26 / 56
26 ふたつの宝物
しおりを挟む
史也から家族の話を聞いた数日後、中学の教科書が野菜と一緒に届いた。
中にはなんと高卒認定試験の過去問まで入っていて驚いていると、「妹の先輩の知り合いに去年受けた人がいるって聞いたらしくて、もらって送ってくれた」と言われる。
「こんなに色んなことをしてもらっちゃって、妹さんに申し訳ないな」
離れて暮らす兄の家に転がり込んだ、会ったこともない家出人のフリーターの為にこんなことまでしてくれるなんて、やっぱりお人好し一家なのかもしれない。
過去問集を手に取りパラパラと見ていると、横に座り一緒にダンボールを覗いていた史也が、実に言いにくそうにボソボソと何かを呟き始めた。
「どうしよ……でもな……うん……。陸、あ、あのさ、それでなん――」
俺はもらった物に夢中で、史也の挙動不審な素振りは特に気にしていなかった。史也は時折こうなるから、毎度のことに慣れてきていたっていうのもある。
ちょっと興奮気味な笑顔を史也に向けた。
「いやあ本当ありがたいよ! 俺、頑張らないと!」
「ええと、その、陸、あのね……」
「え? あ、ごめん聞いてなかった」
史也は何故か正座をしながら顔を伏せ、上目遣いで俺をチラチラと見ている。……なんだろう。
「実は、妹から報酬として提示されたものがあって……」
妹の奴がごめんね、なんて言われても、何を欲しがっているのかも分からない。
「え? うん、なになに!? 勿論、俺に出来ることならなんでも!」
見知らぬ俺の為にここまでしてくれた妹さんの為だ。余程変なことでない限り、お金だって沢山はないけどタンス貯金でちゃんと貯めてるし、少しくらいは何とかなるだろう。
俺がうんうんと勢いよく頷いている傍らで、史也は苦笑いを続けていた。
「いや、本当、うちの妹ってあれでさ、あはは……」
妙に歯切れが悪い。まあここまでやってくれたから、結構ハードな要求があっても別におかしくはないのかな。そう思いながら史也の言葉を待っていると。
上目遣いのまま、史也が突然大きな声を出した。
「しゃ、写真! 写真がほしいって!」
「わっ」
すぐ隣で大きな声を出されて、思わず心臓が飛び跳ねる。
「声でかいってば……」
「あ、ごめん」
わしゃわしゃと頭を掻く史也の仕草は、滅茶苦茶可愛いかった。史也の仕草って、ひとつひとつが可愛いんだよな。
涼真みたいなワイルド系な男臭いイケメンがやると格好つけて見える仕草も、史也みたいな安心系なぼんやり顔がやると、声がでかくなっても怖いとかが全然ないから……いい。好き。
史也の困り顔も好きなので、どうしたって頬が緩む。見ていた過去問集の影に、顔を半分隠した。
史也から見たら訳もなくニヤついてるおかしな奴になってしまうから、俺が史也を見ては浮かれる姿を間近で見られる訳にはいかない。
頭を史也の話題に切り替える。
「写真て、誰の?」
「ええと……陸の」
「え? 俺?」
予想外の要求に、俺の頭の中ははてなだらけになった。なんだって俺の写真が欲しいんだ、妹さんは。
俺が余程ポカンとしていたのか、史也は慌てて顔の前で手を合わせる。
「あっ! 陸、もしかして写真写るの嫌!? だったら無理強いはしないよ! アイツさ、俺が陸は赤い帽子が似合ってたってつい口を滑らせたら、顔見たいって騒いじゃって……!」
赤い帽子。初詣の日に史也に被せてもらった、結局は外に出る時に寒いからってそのままあげると言われた物だ。
「赤い帽子の写真が欲しいの?」
「あ、いや、そういう訳じゃなくて……ええと」
史也には色々と世話になってるけど、物として何かもらったのはこれが初めてだった。お古だし、史也にとっては余ってた物をあげた程度の認識なんだろうけど、これは即座に俺の一番の宝物になっている。
だって、この数年、プレゼントなんてもらったことがなかった。考えてみたら、涼真は俺の誕生日だってうろ覚えだったし、今日は俺の誕生日だよと俺が自分で買ってきたケーキを見せても、ケーキを食った後に大抵くれるのはキスとセックスだけだったし。
俺は別に、お揃いの指輪が欲しいとかもなかったし、基本コンビニとスーパー以外は外に出なかったから、あれが欲しいこれが欲しいなんていう欲求も元々少なかった。もし涼真に何が欲しいと聞かれたところで、答えられたとは思えない。
だからいいんだけど。いいんだけどさ。
「あ! あれ、もしかして妹さんからのプレゼントだったりしたのか!? やだなあ、だったら言ってくれれば……っ」
本当は返したくないけど、でも人からのプレゼントを奪うなんてできないだろ、と思ったら。
「ち、違うっ! あれは俺が自分で買ったやつだから!」
声がでかい。でも、必死な様子にホッとした。
「違うんだ! 俺が、陸が可愛かったなんて言っちゃったもんだから、顔を見てみたいって騒いじゃっただけで!」
「え……」
可愛いって……俺が? 史也から見て、俺って可愛いの?
