誕生日前日に恋人に浮気されて家なしになった俺を拾ったのは、ヒョロい細めのモブでした

緑虫

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40 夢だったと思えば

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 俺の情けない主張を聞いた涼真が、嬉しそうに笑う。何でここまでするのか分からない。

「……はは、相手にされなかったんだ?」

 涼真を振った形でいなくなったから、腹立ったのかよ。新しい恋人がいる癖にバイト先まで押しかけてくるほど、俺のことが憎いのかよ。

 泣き顔で、キッと涼真を睨みつける。もう滅茶苦茶だ。隠してた俺の気持ちを、こんな風に曝け出すつもりはなかった。

 一生秘めていくつもりだったのに。そうすれば、史也が彼女と幸せそうに並んだ向かいに俺の場所がまだあると、そう思えて踏ん張れたのに。

 ――もう、それも出来ない。

 俺は叫んだ。

「……っそうだよ! 史也は俺なんか、眼中にない! 一生あり得ない!」

 は、は、と息が小刻みになって苦しい。これはきっと、涙のせい。だからお願い、史也、そんな驚いた顔で俺を見ないで。悲しくなるから。

「だから、涼真が思ってるようなことはひとつもないから! 史也を離して!」
「は……はは、なんだ、そうか、そうだったんだな……!」

 涼真のもう片方の手が、俺の手を上から握る。ぐい、と引っ張られて、俺はもう抵抗する気もなくなりそのまま前へと引っ張られた。

 だけど、ぐん! と史也が負けじと後ろに引っ張る。

「陸! 前に出るな!」

 史也が必死な形相で制止した。それまでの妙な笑いを急に引っ込めた涼真は、史也は無視して何故か真剣な眼差しで俺を見つめ始める。

「陸……俺が悪かったって。ちょっと魔が差しただけなんだ」

 涼真の言葉に、俺の脳内にはてなが沢山浮かんだ。悪かったっていう反省の言葉を涼真の口から聞くのも驚きだけど、あれ? 嫌がらせしにきたんじゃないの?

「……ちょっと待って、涼真。ここに何しに来たの?」

 間抜けな俺の質問に、涼真も変な顔をする。

「はあ? お前を取り返しにきたに決まってんだろ」
「え、俺を? だって、俺に腹立てて仕返しにきたんじゃ」

 涼真が、ハアーと長い溜息を吐いた。

「お前な。そんなことで二ヶ月もあてもなく探し回るかよ」
「え……」

 まさか――本当に俺を取り戻しに来た? 訳が分からない。だって恋人がいるのに。恋人がいる部屋に俺を連れ戻してどうするんだよ。

「だって……新しい恋人がいるだろ? この前駅でキスしてたの、俺見たぞ。なのに何言ってんだ、涼真……」

 掠れ声しか出なかった。俺の質問に、涼真は何故か笑う。

「あーあれ、見られてたんだ? お前だって知ってるだろ? 俺が外で野郎といちゃつくの駄目だってこと。なのにアイツに嫌だって言ってもさあ、じゃあ掃除しねえって言われて仕方なく。本当だぞ」

 何を言ってるのか、本当に理解できなかった。掃除?

「でもアイツ、家事全然駄目でさ。使えねえんだ」

 そうだ、理解できないなら考えなけりゃいい。今までそうしてやり過ごしたように。

 悟られるつもりのなかった恋心を自ら史也に曝け出してしまった以上、今までのように史也の家に居続けるのは無理だ。

 だったら、折角涼真が迎えに来てくれたんだ。今までのように涼真の顔色を見ながら生きていけば、生活は出来るから――。

 涼真が、俺に笑いかける。

「あれからアイツに居座られて、参ってるんだ。陸、頼む! この通りだから、戻って来いよ! 俺、やっぱりお前じゃないとダメなんだ!」

 この間のキスは、全然困った感じなんかじゃなかったよな。思いはしたけど、言えなかった。

 涼真の言いたいことが、段々はっきりしてきた。要は、俺とあの人の家事スキルだと、俺の方が上だったんだろう。それで案外キレイ好きの涼真は、俺を連れ戻そうとして探し回った。でもなかなか見つからないから、その間はあの人を家に置いて、家事をさせているんだろう。

 ――やっぱり俺は、穴付きの家政婦ってことか。

 絶望と情けなさとが同時に襲ってきて、足許から崩れ落ちそうになった。

 分かってはいたけど、こうも堂々と言われると言い返す気も失せる。俺の三年間って、一体何だったんだろう。それと、これから涼真と続くだろう先の見えない年月も。

 涼真が続ける。今度は史也を見ながら。

「細木くん、俺さ、なんか勘違いしてたみたいだ。ごめんな?」
「……は?」

 史也はキレ気味の返事をするけど、涼真は相変わらずヘラヘラと笑い続ける。

「今まで陸の面倒、ありがとな。すっごい迷惑だったろ?」
「お前……っ」

 涼真は気にした様子もなく、その言葉の後、俺に顔を向ける。

「な、陸。俺も反省したし、細木くんにも迷惑だしさ、機嫌直して帰ろうぜ。分かってんだろ? お前の家出が細木くんにすっげー負担かけてんの」
「迷惑……負担……」

 思考が停止して、もう何も考えられなかった。迷惑。負担。家政婦。……俺って、やっぱり寄生虫のままなんだ。そう――だよな。

 脳みそは麻痺した感覚なのに、また勝手に涙がぼたぼたと溢れる。やだな、史也はおかんだから、泣いたらまた心配かけてしまう。もう諦めないといけないのに。迷惑なだけなんだと。

「陸、聞くな! 陸……っ」

 史也は俺を呼ぶけど、でも、本当にそうなんだ。俺は史也の幸せを邪魔している寄生虫のお邪魔虫。俺がいるから史也は幸せになれない。俺、俺――。

 涼真が笑顔で続ける。

「もうさ、家がヤバいくらいぐっちゃぐちゃなんだよなー。だからさ、細木くん」

 涼真は凄んだ笑顔で史也に顔を近付けると、低い声で言った。

「そろそろ陸の手、離してくんない?」

 史也の肩に食い込む涼真の手の力は、遠慮のないものになってきている。

「史也、もういいから……っ」

 繋がれた手を振り解こうとしても、史也は離してくれなかった。どうしてだよ。俺は、史也にとって役立たずなのに。

 史也が、低い声を出した。

「……断る」

 それに対し、涼真は小馬鹿にした様に鼻で笑う。

「あは、お守り役はもういいよ。こいつ俺んだからさ、返して?」

 直後、史也がキレた様に怒鳴った。

「――もうお前のじゃない! 誰が返すもんか! 陸がどれだけ泣いたと思ってんだ! 何も知らないくせに!」
「あ? お前さあ……。殴られたい?」

 ハア、と拳に息を吹きかける涼真を見た瞬間、拙い! と俺は叫んでいた。

「――帰る! 帰るから!」

 俺の言葉をきいた途端、涼真の顔に勝者の笑みが浮かぶ。

「陸! 帰らなくていい!」

 史也が必死で言ってくれたけど、俺は史也の足枷になりたくはない。殴られたら、これまでの努力が無駄になっちゃうかもしれないじゃないか。嫌だよ、俺、そんなの自分が許せなくなる。

 泣きじゃくりながら、首を横に振り続けた。

「ごめ……っ! 迷惑かけてるの、ずっと分かってた……!」
「違う、陸!」
「優しくされて嬉しくて、甘えてたんだ俺……っ! でももう、大丈夫だから……っ!」

 目を見開いて満面の笑みを浮かべる涼真。涼真の元に戻れば、元通りの生活に戻る。大丈夫だ、史也と過ごした時間は夢だったと思えば、きっとやっていける――。

 俺が涼真の方に一歩踏み出そうとすると、涼真がようやく史也の肩を離した。

 自由になった手で、俺を抱き締めようと腕を伸ばす。

 その瞬間。

 背後から俺の腰に手が回されたかと思うと、いきなり身体が宙に浮いた。

「うえっ!?」

 驚きすぎて、奇声を上げる。

 俺を軽々と腕に抱き上げたのは、必死の形相の史也だった。
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