。



 岩の隙間から湧き出る水で、手を洗い口をゆすいだ。

 少しさっぱりした気がする。

 木の根に腰を下ろして休憩しながら、ようやくユグの過去の話を聞くことにした。ユグは僕に促されるまま、すぐ隣に腰掛ける。

「ねえユグ。ユグのことを教えて欲しいんだけど、いい?」
「オレ? うん」

 聞き漏らしたくないので、手帳を取り出した。

「じゃあまず、ユグは『守り人の村』から来たの?」
「うん」

 ユグ、『守り人の村』の出身、と書き留める。

「何歳までいたか覚えてる?」
「八歳。世界樹の声聞く、『贄』必要、だった、から」
「えっ」

 あっさりと教えてくれたけど、これってかなりな極秘情報じゃないだろうか。

 何となく不安になってしまい、キョロキョロと周囲の気配を窺った。……多分大丈夫だ。僕に人の気配を機敏に察せる能力があるかどうかは不明だけど、ユグとラータがのんびり構えているから。

 でもちょっぴり怖いので、隣に座るユグに顔を近づけ声を潜ませる。

「ええと……どうやって『贄』になったのか、教えてもらえる?」

 ユグはあっさりと頷いた。

「オレ、兄弟多かった。兄弟多い家、生まれたら『贄』選ばれる、決まってた」
「生まれた時から『贄』になるって決まってた?」
「うん。だからオレ、名前ない」
「……」

 名前を付けたら情が移ってしまうから、だろうか。僕の感覚からすれば、分別の付かない赤ん坊の頃ならいざ知らず、物事の判断ができる八歳になるまでその状態で置いておくなんてあんまりだと思える。

 でも、守り人の独自の文化の中では違ったんだろうか。『贄』はあくまで『贄』であって、守り人の一員とは認めないのか。

 ――世界樹の声を聞く為、ひいては守り人一族の繁栄の為に『贄』として捧げるのに?

 僕の隣で穏やかに微笑むユグを見て、胸が苦しくなった。長年続けてきた文化だからといって、こんなのは絶対に許せない。

 沸々と怒りが沸いてきた。改めて決意する。絶対にユグを自由にしてやるって。

「分かった。じゃあ次の質問にいくよ!」

 だからと言って、ユグを不用意に傷付けたくはない。ユグの表情を窺いながら、質問を進めていくことにした。

「ええとじゃあ、答えにくいかもしれないけど……『贄』に選ばれるとどうなるの?」

 これはもしかしたら、ユグの心の傷を抉る質問なのかもしれない。けれど、ユグの自由を勝ち取るには必要な情報だと思った。交渉に使える手札は、多いに越したことはないんだから。

 ユグは考えるように口を開け、また閉じてを暫く繰り返した後、ぽつりぽつりと教えてくれた。

「祭壇……見た?」
「うん。棺――ええと、お墓みたいな形をしてる石だよね」

 真剣な目をして深く頷くユグ。

「祭壇の穴、『贄』を落とす場所」
「……は?」

 思わず目を見開いた。今朝、祭壇を見て感じた薄ら寒さを思い出す。僕も穴を見て思った。子供なら落ちちゃう大きさだなって。でもまさか、本当に?

「ここ、傷ある」

 ユグが右の脇腹と、肋骨の下から鼠径部にある大きな傷に触れた。ユグの動きに伴って、緑がかった黒髪がさらりと肩から落ちる。髪の毛の隙間から見える傷跡は、今も痛々しかった。

「う、うん……?」

 子供を寝かせられる大きさの祭壇。か、中心へ向かって窪んだ台座。

 いくらなんだって嘘だろう。まさか、そんなことを子供にするなんて――。

 だけど、僕の淡い期待はユグのひと言によってあっさりと打ちぶられた。

「こことここ、刺された」
「……!」
「それから、穴、落とされた」
「な……!」

 何と声をかけたらいいか分からず、唇を震わせながらただユグを見つめる。ユグは眉を垂らすと、苦笑を浮かべつつ小首を傾げた。

「それが、『贄』の儀式。オレ、知ってた」
「――知ってたからって!」

 逞しいユグの肩を掴む。でも、ユグは変わらず微笑んでいた。どうして、何でそんな風に笑えるんだよ。

「ユグ……!」
「……でも」

 ユグが言い淀む。まだ何かあるんだ。そう、ユグは『贄』として祭壇に捧げられはしたけど、今もこうして生きている。守り人たちの予想していなかった何かが、彼の身に起きたんだ。

「……ごめん。ちゃんと話を聞く」

 掴んでいた手の力を抜くと、ユグが僕の頭を引き寄せて側頭部に頬を擦り寄せた。

「うん、大丈夫」

 ユグは優しい。泣きたくなるくらいに。人の常識は知らなくたって、人の心を思いやる気持ちはちゃんとこうして知ってるんだ。

「穴の途中? 根っこあった。道、通れない」
「道? どこかへ続く道?」

 今朝、光石を突っ込んで感じた、空気が動いていない感覚。あの穴は、元はどこか別の場所へと繋がっていた?

 ユグが少しだけ首を傾げながら、懸命に言葉を探す。

「うん、『贄』捧げる場所、行ける。でもオレ、行けなかった」

 ゆっくりと、顔を上げた。ユグの金色の瞳は、緩やかに弧を描いている。

 なんだかそれが、とても悲しそうなものに見えて。

「アーウィンのチョーサ? 世界樹の声聞けない、『贄』捧げられなかった、から」
「ユグ……ッ!」

 ぱっと立ち上がる。僕はユグの頭を引き寄せると、ぎゅうう、と自分の胸に押し付けた。
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