「……ふえっ!?」
理解が脳みそに到達した途端、おかしな声が漏れた。え、可愛い!? そりゃあ涼真には散々言われたけど、あれはヤッてる時の言葉っていうか、そりゃまあ童顔だしこの間だって顔を半分隠したら女子に見えなくもなかったりしたけども、でも。
……史也、俺の顔が少しは好き……とか? マジ? だったら……すごく嬉しいんだけど。
「お、俺、可愛いのか……?」
史也がズイ! と顔を近づけてきた。必死さが伝わる焦り顔は、やっぱり可愛いのひと言に尽きる。
「か、可愛いよ! あ、可愛いって言われるの嫌!?」
「あ、いや! 別にいいし! だって俺史也のことも可愛いとか思ったりしてるし、一緒っていうか!」
「へ……っ?」
あ、しまった。手でパッと口を押さえると、史也が細目を普通の人くらいに大きく開いてアワアワし始めた。
「え? お、俺?」
「え、あ、うん、焦ってる時とか可愛いじゃん、だって」
揶揄っているように見えますようにと願いつつ、史也を指差して斜に構えてニヤリと笑う。
「え!? やだなあ、恥ずかしいから! あはっ」
「史也だって! まあ俺はいいけどさっあはは!」
うふふえへへと、何だか怪しげな笑いをお互い繰り出した。
「じゃ、じゃあ、史也と一緒に撮っていい?」
「あ、う、うん! そうだよね! ひとりの写真送られるのもだよね!」
そんな感じで、なし崩し的に赤い帽子を被り、肩に史也の手を回され寄り添いながら撮った写真は。
俺のふたつ目の、大事な宝物になった。
中にはなんと高卒認定試験の過去問まで入っていて驚いていると、「妹の先輩の知り合いに去年受けた人がいるって聞いたらしくて、もらって送ってくれた」と言われる。
「こんなに色んなことをしてもらっちゃって、妹さんに申し訳ないな」
離れて暮らす兄の家に転がり込んだ、会ったこともない家出人のフリーターの為にこんなことまでしてくれるなんて、やっぱりお人好し一家なのかもしれない。
過去問集を手に取りパラパラと見ていると、横に座り一緒にダンボールを覗いていた史也が、実に言いにくそうにボソボソと何かを呟き始めた。
「どうしよ……でもな……うん……。陸、あ、あのさ、それでなん――」
俺はもらった物に夢中で、史也の挙動不審な素振りは特に気にしていなかった。史也は時折こうなるから、毎度のことに慣れてきていたっていうのもある。
ちょっと興奮気味な笑顔を史也に向けた。
「いやあ本当ありがたいよ! 俺、頑張らないと!」
「ええと、その、陸、あのね……」
「え? あ、ごめん聞いてなかった」
史也は何故か正座をしながら顔を伏せ、上目遣いで俺をチラチラと見ている。……なんだろう。
「実は、妹から報酬として提示されたものがあって……」
妹の奴がごめんね、なんて言われても、何を欲しがっているのかも分からない。
「え? うん、なになに!? 勿論、俺に出来ることならなんでも!」
見知らぬ俺の為にここまでしてくれた妹さんの為だ。余程変なことでない限り、お金だって沢山はないけどタンス貯金でちゃんと貯めてるし、少しくらいは何とかなるだろう。
俺がうんうんと勢いよく頷いている傍らで、史也は苦笑いを続けていた。
「いや、本当、うちの妹ってあれでさ、あはは……」
妙に歯切れが悪い。まあここまでやってくれたから、結構ハードな要求があっても別におかしくはないのかな。そう思いながら史也の言葉を待っていると。
上目遣いのまま、史也が突然大きな声を出した。
「しゃ、写真! 写真がほしいって!」
「わっ」
すぐ隣で大きな声を出されて、思わず心臓が飛び跳ねる。
「声でかいってば……」
「あ、ごめん」
わしゃわしゃと頭を掻く史也の仕草は、滅茶苦茶可愛いかった。史也の仕草って、ひとつひとつが可愛いんだよな。
涼真みたいなワイルド系な男臭いイケメンがやると格好つけて見える仕草も、史也みたいな安心系なぼんやり顔がやると、声がでかくなっても怖いとかが全然ないから……いい。好き。
史也の困り顔も好きなので、どうしたって頬が緩む。見ていた過去問集の影に、顔を半分隠した。
史也から見たら訳もなくニヤついてるおかしな奴になってしまうから、俺が史也を見ては浮かれる姿を間近で見られる訳にはいかない。
頭を史也の話題に切り替える。
「写真て、誰の?」
「ええと……陸の」
「え? 俺?」
予想外の要求に、俺の頭の中ははてなだらけになった。なんだって俺の写真が欲しいんだ、妹さんは。
俺が余程ポカンとしていたのか、史也は慌てて顔の前で手を合わせる。
「あっ! 陸、もしかして写真写るの嫌!? だったら無理強いはしないよ! アイツさ、俺が陸は赤い帽子が似合ってたってつい口を滑らせたら、顔見たいって騒いじゃって……!」
赤い帽子。初詣の日に史也に被せてもらった、結局は外に出る時に寒いからってそのままあげると言われた物だ。
「赤い帽子の写真が欲しいの?」
