世界樹の贄の愛が重すぎる

緑虫

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3 長老

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 守り人はみんな、世界樹の幹にできたうろに住んでいる。

 僕らに提供されたのも、そんな虚のひとつだ。巨人族のヨルトには大きな虚が、僕や小人族のドルグには小さめの虚が与えられている。

 昔、もっと人口が多かった時に使っていたんだろう。使い古された寝台や棚があって、自由に使っていいとのことだった。

 僕らの虚は、『守り人の村』の中心からは離れた場所にある。監視されているのか、常にどこかしらから視線を感じていた。でも、食事の提供以外は誰も近付いてこない。

 唯一会話が許されるのは、僕らの面倒を任されているらしいおじさん守り人だ。

 おじさん守り人は、長い黒髪を何本もの細かい三つ編みにし、後ろでひと括りにしていた。他の守り人は三つ編みをしてないので不思議に思ったけど、会って早々に尋ねるのはどうなんだろう、と聞いていない。背は高く痩せ気味で、地上に行ったらモテそうな渋めの顔。憮然とした表情からは温かみが一切感じられなくてとっつきにくそう、というのが僕の第一印象だった。

 初対面の際、握手をしようと手を出して名乗った。だけどおじさん守り人は「フン」と言うだけで、名前を教えてくれなかった。ヨルトとドルグにも聞いてみたけど、やっぱり名前は知らないらしい。

 呼び集めておいてこの態度はどうなの? と正直言って思う。だって、三種族の代表が揃ってからもう三日だ。

 目の前には興味深くて仕方ない世界樹があるというのに、村の外に出てはならないと言われたら「はあ!?」と思うのは当然だろう。研究対象を前に「調べるな」なんて、ご馳走を前に待てをさせられている犬より悪質だ。ウズウズを通り越して、何だか疲れてしまった。

 実は結構短気らしいドルグは、「……私、そろそろキレるかもしれません」と可愛らしい声で呟いていた。ハラハラさせないで。笑顔が滅茶苦茶怖いから。

 なので、長老との面会に赴くことになり、ようやくか、とほっと肩を撫で下ろしていた。そんな僕の心情なんて知る由もない案内人の無愛想なおじさん守り人が連れて行ったのは、明らかに僕らが宿泊する虚とは別格の立派な虚だ。

 僕たちの虚は梯子で昇るけど、ここはちゃんと階段がついている。と、おじさん守り人が苦い表情のまま振り返った。

「――入れ」

 偉そうに顎で指示される。ドルグの滑らかそうな頬が、ピクリと反応した。怖い怖い……。

「お、お邪魔しまーす!」

 率先して虚の中へと入る。僕にぴったりとくっついていたドルグが、喧嘩を売ることなく大人しくついてきた。ほっ。

「うお……っ」

 入ってすぐ正面には、幾重にも重なった、天井から吊り下げられた色とりどりの薄手の布があった。緩やかに風に揺れている。

 この布が目隠しになっているんだろう。奥まで見通すことはできず、中の広さはここからは分からない。

 おじさん守り人が、布の壁の向こうに声をかける。

「長老。三族の代表を連れて参りました」

 すると、奥からしわがれた弱々しい声が返ってきた。

「……おお、来てくれたか。どうぞ中へお入り下され」

 おお、おじさん守り人より偉ぶってない。横目でちらりとおじさん守り人を盗み見ると、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「失礼する」

 三人の中では一番年長でしっかり者のヨルトが、そつなく返す。さっさと布をめくり、中へ入る。中は、走り回れそうなほど広い空洞になっていた。奥にある円形の大きな寝台の上で、小さな老人が弾力のありそうな座布団にもたれてこちらを見ている。

 新雪のような見事な白髪だけど、肌は褐色で瞳は金色。間違いなく守り人の一族だ。長老もおじさん守り人と同様に、細かい三つ編みをひと括りにしていた。

 皺だらけの顔をくしゃりと綻ばせる。

「済まないが起き上がるので精一杯でな。このまま話させてもらいたい」
「承知した」

 ヨルトが深く頷いた。僕たちもヨルトに倣って頷く。

「……ここで聞いたことは、お三方の胸の内に留めておいていただけますかな?」

 この先この地に滞在するには、了承する他ない。三人三様に肯定の意を示すと、長老は満足気に頷いた。

「ここ十年ほど、我々守り人の『聞く力』が衰えてきています」
「長老! それはっ!」

 声を荒げたのは、おじさん守り人だった。血相を変えているところを見る限り、本来語ってはならない部類の話なのか。

 でも、そりゃそうか。世界樹の守り人である彼らが世界樹の声を聞けなくなってしまったら、この世界は緩やかに崩壊していくしかないのだから。重大も重大、最高機密だ。

 長老が、骨ばった手でおじさん守り人を制する。

「いいのだ。我々は十年、ありとあらゆる可能性を探したが、結局原因は分からないままではないか」
「ぐ……っ」

 ふ、と穏やかな眼差しで僕たちを見渡した。

「世界樹の声が聞こえづらくなり、世界の綻びを是正する為の提言にズレが生じるようになった。それがこの十年、世界樹がどんどん枯れていっている原因とみている」
「そんなことだったとは……!」

 ドルグが、可愛らしい口に華奢な指を当てて目を見開く。

「残念ながら我々守り人は、古くから伝わっていた諸々のものを、長い時の間にいくつも失ってしまった」

 長老の話では、古代語が記された遺跡は数か所認識しているものの、解決に繋がるような事柄は記されていないそうだ。遺跡は肥大化する世界樹に呑まれ、今では見つけるのも簡単じゃないらしい。

「つまり、我々の『聞く力』が衰えてしまった原因を、守り人ではない外の人間の観点から探っていただきたいのだ」
「なるほど、そういうことだったのか」

 太い腕を身体の前で組みながら、ふむ、とヨルトが唸った。

 ドルグがスッと手を挙げる。

「私たちはこの地に不慣れです。調べるにあたり、守り人の協力は得られるのでしょうか?」

 温度が感じられない視線を、横で憮然とした表情で僕らを見ているおじさん守り人に向けた。ドルグが言いたいことはよく分かる。本来であれば不可侵の聖域に初めて足を踏み入れた僕らに、守り人の協力なしに有意義な調査が行えるとは思えないからだ。

「失礼ですが、これまで三日間滞在させていただきましたが、その間――」

 顔をおじさん守り人に向けるドルグ。微笑みは空気が凍りつくような冷たいもので、滅茶苦茶怖い。

「守り人から一切の好意は向けられず、むしろ蔑みに近い目線を感じていたので心配なのですよね」
「ド、ドルグ……、」

 さすがに言い過ぎじゃないか。青ざめていると、意外なことに挑戦的な彼の物言いは明るい笑い声で迎え入れられた。

「ふふ……、ふあっふあっふあっ!」

 実に楽しそうに笑っているのは、長老だった。ひと通り笑った後、指で目尻の涙を拭き取りつつ背筋を伸ばす。

「――確かにその通りだな、小人族の者よ」

 穏やかな声だった。

「守り人一族は、世界樹の声を聞く唯一の血族としての誇りを持って生きてきた。地上に住まう他種族よりも上位の存在であると驕る者も、常に居る」
「長老っ!」

 声を荒げたおじさん守り人を、片手で制す。

「今回外部の声を聞こうという説得に、八年もかかった。一番世界樹の声を明確に聞ける儂が立てなくなってようやく、矜持と危機感を天秤にかけ今動かねば我々に未来がないことを認め始めたのだ」
「く……っ」

 おじさん守り人は、非常に悔しそうだった。なるほど、この人は保守派の人ってことなのかもしれない。

「日頃村に残っているのは、外部の者と接することをよしとしない者ばかりだ。伝令に出ている者は危機感を覚えている者が多いのだがな」

 ギロリと睨まれ、おじさん守り人がバツが悪そうに唇を噛む。

「伝令のひとりが戻り次第、貴方がたの案内役としてつけよう。だから頼む。原因究明に協力してはもらえないだろうか」

 長老が深々と頭を下げた。

「あっ、あのっ!?」

 頭を下げさせたら、さすがに拙いんじゃないか。焦った僕の肩を、ヨルトが掴む。

「世界を平和に保ちたいのは、我々とて同様だ」

 厳しいヨルトの表情とは反対に笑顔のドルグが、うんうんと同意を示した。

「村の外への立ち入り調査を禁じられていたんですが、今後は許可されるということでよろしいですよね?」
「――ッ!」

 おじさん守り人が、焦った顔で長老を振り返る。長老は静かな目でおじさん守り人を見た後、こくりと頷いてみせる。

「当然だ。……一部の無理解の者が勝手なことをして申し訳ない」
「いえ、それを聞けて安心しました」

 こうして僕らは、いよいよ調査を始めることになったのだった。
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