誕生日前日に恋人に浮気されて家なしになった俺を拾ったのは、ヒョロい細めのモブでした

緑虫

文字の大きさ
上 下
39 / 56

39 悔しくて悲しくて

しおりを挟む
 コンビニの眩しい明かりが遠のいていき、シャッターが閉まった店舗と住宅が並ぶ通りを進む。

 街灯の明かりしか道を照らしてくれるものはなくて、これなら繋がれている手を通行人に「うわっ」て思われないでいられるかな、と期待した。

 無言で右手を引かれて歩いていると、ひょっとして史也も俺と同じ気持ちでいてくれるんじゃないか、と勘違いしてしまいそうになる。

 好き。たった二文字の言葉を伝えたら崩れてしまう関係だなんて、この姿を傍から見ていたら思わないだろう。

 ――史也の距離感は近過ぎるんだよ。

 唇を噛んで俯いた。涙は溢れることはないけど、俺の視界をぼやけさせる程度には留まっていて、今は見られたくない。だから自分からは声を掛けなかった。史也ならきっと、振り返ってしまうだろうから。

 すると。

「わぷっ」

 突然史也が立ち止まり、俺の手を握っていた指に痛いくらいに力を込めて、史也の背中に引き寄せた。

 全く予期してなかった俺は、鼻の頭を思い切り史也の背中にぶつけてしまう。

「ど、どうしたの?」

 イテテ、と鼻を押さえて史也を見上げても、史也は俺を見ようとはしなかった。前方をジッと見据えたまま、動こうとしない。……なに、どうしたんだよ、本当。

「史也?」
「シッ」

 腕で俺をグイグイ押す。前を覗き込もうとしていた俺を、背中側に押し戻そうとしているらしい。よく分かんないよ。何か説明してくれよって思うけど、史也は俺を押すばかりで何も言ってくれない。

 ――これ、まさか俺を隠そうとしてる?

 そう気付いた瞬間。

 俺からは見えない前方から、聞き慣れた男の声が聞こえてきた。

「こんばんはー。細木くんだっけ?」

 小馬鹿にした口調からは、自分に自信があるのが透けて見える。

「後ろに隠してるもの、見せてよ」
「……何も隠してない」
「みえみえな嘘吐くなよ」

 声が近付いてきた。史也の左肩を掴んだ指には、ゴツい指輪がハマっている。

 ――ああ。

 凍りつくって、こういうことを言うんだろう。それまで史也のことしか考えていなかった俺の思考は、一瞬で止まってしまった。

 聞こえてくるのは、自分の心の焦り声だけだ。どうしよう、涼真が嫌がらせしてきたら、史也だっていい加減俺のことを面倒に思っちゃかもしれない。そんな自分勝手なことばかり。

 まだ一緒にいたいのに。

 だけど、この間考えたことがぽこんと飛び出てきた。

 もしかしなくても俺、史也に無駄な時間を使わせてるんじゃないか。史也が好きな相手に割きたいだろう時間を奪ってるのは、俺が自分じゃ何もできない情けない奴だからじゃないか。

 それなのに、俺はまだ史也に甘えて、今も関係ないいざこざに史也を巻き込んで。

 肩に乗せられた涼真の手首を掴んで、引き剥がそうとしている史也。その史也の肩から、涼真が顔を覗かせた。俺と目が合うと、鋭い目つきでニヤリと笑う。

「陸、なんで隠れてんだよ」
「涼真……」

 心臓がバクバクし始める。

 涼真の手首を捻ろうとしてるけど、涼真の力が強くて敵わない。ギリ、と奥歯を鳴らした史也が、唸った。

「やっぱりあんたが涼真か……!」
「そうだよ、嘘つき野郎」

 史也と涼真の背は同じくらい高いけど、史也の方が見た目はひょろい。力比べだと、涼真が勝っちゃうんじゃないか。

 俺はハッとする。就職活動の大事な時期に、万が一顔を殴られたりして痣なんか作ってしまったら、取り返しのつかないことになるんじゃないか。

 史也の肩をギュッと掴んだ涼真の手の甲に、手を重ねる。繋がれていない左手を。

「陸っ」

 史也の焦り顔と、涼真の喜色が浮かんだ顔が対照的だった。

 史也の肩越しから、涼真に懇願する。

「涼真! 史也を離して……っ」

 想像していた以上に、弱々しい声が出た。

 涼真は俺の左手親指を見て、口を歪ませる。ギロリと史也を睨むと、馬鹿にしたように笑った。

「あんたさ、もうこいつと寝たんだろ?」

 何言ってんの。突然何言い出したんだよ。驚きのあまり、俺の口から声が出てこない。史也も同様なのか、ギリ、と奥歯を鳴らしただけで何も答えなかった。

 それを肯定と捉えたのか、涼真が眉間に皺を寄せて睨みつけながら、何故か口元だけ笑う。

「どっちが誘った? やっぱり陸からか?」
「涼真! 違……っ」

 ようやく声が出たのに、涼真は聞いちゃくれなかった。

「こいつさ、相手の顔色見てご機嫌取りに抱かれようってするだろ? 俺がそうやって仕込んだからさあ。自分で準備して跨ってくれるから、ヤる方は楽だよなあ」
「涼真! 違うから! 何もない! 本当なんだ、信じて!」

 必死で引き剥がそうとしても、涼真の爪はどんどん史也の肩に食い込んでいく。何でこんなことするんだよ、最初に俺を裏切ったのはそっちなのに!

 涼真が、凄みを利かせた男臭い端正な顔を史也に近付けた。お互いの鼻が付きそうなくらい近くに。

「こいつの親指の付け根、傷だらけだろ。女みたいな声出したくないって毎回噛んでさ。お前の時も、声出したがらなかった?」
「……黙れ」

 ずっと黙り込んでいた史也が、聞いたこともない低い声を出した。駄目だよ、喧嘩を買っちゃ駄目だ。涼真の目的は嫌がらせなんだから――!

「涼真! 俺と史也はそんなんじゃないんだ!」

 繋がれた史也の手を引っ張りながら、史也の肩に乗った涼真の手も剥がそうと引っ張る。でも、二人ともびくともしない。

「ん? マジでシてないのか?」

 涼真の表情が、少しだけ和らいだ。

「陸! 喋らなくていい! こんな奴……!」

 史也が止めたけど、俺は必死だった。涙がとうとう溢れたのに気付く。でも、拭う手が余っていない。

「本当だよ! 史也はそんなんじゃなくて、ただ困ってた俺を家に泊めてくれただけなんだよ! 俺のこと、そんな目で見てないから!」

 涼真の顔に、どんどん笑みが広がる。

「え? まさかお前、家賃代わりにこいつの上に乗らなかったのか?」

 俺は噛み付くように怒鳴った。

「乗らないよ! 史也は俺のことを好きになったりなんかしないから!」
  
 叫んでいて、情けなくなってきた。好きな相手に全く意識すらされてない自分を、何だって大声で主張しないといけないんだよ。

 悔しくて悲しくて、涙がどんどん出てくる。

 そんな俺を凝視していた涼真が、何故かホッとしたように肩の力を抜いた。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...