「あ、いや、そういう訳じゃなくて……ええと」
史也には色々と世話になってるけど、物として何かもらったのはこれが初めてだった。お古だし、史也にとっては余ってた物をあげた程度の認識なんだろうけど、これは即座に俺の一番の宝物になっている。
だって、この数年、プレゼントなんてもらったことがなかった。考えてみたら、涼真は俺の誕生日だってうろ覚えだったし、今日は俺の誕生日だよと俺が自分で買ってきたケーキを見せても、ケーキを食った後に大抵くれるのはキスとセックスだけだったし。
俺は別に、お揃いの指輪が欲しいとかもなかったし、基本コンビニとスーパー以外は外に出なかったから、あれが欲しいこれが欲しいなんていう欲求も元々少なかった。もし涼真に何が欲しいと聞かれたところで、答えられたとは思えない。
だからいいんだけど。いいんだけどさ。
「あ! あれ、もしかして妹さんからのプレゼントだったりしたのか!? やだなあ、だったら言ってくれれば……っ」
本当は返したくないけど、でも人からのプレゼントを奪うなんてできないだろ、と思ったら。
「ち、違うっ! あれは俺が自分で買ったやつだから!」
声がでかい。でも、必死な様子にホッとした。
「違うんだ! 俺が、陸が可愛かったなんて言っちゃったもんだから、顔を見てみたいって騒いじゃっただけで!」
「え……」
可愛いって……俺が? 史也から見て、俺って可愛いの?
「……ふえっ!?」
理解が脳みそに到達した途端、おかしな声が漏れた。え、可愛い!? そりゃあ涼真には散々言われたけど、あれはヤッてる時の言葉っていうか、そりゃまあ童顔だしこの間だって顔を半分隠したら女子に見えなくもなかったりしたけども、でも。
……史也、俺の顔が少しは好き……とか? マジ? だったら……すごく嬉しいんだけど。
「お、俺、可愛いのか……?」
史也がズイ! と顔を近づけてきた。必死さが伝わる焦り顔は、やっぱり可愛いのひと言に尽きる。
「か、可愛いよ! あ、可愛いって言われるの嫌!?」
「あ、いや! 別にいいし! だって俺史也のことも可愛いとか思ったりしてるし、一緒っていうか!」
「へ……っ?」
あ、しまった。手でパッと口を押さえると、史也が細目を普通の人くらいに大きく開いてアワアワし始めた。
「え? お、俺?」
「え、あ、うん、焦ってる時とか可愛いじゃん、だって」
揶揄っているように見えますようにと願いつつ、史也を指差して斜に構えてニヤリと笑う。
「え!? やだなあ、恥ずかしいから! あはっ」
「史也だって! まあ俺はいいけどさっあはは!」
うふふえへへと、何だか怪しげな笑いをお互い繰り出した。
「じゃ、じゃあ、史也と一緒に撮っていい?」
「あ、う、うん! そうだよね! ひとりの写真送られるのもだよね!」
そんな感じで、なし崩し的に赤い帽子を被り、肩に史也の手を回され寄り添いながら撮った写真は。
俺のふたつ目の、大事な宝物になった。
14
お気に入りに追加
407
あなたにおすすめの小説
BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった
二三
BL
BL小説家である私は、小説の稼ぎだけでは食っていけないために、パン屋でバイトをしている。そのバイト先に、ライバル視している私小説家、穂積が新人バイトとしてやってきた。本当は私小説家志望である私は、BL小説家であることを隠し、嫉妬を覚えながら穂積と一緒に働く。そんな私の心中も知らず、穂積は私に好きだのタイプだのと、積極的にアプローチしてくる。ある日、私がBL小説家であることが穂積にばれてしまい…?
※タイトルから1を外し、長編に変更しました。2023.08.16
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
晴れの日は嫌い。
うさぎのカメラ
BL
有名名門進学校に通う美少年一年生笹倉 叶が初めて興味を持ったのは、三年生の『杉原 俊』先輩でした。
叶はトラウマを隠し持っているが、杉原先輩はどうやら知っている様子で。
お互いを利用した関係が始まる?

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ
雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。
浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。
攻め:浅宮(16)
高校二年生。ビジュアル最強男。
どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。
受け:三倉(16)
高校二年生。平凡。
自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる