世界樹の贄の愛が重すぎる

緑虫

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2 世界樹の危機

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 元来、『守り人の村』はよそ者の侵入を拒む。

 今回、排他的な彼らが地上に住まう三種族の代表を受け入れたのには、当然だけど訳があった。

 世界の中心にそびえ立つ生命の木である世界樹ユグドラシルは、ここ十年ほどの間に急速に枯れ始めた。

 地上における世界樹の役割は、世界の均衡を保つことだ。どこかに綻びが出たまま放置していると世界の活力が徐々に失われていき、生命が衰退していく。植物が育ちにくくなったり、子供が生まれにくくなったり、天候に恵まれなくなったり、と様々な問題が起きていく。するとまた別の所に綻びが出始めて争いが起きたりして、地上がどんどん荒れ果てていき、それを象徴するように世界樹が枯れていく――というのが、僕たち地上に住まう者の共通認識だった。

 ちなみに、天界と冥界にどういった影響が出るのかまでは分かっていない。なんせ実際にあるかどうかもはっきりしていないから、確かめようもなかった。

 世界樹に異変が起きると、世界樹の守り人が伝令となり、綻びが起きている場所に是正を求めに行く。言われた方が是正措置を取って問題がなくなると生命は再び繁栄し、世界樹も活力を取り戻して青々とした葉を惜しげもなく見せてくれるようになる。

 これが、僕たち地上の生き物が悠久の昔から継続してきたことだった。

 町なんてすっぽり呑み込まれるくらい大きな世界樹の幹の根元にいにしえから住まう守り人は、巨人族、小人族、人間族とはまた別の種族らしい。彼らはとにかく外界と関わるのを厭い、『守り人の村』への他種族の侵入を一切禁じている。その為、世界樹に異変が起きた時くらいしか彼らと会話を交す機会はなかった。

 彼らの見た目は、どちらかというと人間族に近い。肌はよく日に焼けたような褐色で、瞳は金色。髪は深緑に近い黒色で、耳が少し上にツンと尖っている。天界に御座おわす神族、または妖精族の血を引いているのではと言われているけど、確証はどこにもなかった。

 そして、一番の特徴。

 守り人には、女性が存在しないのだ。

 数少ない交流の様子が記された文献を漁っても、どうやって彼らが命を次代へ繋いでいるのかははっきりしていない。他種族の女を攫ってきて孕ませるのだとか、はたまた永遠の命を得た種族なのではないかとか、憶測だけが飛び交う。

 だけど、ここ最近になって、とある事実が判明した。子供の存在が確認されたのだ。

 彼らは世界樹の声を聞き、世界樹の苦しみを我々地上の生き物に伝える伝令だ。つまり、ここ十年ほどはこれまでにないくらい地上のあちこちに姿を見せ、世界に活力を取り戻さんと行動している。だけど綻びは各地に広がっていく一方で、元々人口が少ない彼らの手が回らなくなってきたんだろう。

 ある時から、まだ子供の守り人が伝令をもたらすようになった。

「あれ、子供いたの!?」というのが、僕たち研究者の間で話題になって大興奮したのが、八年前ほどの話。当時まだ僕は師匠の下についたばかりの十代前半のひよっこだった。師匠と兄弟子が二人とも興奮しまくってしまい寝食を忘れて文献を読んでは騒いでしまうので、世話を焼いた大変だった記憶がある。懐かしいなあ。

 ちなみに兄弟子は今もちゃんと兄弟子だ。でも、ひとつのことに夢中になると、三日四日は生命を維持する為の人間的活動を忘れて研究に没頭してしまう。その為、先日とうとう倒れて暫し布団の住人になってしまった。

 僕が『守り人の村』に行くと聞いて、相当悔しがっていた。「自己管理できなかったんだから仕方ないですよ」と慰めたら、思い切り泣かれてしまった。罪悪感はあるけど――いい時に倒れてくれてありがとう、兄さん!

 それ以外にも、僕の師匠は元々守り人に関して非常に高い興味を示していた。彼らに先祖代々伝わる古代文字が、僕らの研究対象だからだ。

 つまり、僕だって興奮しているんだ!

 不可侵と言われてきた『守り人の村』で寝泊まりできる上に彼らの生活を覗ける機会なんて、今回を逃したらきっともう二度とない。こんな僥倖に巡り会えて、研究者として冥利に尽きる!

 ちなみにきっかけは突然やってきた。守り人がある日突然訪ねてきて、各種族の代表を『守り人の村』に滞在させると伝えてきたんだ。他言無用ということで守り人の伝令が師匠の住む家にやってきた時、師匠は驚きすぎて腰を抜かした。その後に無理に起きようとしてぎっくり腰になった。腰は本当に大事だと思う。

 守り人の伝令は「現在の世界樹は前代未聞の状態なのだ。活力の循環以外に何かしら不具合が出ているのかもしれないという意見が出た為、こうして秘密裏に各種族の第一人者に直接協力を求めにきた」と言った。

 僕らの所に来たのは、初老の守り人だった。「支度が済んだら速やかに向かうように。これを持つ者だけが聖域へ足を踏み入れることができる」と言って渡してきたのが、小指程度の金属の玉がぶら下がった金属製の輪っかの首輪だ。振るとチャポチャポと音がする。中身は何かと聞いても彼は答えてくれず、「次に行くから」とあっさり去って行った。

 ということで、引き算的に行ける人間が僕だけとなり、首輪を付けて意気揚々と旅立った、という流れだった。

 巨人族代表のヨルトと小人族代表のドルグも、それぞれ同じように守り人の伝令に直接招待されたそうだ。多分、あのおじさん守り人だと思う。

 とは言っても、ヨルトはヨルト本人が呼ばれたらしい。ドルグだって老いた師匠に師事する一番弟子らしいから、棚ぼた方式で来た僕とは大分立場が違うけど。

 そんな二人は、見た目は若いけど僕より年上で、博識だった。僕も負けてはいられない、とますますやる気が出た。知らないことを知っていく工程は、堪らなく興奮する。

 守り人の長老の具合は、あまりよくないらしい。なので、彼の体調が改善するまでの数日、僕ら三人は互いの知識のすり合わせを行なって過ごした。

 そして今朝。食事の時以外は近寄ってこようともしない守り人のおじさんが、「今日は長老の具合がいいので話せる筈だ。準備をして待て」と言いにきたのだ。

「いよいよですね……!」

 一体何を話されるのか。興奮を隠せない僕の頭を、ヨルトが大きな手でわしゃわしゃと撫でる。

「おお、そうだなあ。アーウィンが嬉しそうで、俺も嬉しいぞ」
「そ、そうなんですね? ……はは、あはは」

 なんで撫でるかなあ、と思う。でも、協力関係にあるしあまり嫌がるのもどうなんだとも思う。なので、ひとまず無難に愛想笑いをした。今度は反対の横からドルグの華奢な手が僕の手に触れ、するりと恋人つなぎで握り締める。……うーん。

「守り人に一番興味があって精通しているのはアーウィンですからね、頼りにしてます」

 愛くるしい大きな瞳で上目遣いに見つめるドルグ。しれっと人の太ももに手を置かないでほしい。

「が、頑張ります……、へへ……」
「アーウィンが輝く場面を目にすることができるとは、我々は幸運だな、ドルグよ」
「そうですね! 私たちもアーウィンに馬鹿にされないよう頑張りましょう、ヨルト!」

 二人は頷き合うと、左右から僕をむぎゅむぎゅと抱き締めてきた。

 ち、近い……。

 距離感って本当にこれで合ってるのか? と思いながら、笑うしかない僕だった。
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