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34 期待しない
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ゼミの飲み会の翌朝。
史也は少し寝坊したものの、俺が先に起きているのを見ると、眠そうな可愛い笑顔で布団から「おはよう」と言ってくれた。
舌っ足らずになっちゃってるのが可愛くて、思わず心臓がキュンと締まる。
「……おはよう史也! 水飲む?」
「え? 嬉しい、ありがと」
ふにゃりと笑う史也を見た瞬間、頭を空っぽにして史也の上にダイブしたくなった。それくらい、破壊力のある可愛さだ。抱きつきたい。それで、ぎゅって抱き締め返されたい。
「待ってね」
油断すると頬が緩んでしまいそうになって、慌てて背中を向ける。史也が、「ふわあ」と欠伸をしている声が聞こえた。俺といることでリラックスしまくっている史也の存在が、嬉しい。
それにしても、と蛇口を捻りながら考える。
――昨夜のアレは、一体何だったんだろう。
イく瞬間、俺の名前を口走ったあれだ。タイミング的に、オカズに使った相手の名前をつい呼んだって考えるのが自然だろうけど。
俺を起こさないか心配して、たまたま呼んだだけかとも考えてみた。その可能性は、優しい史也ならあり得る。
このアパートには、一室しかない。だから、俺がオナニーする時は、史也がいない時か風呂に入っている時ササッと済ます感じだ。昨日の史也は酔っ払って風呂に入らなかったし、ここのところ就職活動とバイトとで忙しくて、ひとりになってオナニーする時間なんてなかったと思う。
だから、溜まってたんだろう。それで、俺が寝てるからいいやと思ったんだろう。俺が起きないかなって思ってちょっと声を掛けたって考えれば、納得もできる。
でも、どうしたって気になった。
オナニーの時、俺の名前を呼んだ? と聞いてみたい。
でも、そんなことが聞ける訳ないじゃないか。
もし俺が史也の性の対象だったなら、――嬉しい。だけど、例えばゼミにいる女子の名前だったりしたら? それか、俺が聞き間違えてただけで全然別の女子の名前だったら?
陸じゃないよ。男をオカズにする訳ないじゃん。
そう言われたら、俺はどういう顔をしたらいいのか分からないから、絶対に聞けなかった。
水を持っていくと、史也が嬉しそうに微笑みながら受け取り、一気に飲み干す。
コップを返す際、そういえば、といった風に言った。
「今日の午前中、ちょっと出掛ける用事があるんだよね」
「あ、そうなの?」
聞いた途端、表情が凍りそうになったけど、コンビニで鍛えた接客スマイルで危ない瞬間を乗り切った。史也はすぐに気を遣うから、あんまり表情に出すと申し訳ないことになる。
「勉強見るって言ってたのにごめんね」
両手を顔の前で合わせて申し訳なさそうに謝られたら、当然嫌だなんて言えない。
「ううん、大丈夫だよ。ガッツリ勉強しておくから気にしないで」
「お昼には戻るようにするからさ!」
そう言うと、史也はシャワーを浴びてくる、と風呂場へと消えていった。プラスチックの半透明のドアの向こうで、史也が服を脱いでいるのが色で分かる。ちょっと焦ってるように見えた。
涼真には働かなかった疑う気持ちが、むくりと首をもたげる。
……史也が行き先を言わないなんて、初めてかもしれない。
昨日のゼミの飲み会で、女の子と急接近したりとかあったりして。帰りも遅かったし、――それに帰ってからオナニーをしてたし、ちょっといい感じになって、興奮しちゃってそれでヌイたんじゃないか。
全然、俺なんて関係のないところで。
気付いた瞬間、ズン、とへこんでしまった。
考えてみれば、俺が頼りないせいで、史也はバイトも俺とシフトを合わせるようになってしまった。仕事終わりは夜の十時だから、そこからいい感じになってきた女子と会うのは難しいんじゃないか。
となると、空いているのは大学の講義がない日の午前中、つまりこれまで俺の勉強に当ててくれていた時間しかない。
休みの日は休みの日で、俺をひとりきりにすると、駅に走って行っちゃった前科のある俺を放っておけないんだろうし。
ジャー、とシャワーの流れる音を聞きながら、史也に甘えてた自分が如何に馬鹿だったかを思い知った。
これじゃ俺は、ただのお荷物じゃないか。俺がいるから、史也は彼女ができない。彼女ができたら俺がここから出ていくなんて言っちゃったもんだから、きっといいなって思う子が出来ても俺には言えないでいるんだろう。
俺は、史也の幸せを邪魔してる邪魔者だ。
……だからといって、金銭的にも、今すぐ出ていくなんてできない。それに今出て行ったら、史也はきっと俺を探すだろう。自分のせいだって、史也自身を責めるかもしれない。そんな思いを史也に味わせたくはなかった。
だったらやっぱり、なんとかして住民票を手に入れた上で高卒認定試験に合格して、バイト生活から卒業して、できれば住み込みで就職するのがいいんじゃないか。
時折求人を見ていると、寮完備っていうのもなくはない。多分、俺みたいに困ってる奴は今の世の中ごまんといるだろうから、そういう奴にとってはいい環境なんだろう。
だから、だから。
昨夜から今朝に掛けての「もしかして」という浮かれにも似た興奮が、スッと冷めていくのが分かった。
期待するなよ。期待するだけ無駄なんだから。
史也のことは信じている。信じているからこそ、史也の足を引っ張りたくはない。史也には幸せになってもらいたい。
「史也……ダメダメな奴でごめんな……」
なるべく早くなんとかするから。
心の中でそう続けた後、身体を動かす為に心を意識的に無に切り替えた。やるべきは勉強だ。
史也の布団を畳んで押入れにしまうと、ちゃぶ台を出して勉強を始めた。
史也は少し寝坊したものの、俺が先に起きているのを見ると、眠そうな可愛い笑顔で布団から「おはよう」と言ってくれた。
舌っ足らずになっちゃってるのが可愛くて、思わず心臓がキュンと締まる。
「……おはよう史也! 水飲む?」
「え? 嬉しい、ありがと」
ふにゃりと笑う史也を見た瞬間、頭を空っぽにして史也の上にダイブしたくなった。それくらい、破壊力のある可愛さだ。抱きつきたい。それで、ぎゅって抱き締め返されたい。
「待ってね」
油断すると頬が緩んでしまいそうになって、慌てて背中を向ける。史也が、「ふわあ」と欠伸をしている声が聞こえた。俺といることでリラックスしまくっている史也の存在が、嬉しい。
それにしても、と蛇口を捻りながら考える。
――昨夜のアレは、一体何だったんだろう。
イく瞬間、俺の名前を口走ったあれだ。タイミング的に、オカズに使った相手の名前をつい呼んだって考えるのが自然だろうけど。
俺を起こさないか心配して、たまたま呼んだだけかとも考えてみた。その可能性は、優しい史也ならあり得る。
このアパートには、一室しかない。だから、俺がオナニーする時は、史也がいない時か風呂に入っている時ササッと済ます感じだ。昨日の史也は酔っ払って風呂に入らなかったし、ここのところ就職活動とバイトとで忙しくて、ひとりになってオナニーする時間なんてなかったと思う。
だから、溜まってたんだろう。それで、俺が寝てるからいいやと思ったんだろう。俺が起きないかなって思ってちょっと声を掛けたって考えれば、納得もできる。
でも、どうしたって気になった。
オナニーの時、俺の名前を呼んだ? と聞いてみたい。
でも、そんなことが聞ける訳ないじゃないか。
もし俺が史也の性の対象だったなら、――嬉しい。だけど、例えばゼミにいる女子の名前だったりしたら? それか、俺が聞き間違えてただけで全然別の女子の名前だったら?
陸じゃないよ。男をオカズにする訳ないじゃん。
そう言われたら、俺はどういう顔をしたらいいのか分からないから、絶対に聞けなかった。
水を持っていくと、史也が嬉しそうに微笑みながら受け取り、一気に飲み干す。
コップを返す際、そういえば、といった風に言った。
「今日の午前中、ちょっと出掛ける用事があるんだよね」
「あ、そうなの?」
聞いた途端、表情が凍りそうになったけど、コンビニで鍛えた接客スマイルで危ない瞬間を乗り切った。史也はすぐに気を遣うから、あんまり表情に出すと申し訳ないことになる。
「勉強見るって言ってたのにごめんね」
両手を顔の前で合わせて申し訳なさそうに謝られたら、当然嫌だなんて言えない。
「ううん、大丈夫だよ。ガッツリ勉強しておくから気にしないで」
「お昼には戻るようにするからさ!」
そう言うと、史也はシャワーを浴びてくる、と風呂場へと消えていった。プラスチックの半透明のドアの向こうで、史也が服を脱いでいるのが色で分かる。ちょっと焦ってるように見えた。
涼真には働かなかった疑う気持ちが、むくりと首をもたげる。
……史也が行き先を言わないなんて、初めてかもしれない。
昨日のゼミの飲み会で、女の子と急接近したりとかあったりして。帰りも遅かったし、――それに帰ってからオナニーをしてたし、ちょっといい感じになって、興奮しちゃってそれでヌイたんじゃないか。
全然、俺なんて関係のないところで。
気付いた瞬間、ズン、とへこんでしまった。
考えてみれば、俺が頼りないせいで、史也はバイトも俺とシフトを合わせるようになってしまった。仕事終わりは夜の十時だから、そこからいい感じになってきた女子と会うのは難しいんじゃないか。
となると、空いているのは大学の講義がない日の午前中、つまりこれまで俺の勉強に当ててくれていた時間しかない。
休みの日は休みの日で、俺をひとりきりにすると、駅に走って行っちゃった前科のある俺を放っておけないんだろうし。
ジャー、とシャワーの流れる音を聞きながら、史也に甘えてた自分が如何に馬鹿だったかを思い知った。
これじゃ俺は、ただのお荷物じゃないか。俺がいるから、史也は彼女ができない。彼女ができたら俺がここから出ていくなんて言っちゃったもんだから、きっといいなって思う子が出来ても俺には言えないでいるんだろう。
俺は、史也の幸せを邪魔してる邪魔者だ。
……だからといって、金銭的にも、今すぐ出ていくなんてできない。それに今出て行ったら、史也はきっと俺を探すだろう。自分のせいだって、史也自身を責めるかもしれない。そんな思いを史也に味わせたくはなかった。
だったらやっぱり、なんとかして住民票を手に入れた上で高卒認定試験に合格して、バイト生活から卒業して、できれば住み込みで就職するのがいいんじゃないか。
時折求人を見ていると、寮完備っていうのもなくはない。多分、俺みたいに困ってる奴は今の世の中ごまんといるだろうから、そういう奴にとってはいい環境なんだろう。
だから、だから。
昨夜から今朝に掛けての「もしかして」という浮かれにも似た興奮が、スッと冷めていくのが分かった。
期待するなよ。期待するだけ無駄なんだから。
史也のことは信じている。信じているからこそ、史也の足を引っ張りたくはない。史也には幸せになってもらいたい。
「史也……ダメダメな奴でごめんな……」
なるべく早くなんとかするから。
心の中でそう続けた後、身体を動かす為に心を意識的に無に切り替えた。やるべきは勉強だ。
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